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CALLAIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
見世物小屋の青い天使

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1.アトランティスにて

 海の見える美しい町。その風景は久々に見てもさほど変わりはしなかった。強いて言えば、立ち退きが決まっていた建物が複数壊され、綺麗な更地になっていることくらいだろうか。あの場所でルージュとやりあった日のことが懐かしい。けれど、どのあたりでの事だったのかは、もうほとんど思い出せなくなっていた。

 見る角度が変われば町の印象も変わる。とくにこれまでになく高い場所から見下ろす機会なんて、今後はそう訪れないだろう。そんな事を思いながら、今だけは開き直ってその特権をとくと味わい、いつもとは違う、少し動きづらい高貴な衣装を身にまといながら、私はアンバーと共にある人物の到着を待っていた。


「お待たせいたしました」


 そう断って慌ただしくやってきたのは、背がやや低く小太りの男性だった。身なりの良さから分かるように、彼こそが高級宿アトランティスの……()()()支配人。いかにも人の良さそうな笑みを浮かべながら、彼は私たちに向かって丁寧にお辞儀をした。


「当ホテルの支配人マガラニカです。さ、どうぞこちらへ」


 マガラニカ氏はそう言うと、ソファへとうながした。言われるままに座ってみれば、ひんやりと包み込むような感触が心地よかった。


「オーナーからすでにお話はうかがっております。とても優秀なハンターたちがいらっしゃるはずだと」


 その言葉を聞いて、私も、そして恐らくアンバーも、内心苦々しさを感じてしまっていた。

 アトランティスのオーナー。その正体が何者なのか、以前、この町に来た時は知らなかった。しかし、今は違う。今はよく知っている。だからこそ、すぐに伝わったのだ。間接的にからかわれているのだと。

 だが、ニコニコしながらそう語るマガラニカ氏の様子からは、一切の皮肉も感じられない。きっと彼は本気で私たちに期待しているのだろう。

 そこから少しだけ関係を理解することが出来た。アトランティスのオーナーはただの人間だ。その証拠の一つが、私の隣に座っているアンバーの様子。マガラニカ氏の事を全く警戒していなかった。


「……それで、秘密裏にご相談したいこととは?」


 さっそくアンバーが訊ねると、マガラニカ氏は上等なハンカチで汗を拭いてから、うんと声を潜めながら語ってくれた。


「この宿にて魔物の被害と思しき事件が起きているのです」


 それは初めの頃、不幸な病死として片づけられたという。

 ある朝、宿泊客の一人であった紳士がベッドの上で変わり果てた姿で発見されたのだ。争った形跡もなければ、目立った外傷もない。

 そのために突然死と片付けられた。しかし、ここからだった。ここから、一週間をあけて一人ずつ同じように不審死する者が現れはじめたのだ。


「被害者は宿泊客だけではありません。従業員の中にもいたのです。全員、目立った外傷もなく原因も分かりません」

「何名ですか?」


 私の問いに、マガラニカ氏はごくりと息を飲んでから答えた。


「先週の被害で五名になりました」


 ──五人。


 一週間ごとに一人と考えれば、一か月以上も被害が続いているということになる。

 私は黙ったままマガラニカ氏の証言を頭の中でまとめた。争った形跡もなければ、目立った外傷もない。外傷がないということは、ルージュの仕業ではなさそうだ。どうやら普通の依頼らしい。


 ──しかし、何の仕業だ。


「毒物も検知されず、死因は不明。病でもないとなれば、人間の仕業とは思えない。きっと魔物でしょう。今もこのホテルに潜んでいるかもしれない。そんな不安にみんなすっかり怯えてしまって。どうか、狩人さん方、私どもをお救いください」


 マガラニカ氏は青ざめた顔でそう言った。

 震えている。本気で魔物のことが怖いのだろう。


「勿論、そのためにここへ参りました。マガラニカさん、さっそく現場を見せていただけますか?」


 その後は、マガラニカ氏が自ら現場へと案内してくれた。

 五名が亡くなった場所は、階数も場所もバラバラだ。しかし、少なくとも四名の宿泊客たちは就寝中に眠るように亡くなっていたという。そして唯一の従業員の犠牲者であった一人は──。


「ここが彼の亡くなっていた仮眠室です」


 犠牲者は働き盛りの若い青年だったという。なかなか起きてこない彼を心配した同僚が様子を見てみれば、目を閉じたまま冷たくなっていたのだという。

 やはり、争った形跡はなく、外傷はどこにもなかった。


「強いて言えば、全員、異様なほど青ざめていました。そこで、血が抜かれているのではないかと疑われたのですが、どうやらそういうわけでもなかったようです。まるで魂だけが抜かれてしまったかのようで……」


 マガラニカ氏がそう言うと、隣にいたアンバーは腕を組みながら仮眠室を見渡し、ぽつりと呟いた。


「就寝中……魂を抜かれる……か」


 そして、マガラニカ氏に訊ねた。


「この部屋が先週の現場ですか?」

「え、ええ。その通りです」


 当時の事を思い出したのか、マガラニカ氏は怯えた様子で答えた。

 すると、アンバーは何かを納得したように目を閉じた。


「……なるほどね」


 何がなるほどなのか、私の方はさっぱりだ。後で聞いてみるしかあるまい。

 一応……これまでの情報で私だけではっきりと分かったことはまず一つ。この事件の犯人がルージュではないということだった。

 ルージュならば、私を煽るような目印を残すはず。しかし、そんな事を恋人に迷惑をかけてまでこのホテルでやるだろうか。きっとこれは別件なのだろう。

 勿論、獲物がルージュでなくたって、仕事は仕事。きちんとやるつもりだ。問題は相手が何なのか。それを探るためには、さらなる情報がいる。

 そのための聞き込みや調査もしたいところだが、それは明日以降となった。


 というわけで──。


「へえ、ここが一泊で庶民の平均月収が飛ぶという客室……の真下かぁ」


 アンバーが皮肉交じりにそう言うのは、今日より二人で泊るアトランティスの一室だった。

 窓から見えるのは町の夜景だ。前に来た時よりもさらに高い位置から見下ろす町の風景はさすがに綺麗だった。

 順番にシャワーを浴びて、あとは寛ぐだけ。最高級とまではいかずとも、普通に泊まれば信じられないような宿泊代を請求される部屋に違いない。

 きっと旅の疲れもすぐにとれるだろう。そう思いながら、私は今宵眠る予定のベッドに座り、そっと表面をなぞった。


「ベッドも柔らかいね。なんだか水面に揺られているみたいだ」


 そう言って座ると、アンバーはこちらを振り返り軽く笑った。


「そういえば、前にこの町に来た時に、アトランティスをおねだりしてきたよなぁ。覚えているかな?」

「……あの時、ルージュがここにいたみたいだったからね」

「ああ、そうだった。でも、アタシさ、思ったんだよね。ここであんたを抱くのも悪くないなぁって」


 二人でペリドットの家を旅立って数日。移動中はあまりそういう気分にもなれなかった。そのせいだろうか。アンバーの目は異様にギラギラしていた。けれど、私はため息交じりに目を逸らした。


「今夜は駄目。明日も早いんだからさ」

「えー、釣れないなぁ。アタシと少し遊んでくれたらその報酬としていい情報を教えてあげようと思ったのに」

「いい情報?」

「あんたには分からないだろうニオイの情報だよ」


 さっき訊ねようと思っていた事だ。そう理解し、思わず眉間にしわを寄せてしまった。つまり、質問したところで素直に答えてくれないというわけか。


「ちなみにどんな情報なの?」

「ここに潜む魔物の情報だよ。あんたが知りたいだろう話もある」

「それってルージュの?」

「おっと、そこまでだ。恐ろしい奴だね、上手く聞き出そうったってそうはいかないよ」


 アンバーはそう言うと、私を軽く睨んできた。どうやら、罠にかけるのは難しそうだ。仕方ない、と、私は軽く目を逸らしてから呟いた。


「そっち側の先払いならいいよ……」


 そう言うと、アンバーは早速近づいて来ようとした。


「ねえ、先払いだってば!」


 そんな彼女を牽制するように言うと、アンバーは誤魔化すように笑ってから答えた。


「分かってるって。じゃあ、言うよ。アタシが今日気になったニオイは三つだ。一つはあんたが心から求めてやまない愛しの口紅お化け。きっとこのホテルの何処かにいるんだろうね。だが、奴はこの事件とは関係ないだろう。ただ見張っているだけなのかもしれない」

「それは同感だよ。ルージュの仕業じゃない。吸血鬼被害ではなさそうだし、第一、ルージュの仕業にしては大人しすぎる」

「ああ、さすがに奴も()()の経営する場所で品のない真似はしないんだろうね」


 恋人。

 その言葉をやたら強調したのは気のせいではないだろう。私はため息交じりにアンバーを促した。


「それで、残りの二つは?」

「どちらも初めて嗅ぐニオイだ。この辺りでは珍しい種類の魔物だろう」

「魔物には違いないんだね?」

「ああ、それは間違いない。人間じゃない奴のニオイが二つ。こいつらがペアなのかどうかまでは分からないが……ペアと考えてもいいかもしれないね」

「ペアか……」


 恋人なのか、単なる狩り仲間なのか。

 いずれにせよ、頭に入れておかねばならない情報に違いない。


 ──犯人は二人組かもしれない。


 と、無意識に下がっていた視線が、不意に上がる。アンバーに顎を持ち上げられたのだ。思いがけず彼女の琥珀色の目と視線がぶつかり合い、私は狼狽えてしまった。

 狼の目だ。今の私が本来ならば逆らえない激しい眼差しだった。


「支払いはこれで終わりだよ」


 アンバーはそう言うと、軽く目を細めた。

 私は軽く震えつつ、頷いた。すると、アンバーは身を屈めて、唇を重ねてきた。

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