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CALLAIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
いばら館の女主人

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5.町での再会と会談の行方

 ──足の違和感はない。大丈夫だ。


 その朝、私は狩りに出ていた。

 四人分の食料の確保もかねたものだが、同時に、組合に届いていた魔物駆除の依頼をこなすためでもあった。

 魔物は決して大物ではない。

 アンバーやオニキスの力を借りずとも、私一人でどうにかなる。

 だからこそ、ちょうどよかった。

 不安になっていた足の違和感も、特に感じなかった。

 もしかしたら、町で買った薬膳茶を飲んでおいたのが良かったのかもしれない。

 ともあれ、この時だけは一人で集中し、仕留めることだけを考えればいい。

 だからこそ、時間を無駄に浪費せずに済んだ。


 依頼の獲物を町の外れに届けに行った帰り、私は一瞬だけ組合本部を覗いてみようか迷ってしまった。

 だが、そこを訪れている客人が誰なのかを頭に浮かべ、立ち去ろうとした……のだが、どうやらタイミングが少し悪かったようだ。


「カッライス」


 名を呼ばれた瞬間、寒気が走った。

 動揺を必死に隠しながら、睨むように声の主へと視線を向けてみれば、そこには思っていた通りの人物がいた。

 ミエールグループの代表──ハニーだ。

 久々に目にした彼女は、血の気の通わない従者を引き連れて、まるで無害な人間のように堂々とそこにいた。

 私がその正体を知っていようが、全く構わないといった態度だ。

 勿論、知っていたとしても、私にはどうすることもできない。

 従者たちに睨まれているし、変に騒いだところで私の方が狂っているとしか思われないだろう。

 出来る事はただ一つ。

 一呼吸おいて、そっと後ずさりをすることだけだった。


「そう怖がらないで」


 面白がるように目を細め、ハニーは言った。


「人目があるのは僕も同じだ。手を出したりしないよ。もっとも、本音を言えば、愛する彼女の手土産にしたいところだけれどね」

「組合に用があるんじゃないの? こんなところで油を売っている暇なんてないはずだ」


 突き放すようにそう言うと、ハニーは笑みを深めた。


「そうだけど、まだゆとりはある。それよりも、カッライス。直前に君に会えたのは良い巡り合わせだ。これから話し合う内容が何なのか、知らないわけじゃないだろう。オブシディアン組合長も聡明な方だが、この会談の行方は僕の匙加減次第でもある。何より、愛する人を守りたい。その気持ちは僕も痛いほど理解できる。かの泥棒オオカミ君に、不幸になってほしくないのだろう?」

「……言っておくけれど、何も取引はしない。私は組合長を信じている」


 そう言い切ると、私はそのまま逃げるように立ち去った。

 正直に述べるならば、情けなくもハニーの事が怖くなったのだ。

 何を言わんとしているのか、その先を耳にすることが怖かった。

 もしも少しでも聞いてしまったならば、取引に応じざるを得なくなってしまいそうだったからだ。

 幸いにも、ハニーやその従者たちは追いかけてきたりはしなかった。

 お陰で、私は真っ直ぐペリドットの家に戻る事が出来た。


 家が見えてくると、すぐにペリドットの姿が確認できた。

 体調には波があるようだが、今日のところは良い方だったのだろう。

 家の外で野菜を切って、昼食の準備をしているところだった。

 離れた場所ではオニキスが、私が朝に仕留めた獲物を解体しているようだった。

 二人とも、戻ってきた私に気づくとすぐに顔を上げた。


「何かあったのか?」


 ペリドットに真っ先に訊ねられ、私は静かに首を横に振った。


「ちょっと疲れただけ」


 そう言い訳して、私はそのまま家の中へと戻っていった。

 荷物の一部を置きに二階へとあがると、薬を調合しているニオイが私を出迎えた。

 そっと実験室を覗いてみると、アンバーは本を片手に頭を抱えながら薬草を眺めていた。

 そして、そのまま視線を動かさずに彼女は私に話しかけてきた。


「おかえり」

「ただいま」


 その声、その姿に少しホッとしていると、アンバーはこちらを振り返ってきた。


「どうしたのさ」

「いや、別に。どうしているかなって思っただけ」


 そう答えると、アンバーはじっと私の顔を見て、本を机に置いてから、まっすぐこちらに歩いてきた。

 そのままじっと私の目を見つめてくると、不意にその手が背中に回ってきた。

 逃げ場を失って動揺する私の顔を、アンバーは睨みつけてきた。


「微かにだが、不快なニオイがするね」


 迷いなく言い当てられて、私は白状した。


「……ハニーに会ったんだ。これから組合の本部に向かう所だったみたい」


 背中を支える手に、間違いなく力が籠められたのが伝わってくる。

 ただ、その表情は少しも変わらなかった。


「何かされた?」


 警戒するような問いに、私はすぐさま首を振った。


「何も。それに、何か言われる前に逃げてきた」


 得体のしれない焦燥感を覚えながらそう言うと、アンバーは私のうなじに手を添えてきた。

 深く溜息を吐くと、彼女は静かに頷いた。


「それならいい。この先、町に行く時はどうか気を付けて」

「……うん」


 しっかりと頷くと、アンバーはすぐに解放してくれた。

 けれど、その後もしばらく、恐怖でいっぱいだった。

 あの時、ハニーとの会話をしないことは正解のはず。

 それなのに、本当にしなくてよかったのだろうかという迷いが何故だか生じてしまうのだ。

 ハニーはきっとアンバーにまつわる取引をしようとしていた。

 きっと、私が彼女を守りたいという気持ちを的確に突くような取引だっただろう。

 勿論、だからといってそれを真に受けていいわけがない。

 アンバーが何度も忠告してくるように、魔物の言葉なんて信じてはいけない。

 それなのに、本当にこれで良かったのかと怖くなってしまうのだ。


「今は、組合長を信じるしかない」


 私の呟きに、アンバーは同意するように頷いた。


 それから少し時間が経って、再び夕食時が訪れた。

 食卓につくなりペリドットが切り出したのは、本部からの連絡についてだった。


「ある程度の決着がついたらしい」


 ペリドットは静かにそう言うと、軽く笑みを浮かべた。


「どうやら、我らが組合長を信じた甲斐があったみたいだ。少なくとも、あのミエールグループといえども、今日明日で可愛い教え子を突き出せなんて言われる筋合いもないみたいだ。勿論、明後日だろうと明々後日だろうと、そんな要請には応じないけれどね」


 彼女の言葉に私とアンバーはほぼ同時に安堵の溜息を吐いた。


「この調子で謹慎も早く解けるといいんだけど」


 アンバーの言葉に、今度はオニキスが渋い顔をした。


「そう願いたいところだが、しつこく反対する者がいてね。良い機会だから、この際、この家で飼い殺しにしておけだなんて言うんだ」

「ジルコンの爺さん?」


 不快そうにアンバーがそう言うと、ペリドットは苦笑しながら返した。


「まだ爺さんには早いよ。ああ見えて彼は、年齢は私とそう変わらないからね」

「そりゃ失礼。で、ジルコンなわけ?」


 アンバーの問いに、オニキスは苦笑気味に頷いた。

 そして、そのまま彼はペリドットへと視線を向けた。


「明日、ジルコンが愛弟子を引き連れて、この家へ来るつもりだそうだ」

「ここへ?」


 驚いたように問い返すペリドットに、オニキスは溜息交じりに頷いた。


「また急な話だね」

「ああ、こちらの都合はお構いなしのようだったよ。見舞いついでに、組合の将来にも関わる話をしたいのだと。俺と、それに、カッライスも必ず同席するように言われたよ」

「……わ、私も?」


 思わず問い返す私の横で、アンバーは大きく溜息を吐いた。


「カッライスが呼ばれて、アタシだけが入っていないってことは、あまりいい話じゃなさそうだね」


 不貞腐れたように言う彼女へ、ペリドットは視線を向けた。


「ジルコンが何を言うつもりだろうと、私の気持ちは変わらないよ。アンバーは私の愛弟子で、正式な組合員だ」


 落ち着いた声ながら、強い意志がそこにはこもっていた。

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