表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
CALLAIS  作者: ねこじゃ・じぇねこ
いばら館の女主人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

114/135

2.野薔薇祭の賑わい

 解放された私たちを待ち受けていたのは、オニキスだった。

 本部の待合室に佇んでいた彼は、揃って浮かない顔をしている私たちの表情に気づくと苦笑を浮かべながら、よく似合う鳥打帽を被りなおした。


「まあ、そんな顔をするな。生きていただけ良かったじゃないか」


 彼はそう言うと、すぐに歩きだした。


 共に本部を去り、町を歩きながら彼が語るのは、家で大人しくしているというペリドットのことだ。

 倒れたと聞いた時はかなり心配したが、彼の話しぶりからするに容態はさほど悪くないらしい。


「重大な病だったというわけでもない。恐らく疲労だろうと町医者は言っていたね」

「疲労、ね」


 不思議そうにアンバーは言った。


「師匠らしくないな。昔はアタシの遊びに付き合えるくらい元気だったのに」

「ああ、どんな恐ろしい魔物を相手にする狩りよりも厄介だったと言っていたね、彼女は」


 半ば呆れたようにオニキスはそう言うと、先を急いだ。

 大丈夫、とは言っていたが、一人で家に残していることが気がかりなのだろう。

 そんな彼の様子を目の当たりにすると、やはり引っ込みかけていた不安が再び顔を覗かせてきた。


 ペリドットの家から、いばら館はそう遠くない。

 今、その場所にルージュがいるという。

 何故、今、いばら館なのか。

 ペリドットが倒れたということを、彼女たちは知っているのか。

 知っているとしたら、どう動くつもりなのか。

 色んなことが気になって気が急いてしまう。

 だが、そんな私にまるで釘をさすかのように、アンバーはオニキスに向かって言ったのだった。


「アタシさ、謹慎らしいんだ」

「ああ、そうだね。ペリドットと一緒にしっかり見張っておくようにと命じられたよ。まあ、大丈夫だ。しばらく大人しくしていれば、また武器も返してもらえるさ」


 元気づけるようにオニキスは言った。


「そりゃいいんだけどさ」


 と、アンバーはちらりと私に視線を向けてきた。


「こいつ……カッライスにもオブシディアン組合長直々の助言があったんだ。それについては、聞いている?」

「アンバー……」


 咎めるようにその名を呼ぶも手遅れだった。


「どんな助言だ?」


 オニキスの問いに白を切る間もなく、アンバーの方が答えた。


「次からは身の丈に合った獲物を追いかけなさい、だってさ」


 意地の悪い口調なのは、自分だけ謹慎になったことの腹いせなのだろう。

 そもそも、謹慎の原因が私にあるということは分かっているので負い目はある。

 だが、それだけに心穏やかでなかった。


 そんな私を、オニキスは振り返った。


「そういえば、いばら館に奴がいるらしいね」


 鳥打帽を手で抑えながら振り返り、彼は周囲を見渡した。

 野薔薇祭のために飾られた町はどこも賑やかだ。

 その賑わいをしばし見渡してから、彼はそっと私に言った。


「ペリドットが酷く心配している。体が弱っているせいもあるだろう。大切に育てた教え子が危うく殺されかけたとあって不安に思っているようだ。カッライス。彼女のことを思うならば、しばらくの間は自重してほしい」


 同意すべきだというのは分かっている。

 けれど、オニキスのその黒々とした眼差しを、私は受け止めきれなかった。

 代わりに目を逸らした先では、町の子供たちが元気よく遊んでいた。

 そのはしゃぎ具合を見ていると、かつての自分たちの姿を重ねてしまう。

 あのように町で遊んだことはあまりなかったけれど、ペリドットに見守られながらアンバーと二人で転げまわったものだった。

 あの日々はだいぶ遠ざかってきているというのに、私はまだまだ半人前だ。

 武器を没収されていないだけマシというもの。


「……カッライス」


 アンバーに諭され、私は溜息を吐いた。

 オニキスはじっと私へ視線を向けたままだった。

 その圧力に折れる形で、私は小さく頷いた。


「分かった。無茶なことはしない」


 はっきりと口にしてみれば、オニキスはひとまず納得してくれたようだった。


 その後、真っ直ぐ町を出るのかと思いきや、オニキスは出店の一つに立ち寄った。

 野薔薇祭のために出店していたらしい薬膳茶の店で、主に薔薇を使った品物が並んでいるようだった。

 買い物をするなんて聞いていないとアンバーは愚痴りつつも、並ぶ品物に興味津々のようだった。

 結局、オニキスの買い物を待っているうちに、彼女の方もまた気づけば良いお客さんとなっていた。

 二人を待っている間、何となく居たたまれずに私もまた商品に目をやっていると、近くにいた店員が話しかけてきた。


「良い茶葉ですよ」


 年配の女性だった。


「特に足の痛みにいいんです。私も古傷がありましてね、よく頼りにするんですよ」


 笑いながら語る彼女に、私はふと訊ね返した。


「私、足が悪そうに見えましたか?」


 すると、店員の女性は少々決まりが悪そうにしつつ、おずおずと頷いた。


「ちょっとしんどそうに見えましてね。お節介だったかしら」

「いえ、ただ気になって……では、一つ買ってみます」


 こうして私もまた良いお客さんとなってしまったわけだ。

 大した額でもない。

 だから、別にいいのだが、気が重くなってしまった。

 足が痛そうだと言われたことが引っかかったのだ。

 無自覚ではあるが、アンバーにもこの道中でたびたび言われたことだった。

 変な歩き方をしている、と。

 理由は当然分かっている。

 ルージュに傷つけられたせいだ。


 ──あまりに無理をすれば、歩けなくなってしまう事もあり得ます。


 ベイビーの言葉が蘇る。

 無理をしたつもりはない、と言いたいところだが、月光の城から助けてもらった時だけでも大変な苦労だった。

 拠点に戻ってからも、しばらく傷は痛み、アンバーの作ってくれた治療薬と、後に呼ばれた医者に診てもらったおかげで回復は出来た。

 しかし、二人とも口をそろえて無茶をするなと言っていたこともまた確かだった。

 もし、足がさらに悪くなれば、ルージュを仕留めるどころではなくなってしまう。

 その未来への不安が少しだけ浮かび、憂鬱になってしまった。


「何買ったのさ」


 と、そこへ、アンバーが戻ってきた。

 見れば、彼女の手にも包みがある。ど

 うやら短い間にたくさんのお宝を見つけてしまったらしい。


「君こそ何を買ったの?」


 やや驚きつつ訊ねると、アンバーは苦笑気味に答えた。


「しばらく暇になるんでね。当面の遊び道具さ。師匠の家で閉じこもる代わりに、昔みたいに実験室を開くってわけ」

「なるほどね」


 前みたいに変な薬を飲まされないといいけれど、内心そう思っていると、アンバーは私の買った包みを覗いこんできた。

 くんくんと匂いを嗅いでいる。

 その動作の犬っぽさに危機感を覚え、私はとっさに品物を隠した。


「アンバー」


 咎める私にアンバーは笑いながら囁いてきた。


「薔薇のお茶か。この時期らしいね。一体どうしたのさ。あんたもこういうのに興味があるのかい?」

「まあ、そんなところ」


 少なくとも、足のことなんて言えるはずもなく、はぐらかすしかなかった。

 と、そこへ、ようやくオニキスが買い物を終わらせて戻ってきた。


「悪いね。さあ、帰ろう」

「何を買ったの?」


 アンバーの問いに、彼は静かに答えた。


「ペリドットへの手土産さ。疲労に効くものをいくつか買ってみた」


 気恥ずかしかったのか、ぶっきらぼうな様子でそう言うと、彼はさっさと先へ歩いて行ってしまった。

 その後を二人で追いかけていると、アンバーはふと私に耳打ちしてきた。


「師匠の事もあんまり心配はいらなさそうだね。むしろ、アタシらがいる方がお邪魔だったりしてって心配になってきた」

「少しの間さ。……まあ、君の謹慎がいつ解けるか次第ともいえるか」

「──はあ。なんでアタシだけ。どうせなら二人一緒に謹慎だったらよかったのに」

「ちっともよくないよ。二人して謹慎なんてなったら、誰が稼ぐのさ」

「ええっ? あんた、アタシが休んでいる間、一人で稼ぐつもりなの?」

「ルージュを見張りながらね。この付近の依頼もいくつか見せてもらったし。ペリドットに渡す分と、二人でしばらく旅をする分はしっかり稼いでおかないと」

「真面目だねえ」


 呆れたようにアンバーがそう言ったあたりで、ようやく町の賑わいは薄れていった。

 気づけばオニキスはだいぶ先まで歩いていってしまっていた。

 自分だけ町の境界に早々とたどり着いてしまった事に気づくと、彼はこちらを振り返って大きく手を振ってきた。


「おっと、いつの間に。ほら、行こう」


 そう言って、アンバーが駆けだした。

 その後をすぐに追おうとしたその瞬間、わずかにだが、ぴりっとした痛みが膝を走った。

 違和感はすぐに消えたものの、その一瞬でアンバーとはだいぶ距離が生まれてしまっている。


 ──ちょっとしんどそうに見えましてね。


 先程の店員の声を思い出す。

 どうやら、買ったお茶は今日中に飲んだ方がいいかもしれない。

 静かにそう思いつつ、私はアンバー達の元へと急いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ