今日から始まる努力義務
「自転車のヘルメット着用は今日から必須になったんだぞ」
「お父さんまだ努力義務でしょ」
エイプリルフールということでやってみたら息子にいとも簡単に看破された。
「昔はバイクやスクーターのヘルメットも今の自転車と同じで――」
「はいはい。エイプリルフールエイプリルフール。行ってきまーす」
本当のことを話しているのに、立て板に水のごとく息子は聞き流す。
そのまま自転車に乗って息子はどこかに行ってしまった。
「やれやれ……」
子どもは親の心配をよそに育つ。
口を酸っぱくして注意してもどこ吹く風で嫌われてしまう。
「電動自転車やキックボードの事故増加か」
新聞を読みどうしたものかと思っていると、息子が慌てた様子で帰ってきた。
「みんながヘルメットしろしろって言ってくるんだ」
町内会の人たちも本気を垣間見た。
「そういう場合はこれをかぶっておこうか」
「これは?」
「インナーヘルメットっていう帽子の下につけるヘルメットさ」
「結局ヘルメットなの?」
「帽子は好きなのを選べるよ。風で飛ぶからマジックテープをつけておこうね」
息子にインナーヘルメットとマジックテープを渡す。
しぶしぶながらも受け取りぱたぱたと二階の部屋に戻っていく。
階段を上る音を聴きつつ、手渡したヘルメットのことを考える。
(本当ならちゃんとしたものを被らせるのがいいんだろうね)
転倒用やJIS規格に沿ったヘルメットが頭をよぎる。
「お父さんなんでヘルメットにあご紐あるの?」
「ヘルメットしていますよってほかの人からわかるためさ」
野球帽とインナーヘルメットの上にかぶり、息子は改めて出かける。
ベルを鳴らし、立って自電車をこぐと息子の姿がどんどん遠ざかっていった。
「今のうちにヘルメットに慣れてほしいね」
事故の件数が横ばいか減っていけば、努力義務のままでいられる。
増加傾向と判断されればより厳しくなるだろう。
「何事も段階、段取りか」
そう呟いて、息子が無事に帰ってくることを希う。