お料理ロボットと女の子の話
ここはとあるオムライス専門店。今日も朝から元気に営業中。
「いらっしゃいませ! お好きな席にどうぞ。こちらおしぼりとお冷です。ご注文は? 朝のサラダセットですね。かしこまりました。出来上がりまでお待ちください」
テキパキとお客さんを案内する声が響く。お客さんの注文は、店員さんの手元の端末から厨房の方へ送信される仕組みになっている。
実はこちらのお店、人間の少女が一人と、ロボットが一人、しか店員がいない、ということで有名になったお店なのだ。接客、配膳をするのは基本的に人間の少女が、お料理を作るのはロボットがやっている。
人間の少女の名前はユイ。明るく元気で笑顔を絶やさないと評判のいい子。
お料理ロボットの名前はカイ。カイの作るお料理は本当に絶品だと近所で評判。
「カイー! 戻った!」
「お疲れさま、ユイ。朝のサラダセット一つ、準備できてるよ」
「さっすがカイ! 仕事が早い! じゃあ、配膳してきます!」
「行ってらっしゃい」
カイに見送られ、ユイは注文の料理をお客さんの席へ運んでいった。
「お待たせしました! 朝のサラダセットです。ごゆっくりお召し上がりください」
元気よくお客さんに声をかけて、お料理を手際よくテーブルへ置く。
「ユイちゃんは今日も元気がいいね」
「はい! 元気ですよ」
「ユイちゃんの元気な顔を見ていると、元気を貰えるんだ、ありがとう」
「そ、そんな……! こちらこそ、いつもご贔屓にしてくださってありがとうございます!」
「お礼を言われるようなことはないよ。じゃあ、冷めない内にいただこうかな。引き止めて悪かったね」
「いえいえ……! では、私は失礼しますね!」
ペコリ、と頭を下げてユイは奥へと下がっていく。常連さんにこうして話しかけられるのを、ユイはとても嬉しく感じていた。
「ユイ、なにかあったか?」
厨房の方へ戻ってきたユイに、カイが声をかける。
「あのね、お客さんに、元気がいいねって褒められたの!」
「……そうか、それは嬉しいな」
ユイの報告を聞いて、カイは柔らかく微笑んだ。
その時、店員を呼び出すベルが鳴った。ユイは素早くお客さんの方へ向かう。
「お会計ですか?」
「ああ、お願いね」
「かしこまりました!」
ユイは端末で会計を済ませて、お客さんにレシートを渡す。
「今日のオムライスもおいしかったよ。ああ、もちろん、サラダも。カイくんの作るお料理は本当においしくて、元気を貰えるんだ。カイくんにもそう伝えておいてね。ごちそうさま」
「はい……! ありがとうございました! またお越しください!」
ユイは嬉しそうに微笑みながら、お客さんを見送った。
直後、ユイは勢い良く、カイがいる厨房の方へ走っていく。
「カイー!!」
「なんだよ、そんなに騒ぐな」
「お客さんがね、今日もカイのお料理は世界一おいしかったって!」
「『世界一』はないだろ……」
「あ。世界一とは言ってなかったかも……? でも、おいしかったって褒めてくれてたよ!」
嬉しそうに報告するユイに、カイは微笑みを返す。
「よかったなぁ。がんばって作ってる甲斐があるよ」
「そうだよねぇ、褒められるって嬉しいね!」
「褒められるためにやってるわけじゃないけどな」
「それはまあ、そうだけど」
「っていうか、ユイ、一つ忘れないか?」
「ん? ……あ、テーブル片付けてくる!」
「行ってらっしゃい」
ユイは慌ててテーブルの片付けを済ませた。
まだお客さんが入っている様子はなく、お店の中は静かに空気が流れている。ユイは、一人でいても落ち着けないので、カイのいる厨房へと向かう。
「戻ったか、今度からはちゃんと忘れるなよ」
「忘れないよー。今日は、お客さんに褒めてもらえて嬉しかったから、勢いで忘れちゃっただけ」
「そうかよ」
そう言って、カイは苦笑する。
「笑わないでよねー」
「バカにして笑ったわけじゃないよ」
「それならいいけど」
少しの間、二人の間に沈黙が流れる。
「ねえ」
ユイが、ゆっくりと口を開いた。
「聞いてもいい?」
「何をだよ?」
ユイの言葉に、カイは疑問を返した。
「カイは、その……なんで私を、一緒に生活していく相棒に選んでくれたの?」
ユイの口から出てきたのはそんな疑問だった。
「ユイの笑顔を見たいな、って思ったからだよ」
カイがそう答えると、ユイは首を傾げている。
「つまり……どういうこと?」
「わからない?」
「わかんないよ」
不満げに言うユイに、カイは優しい笑みを向けて、ゆっくり口を開く。
「俺とユイが出会った時、ユイは、俺が作ったオムライスを食べてとびっきりの笑顔を見せてくれただろ。俺はあの時、もっと、ユイの笑顔を、ずっとこの先もたくさん見ていきたいなって思ったんだ。だから、一緒に生活していくことにしたんだよ」
カイは丁寧に言葉を選びながらそう説明した。
「そっかぁ……。じゃあ、私、これからもずっとカイの側で、笑顔でいるからね」
「嬉しいよ」
「えへへ、カイがそんなに私のこと好きなんて」
「好きとは言ってないだろ」
「えー? でも、好きなんでしょ? 私の笑顔が見たいって、そういうことじゃないの?」
「……ユイがそう思うなら、そういうことでいいよ」
「私もカイのこと好きだよ」
ユイがそう言うと、カイは少し驚いたように瞬きをした。
「……いくら人間みたいな見た目をしてても、俺はロボットだぞ」
「知ってる。けど、私はカイのこと好きだよ」
ユイのまっすぐな言葉に、カイは何を返すこともできなかった。
その時、お店にお客さんが入ってきてベルが鳴った。
「あ、お客さん! 私、行ってくるね!」
ユイは慌てて接客へ出ていく。
カイは、ユイの背中にいつものように「行ってらっしゃい」と声をかけることができなかった。今のカイは、ユイになんと声をかければいいのか、わからなかったから。
「ご注文は? ヨーグルトセットですね。かしこまりました!」
ユイが操作する端末から、カイの方へ注文が送信されてくる。カイは、ひとまず目の前のことを片付けようと、注文の料理に取り掛かった。
しばらくして、お客さんが帰った後、ユイはテーブルの片付けをして、厨房へ戻ってきた。
「さっきの話の続き、してもいーい?」
カイの瞳をまっすぐに見つめて、ユイがそんなことを口にする。
「さっきの、って、ユイが俺を好きだって話か?」
「それ以外にないでしょ」
「そんなことを言われても困る、としか言えないな。俺は、ロボットなんだから」
「……ま、そんな風なことを言われるだろうなとは思ってたよ。カイのことなんて、私が一番わかってるんだからね」
そう言って、ユイは笑みを浮かべていた。
「カイがどう思っていようと、私はカイのことが好きだし、カイの側にずっといるつもりだからね。覚悟しといて。って、言いたかったの」
「……ユイが、俺の側にいてくれるのは嬉しいよ。でも、」
「『俺はロボットだから』って? だから、私はそんなこと気にしないって言ってるの」
ユイの言葉は力強く、まっすぐだった。
「私はこれから先もずっと、カイの相棒として一緒に生活していきたいんだよ」
「……ユイがそこまで言うなら、俺に断る選択肢はないよ」
「……じゃあ、これからもよろしく、ってことで、乾杯でもしようか」
そう言って、ユイが野菜ジュースを二人分のグラスに注ぐ。
「じゃあ、乾杯」
「乾杯!」
ユイは勢い良く野菜ジュースを一気に飲み干し、グラスをテーブルに置いた。気持ちのいい飲みっぷりに、カイは思わず笑みを浮かべる。
「あ、笑ったわね?」
「バカにしたわけじゃないよ」
「ならいいけど……。あのね、カイ」
「ん? なに?」
「カイは私の笑顔を見たいって言うけど、私もカイの笑顔を見たいんだよ」
「……そっか」
「そうなの」
そう言って、ユイは柔らかな笑みを浮かべる。カイも、幸せそうな微笑みを返した。
バディもののコンテストに応募したくて書いてみようかとしたけど、「バディもの」がわからなくてわからなくてわからなかったのでこうなったっていうお話。