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第74話 そのメイド、想いを継ぐ

 

 町の広場に、重苦しい空気が漂っていた。

 私たちが立ち寄ったこの小さな集落で、アモン様とルーシーの訃報が伝えられたとき、町の者たちは皆、言葉を失った。


 ひとりの少女が花を手に座り込み、老兵は無言で手を合わせていた。

 焚き火のそばで笑っていた子供たちでさえ、いつの間にか静まり返っている。


 あの二人が、どれだけ多くの人に希望を与えていたのか──その静寂が、何よりの証だった。



 私は視線を落とし、手の中の報せを強く握りしめた。

 まだ温かくも冷たくもない紙の感触が、現実の痛みを淡く伝えてくる。


 仮設の伝令所で、ジークが密書を受け取った。

 王都の報せには、国王陛下の体調不良と、政務を退かれる旨が記されていた。



「……ついに、そうなったか」


 ジークが目を閉じ、小さく吐息をこぼすのを、私はただ見つめていた。

 その背中が、どれほどの決意を今、抱いているのか──息を呑むほどに、静かで、強かった。


 そして、数刻後。

 町の広場に集められた兵士と民の前に、ジークはひとり、白いマントを翻して立った。

 陽の光を受けたその姿は、まるで王となる運命に導かれたようで、私は胸がいっぱいになった。



「王都より報せが届いた。父は……我らが王は、政務を私に託した」


 その声に、私もまた胸を突かれるような感覚を覚えた。

 低く、しかし確かな響き。揺るがぬ決意が、そこにはあった。


「アモン兄上の死、ルーシーの死──その全てを、無にしないために。我々はここから、反攻に出る」


 静けさがあたりを包み、言葉の一つひとつが心に沁みていく。

 かつては誰よりも冷静で、感情の起伏を見せなかった彼が、今はこの痛みを背負って歩もうとしている。


 気づけば、誰からともなく拍手が起きていた。

 それはやがて大きなうねりとなり、兵士たちの心を、町の空気を、そして私の胸を打った。



 ジークは、かつて「出来損ないの第二王子」とまで呼ばれていた。

 でも今、彼の背にあるものは、軍の意志と民の信頼──そして、アモン様から託された“王の責務”。


 その姿は、間違いなく“王の器”そのものだった。


 ジーク率いる奇襲部隊は、グラン共和国へと静かに進軍を開始する。


 凍るような空気の中、私は胸に誓う──


 彼が歩むその道を、私も隣で支えていこうと──強く、心に誓った。



 ◆


 ~オリヴィア視点~


 グラン共和国と王国の境界付近にある街──その広場の中心に、私は立っていた。


 集まった信者たちは皆、私の言葉を待っている。

 陽光の下で、純白のローブを翻しながら、私は唇を開いた。



「今こそ証明してみせましょう。この私が、“真なる聖女”であることを──」


 ざわめきが広がるが、すぐに熱を帯びた声が返ってくる。


「オリヴィア様こそ、真なる加護の導き手!」


 ふふ、と微笑みながら、私は懐からそれを取り出した。


 “聖女のノート”。


 この手帳さえあれば、どんな兵器も魔術も再現可能。

 未知の知識、異端の技術、時を越えて与えられたこの力は、まさに神の啓示そのもの。



「これさえあれば……いかなる敵も、我が手中に落ちるでしょう」


 それは、驕りだと? 嫉妬だと?

 どうぞ、お好きに笑いなさい。

 勝つ者こそが正義。世界とは、そういう仕組みでできている。



 そのとき、斜め後ろから嗚咽が聞こえた。


 振り返ると、ブローネ王妃がいた。

 地面に膝をつき、顔を両手で覆い、泣いていた。

 ──戦死の報が届いたばかりの、彼女の息子。第三王子、カイル。



 私は何も言わず、ただその姿を見下ろした。

 涙は、弱者のもの。私には必要のない贅沢だ。


「泣いても、何も戻りはしませんわよ」


 心の中でだけ、そう冷たく呟いて、私は視線を逸らした。



「君は予想以上の働きを見せてくれたよ」


 ──そこに現れたのは、グラン共和国の王子。

 長身で整った顔立ち、だがその瞳にはどこか陰がある。

 彼こそが、私たちグリフィス家と繋がっていた者。


 私は一歩、彼に歩み寄り、手帳を差し出した。



「約束通り、これはあなたに。必要な知識は、すべてここに」


 彼は手帳を受け取り、しばらく無言でページをめくると──ふっと唇を歪め、私を見つめた。


「……それが本当なら、私の王妃にしてやってもよかろう」


 その言葉に、私は満面の笑みを浮かべた。

 まるで、すべてが思い通りに運んでいるかのように──。


 だって、そうでしょう?

 私は“選ばれた聖女”なのだから。



 ◆


 人混みの向こうに、見覚えのある背中があった。

 あの白いローブ──無邪気な笑み──そして、あの人だけが持つ空気。


 オリヴィア。


 グラン共和国との国境に近い街に入ったとき、私はすでに覚悟を決めていた。

 けれど、実際に目の前に姿を現したその人に、胸の奥が冷たく締めつけられる。


 私たちを迎えたのは、集まった大勢の信者たち。そしてその中心に立つ“彼女”。

 堂々と、何の疑いもなく笑っていた。



「まあ……いらっしゃい、アカーシャ」


 その声に、私は無意識に足を止めていた。

 ああ、変わっていない。

 まるで、全てを手に入れた者のような、あの眼差し。


「皆さん、ご覧なさいな。ただのメイド上がりが、英雄気取りでここに立っているんですって」


 周囲にくすくすと笑い声が広がる。

 人々の目が私を値踏みするように向けられ、私はしばらく何も言えなかった。



 でも、そのときだった。

 ふと、頭に浮かんだのは──サクラお母さんの姿。

 あの優しい手。あの温もり。そして、いつも背中を押してくれた言葉。


「……“本物の導き手”とは、自らの権力のために立ち上がる者のことじゃない」


 私はまっすぐにオリヴィアを見つめ返した。


「誰かを守りたいと、心から願い、行動する者こそ、人々に信じられる存在になるんです」


 空気が変わった。

 信者の中に、動揺が走る。



 だけど、オリヴィアは笑みを崩さない。


「ふふ……多勢に無勢のくせに、よく吠えること。第二王子と一緒に来たんでしょう? けれど、王子を二人失った王国に勝ち目はあるのかしら?」


 その言葉に、私の拳が自然と握り締められていた。


 そして──


 聖堂の扉が、音を立てて開いた。

 風が吹き込む。埃が舞う。

 その中に、見覚えのある影が立っていた。


 私は息を呑んだ。

 あのシルエット、あの立ち姿──まさか……!



「王国に勝ち目はない? それはどうかな」


 低く、しかし確かに響く声。

 その瞬間、広場にいた信者たちが一斉にざわめいた。


 光の向こうから現れたのは、アモン様。

 戦場での傷を隠すように軍服の上に黒の外套を羽織り、その胸元には──あれは、あのとき私がルーシーに託した吸収石のネックレス……!



「ア、アモン王子……!? 生きて……?」


 オリヴィアの声が震える。

 いつもの余裕など、もうどこにもなかった。


「どうして……どうしてあなたたちが生きてるのよ!」


 彼女の悲鳴のような叫びに、私は静かに微笑んだ。



「それはね、貴方のおかげよ」


 私の隣に、ルーシーが立っていた。

 傷だらけの鎧、煤にまみれた頬、それでも瞳はまっすぐに前を見ていた。


「あなたが捨てた金貨に、私たちは救われたの」とルーシーは告げる。


 アモン様の胸元で、吸収石のネックレスが淡く光を放っていた。

 矢は、あの金貨に当たり、毒の魔力は吸収・無効化されていたのだ。



「……あのとき、お守りを渡したのは無駄じゃなかったわね」


 私はそう言って、ほんの少しだけ笑った。



 ざわめきの中、信者たちは次第にオリヴィアから距離を取りはじめる。

 迷いが走り、目が揺らぎ、そしてある者は顔を背けた。


 グラン共和国の王子が、ゆっくりと立ち上がる。 


「……結局は口だけの聖女だったというわけだな」


 その一言に、オリヴィアの体から力が抜ける。

 その場に崩れ落ち、膝をついた彼女の顔からは、笑みが完全に消えていた。


 だが、すべてが終わったわけではない。



「……余興はここまでだ」


 グラン共和国の王子が、静かにそう告げた。

 その手が上がると同時に、背後の兵たちが一斉に武器を構える。

 刃が抜かれ、魔術の気配が広がる──空気が、また一段と張り詰めた。



「アカーシャ!」


 私が振り返ると、そこにはすでにジークの姿があった。

 氷を纏うような澄んだ瞳が、まっすぐに敵を見据えている。


 その背に、アモン様が静かに立った。

 二人は何も言わずとも、自然に背中を預け合う。



「ここからが、本当の闘いだ」


 ジークの声は、静かに、しかし凛として響いた。


「燃え尽きるまで戦ってやる」


 アモン様が右手を掲げると、そこに現れたのは灼熱の炎。

 夜明けのように赤く輝き、見る者すべてを奮い立たせる。



 グラン共和国の兵たちが一斉に動き出す。

 それに応えるように、王国軍も進撃の構えをとった。


 次なる戦いの火蓋が、今──切って落とされる。





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