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第72話 そのメイド、裏切りを見つめる。

 焚き火の揺れる灯りに照らされていた軍服の背が、ゆっくりとこちらに向き直る。


 あの紋章、そしてあの動き──あれは、間違いなく王国軍の中枢にいた人物のものだった。


 私たちは息を殺し、視線だけで確認し合うと、物音ひとつ立てずに砦の外へと身を引いた。


 再び夜の森へと戻った私たちは、物陰に身を潜めながら小声で情報をまとめていく。



「今の……記録できたか?」


 ジークの問いに、私は頷いた。


「顔と服装、所作、言葉の一部まで。“メモ魔法”で全部、記録しています」


 記録帳には、先ほどのやりとりの一部がすでに転写されていた。焚き火越しに交わされていた暗号らしき言葉。それと同時に操作されていた魔導具。


 ジークはわずかに眉を寄せた。


「確証を得るには……通信内容そのものと、暗号の記録を押さえる必要があるな」


「はい。さっき、囲炉裏のそばに……箱があったんです。見覚えのある、古い記録媒体の魔導具でした」


 私の言葉に、ジークは目を細める。


「奪うには一瞬の隙がいる。……だが、それさえ押さえられれば、この件は終わる」


 私は拳を握った。

 王国の軍の中に潜む“裏切り”を、私は見逃すことはできない。


 どれほどその人が、過去に尊敬すべき立場にいたとしても。


 それでも――今この国を傷つけようとしているのなら。

 その真実を、私は記し、暴く。



 夜が深まり、砦を包む霧が濃くなっていく。

 私とジークは再び身を潜め、静かに砦の敷地内へと足を踏み入れた。


 気配遮断の補助魔法を展開し、私たちは影のように壁沿いを移動していく。


 朽ちかけた扉を慎重に開け、音を立てないよう内側の通路へ。内部は予想以上に入り組んでいたが、私は記録していた砦の構造を頼りに進路を導き出す。



 通路の奥、物置のような扉の先。

 そこが、先ほど私が魔導具を目撃した場所だった。


 ジークが先に扉を確認し、頷く。

 私は小さく息を吸い、そっと中へと身を滑り込ませた。



 そこにはあった。

 古びた記録棚と、その中央に鎮座する魔導具。

 転写石がはめ込まれ、魔力を帯びた光がうっすらと残っている。


「これです……」


 私は呟くように言いながら、慎重に魔導具へと手を伸ばす。記録の構造を読み取り、魔力を通す位置を調整。


「……見えた」


 転写石に浮かび上がった文字列。

 王国軍の補給経路、次の進軍ルート、そして――


「……これ、完全に……軍の中枢情報」


 私は息を呑み、ジークの方を見る。

 彼はわずかに頷きながら、すぐに記録媒体を回収する準備に入った。


 これで、証拠は揃った。

 裏切りの事実が、今ここに記されている。


 私は転写石に浮かんだ文字列を目で追いながら、その内容を確認していた。



 そのときだった。隣にいたジークが、ふいに動きを止めた。

 彼の視線が一点に釘付けになり、手にしていた剣の柄をぎゅっと握る音が、静けさの中に小さく響く。


「……バルク?」


 低く、かすれた声。

 驚きと、信じたくないという思いが滲んでいた。


 私は慌てて彼の視線の先を追い、転写石に刻まれた署名を確認する。

 そこにあったのは、ジークがいつか語っていた名だった。


 バルク――かつて王国騎士団の団長を務め、今は騎士団本部で後進の育成や裏方の事務を担う、地味ながら信頼厚い人物。

 ジークにとっては、幼い頃に剣の握り方から教えてくれた恩師であり、父のように慕っていた人だった。



 「嘘だ……こんなはずじゃ……」


 ジークが転写石に指を伸ばし、まるでその名を否定するかのように震える指先でなぞった。


 魔導通信の記録には、王国軍の戦略情報と引き換えに送られた暗号が残されていた。

 その動機の欄には、たったひとつの言葉が刻まれていた。


 ──家族、人質。


 私の胸にも、冷たい痛みが広がっていく。



「ジーク……」


 声をかけると、彼はわずかに顔を伏せ、静かに拳を握りしめた。


「……あの人は、俺にとって剣だけじゃない。……誇りのすべてを教えてくれた人だった」


 その声は、震えていた。

 ジークがこんなふうに取り乱すのを、私は今まで一度も見たことがなかった。


「誰かのためを思ってしたことでも……許されないことがある」


 私が絞り出すように呟くと、ジークはゆっくりと頷いた。


「わかってる。だけど、信じていたんだ。だからこそ、悔しい……」


 私はそっと彼の隣に立ち、そっと記録帳を開いた。

 ジークの手が、私の手の上に重なった。



「君は、人を傷つけずに真実を記録する力を持っている。だから……俺が今、冷静でいられる」


 その声は、彼自身への言い聞かせのようだった。


 私は頷く。

 この記録は、誰かを裁くためのものじゃない。

 未来を護るために、今を記す――そのための記録。



 私は筆を走らせた。

 涙を堪えながら、ひとつの真実を、歴史に遺すために。

 朝霧の中、私たちは砦を後にした。

 空はどこまでも灰色で、風だけがやけに静かだった。


 私の手には、転写石と記録帳、そして回収した魔導具。

 この手で真実を掴んだのだとわかっていても、心はまだ波立っていた。



 ジークは砦を遠ざけるにつれて徐々に表情を引き締めていった。

 やがて本隊へ戻る途中、小さな開けた道の傍で立ち止まり、私に言った。


「アカーシャ。これらは、俺から王へ届けるよう早馬を出そう」


 私は小さく頷き、魔導具と記録の控えを包み込むようにして渡す。


「本当に……これでいいのかな」


 思わず漏れた問いに、ジークは静かに答えた。


「これは、公にしないほうがいい。だが……再び繰り返させてはならない」


 その言葉に込められた決意は、揺るがないものだった。


 私は深く息を吐き、一人静かに記録帳を開いた。

 見開きの空白に、今しがた記した事実の続きを綴る。



「私は、この出来事を忘れない。誰かのために、正しく記す……それが私の仕事だから」


 記録を閉じた瞬間、ジークの声が優しく響いた。


「次は、未来のための記録だな」


 私は彼を見上げ、微笑んだ。


 たとえどんな痛みを伴っても、進んでいく。

 真実を記し、守るべきものを守るために。


 風が再び吹き、朝の光がかすかに木々を揺らした。

 静かな余韻を残して、私たちはまた歩き出す。




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