表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

61/76

第61話 そのメイド、帰還する。


「しかしアカーシャが、あの『聖女』と血が繋がった人間だったとは……」


 突然この国に現れて数々の画期的な品を公表し、そして霧のように消えてしまった聖女。彼女の存在は神の使いともいわれ、半ば伝説的となっている。そんな人物の孫が目の前に居れば、驚きもするわよね。


「私も血の繋がった家族はいないと思っていたのに、実は祖母に育てられていたなんてビックリだわ。……でもなんでジークはちょっと納得した顔なのよ?」


「いやぁ、キミの破天荒な日常振りも、聖女様譲りだったんだなと思って」


 む、なんだか失礼な言い方ね。でも冷静に自分の人生を振り返ってみると、ちょっと言い返せないかも……。


「そもそも聖女の器とか、そんなの私に分かる訳ないじゃない。私は孤児院育ちの田舎娘なんだし」


「ははは、それもそうだね。僕にとってのアカーシャは、お祖母様とケンカをしながら楽しそうに家事をこなす、可愛い女の子だから」


「もう、そうやってまた揶揄って……!」


 当たり前のように言うジークを軽く睨みつける。

 だけど彼は気にすることなく微笑んでいて、私の頬はますます熱くなっていく。


 まったく……普段は紳士的な振る舞いをするくせに、時々こうして子供扱いしてくるんだから。私は誤魔化すように話を逸らすことにした。


「……ねぇ、ジーク。ひとつ聞いてもいい?」


「どうぞ?」


「私って本当は貴族の娘だったわけよね? グリフィス家や逃げた聖女の血を引く者として、私は罪に問われるのかしら」


 私は自分の出生の秘密を知ってしまった。そして私自身が、この国に仇なす存在だと分かってしまった。

 本来なら捕らえられて然るべきだろう。王子であり、民を守る騎士であるジークならそうするはず。


「私はこの国の法律を知らないけど、罪人は裁かれるものだと思うの」


「たしかに関係者や家族が、連座で裁かれることはあるね」


 ――やっぱり。それに今回はグリフィス家が謀反を起こしてしまった。いくら私が関与していなかったとはいえ、納得しない人が出てくるかもしれない。


 特に第一王子を次期国王にしようとしている派閥の貴族たち。彼らが私とジークの関係を壊そうとしてくる可能性もある。


「(……いいえ、違うわね。私が気にしているのはどうでもいい他人のことじゃない)」


 何より私が恐れているのは、ジーク本人に嫌われてしまうことだった。


「ジークは、私のことをどう思う? 薄汚れた庶民が、実は悪名高い貴族の人間だったわけだけど」


 勇気を出して、ジークに問いかけた。

 ――あなたは私を受け入れてくれますか? と。


 恐る恐るジークを見ると、困ったように笑っていた。……それはそうだ。こんなずるい質問、するべきじゃなかったのに。口にしてしまってから後悔が湧き起こる。


「そんな自虐的になる必要がある? アカーシャが貴族の令嬢だろうと、聖女の血を引いていようと。僕がキミを想う気持ちは何も変わらないよ」


「でも私は……!」


「それともキミは僕が王子だったから好きになったの? 違うよね?」


 そう言ってジークは困ったように微笑みながら、私の頭を優しく撫でてくれた。私よりも年下のはずの彼の手が、今はなんだかとても大きく感じてしまう。


「大丈夫。たとえ国民の全員が敵に回ったとしても、僕だけは絶対にアカーシャの味方でいるから」


「ジーク……」


 ジークは私の前髪を掻き上げると、露になった額にそっと口づけを落とした。


「今は変えられない過去を嘆くよりも、一刻も早くこの国の危機を父上に伝えなくっちゃね」


「……うん」


 ジークの言葉に胸が温かくなって、自然と笑みが零れる。

 きっと彼は私の不安を感じ取ってくれたのだろう。そして私を安心させるために、わざと軽い口調で言ってくれているのだ。


「ありがとう、ジーク」


 私は改めて、この人のことが好きだと思った。ジークさえいれば、どんな苦難も乗り越えていける。今回のことだってグリフィス家が関与していた証拠を掴めたし、きっと戦争になる前に解決できるはずだ。


 ジークがしてくれたように、私はただ彼を信じて行動すればいい。

 星明りしかない闇夜の中を矢のように突き進む鳥の上で、私は決意を新たにした。


「……ん?」


 ふと下を見ると、王城で大勢の人が騒いでいるのが見えた。

 よく見ると松明を持った兵士たちが監視塔や中庭に溢れていて、何かを探しているようだ。


「ジーク、誰か来るわっ!?」


「――王城で何かあったのかもしれない」


 ジークと同じように飛べる魔法生物に乗った兵士たちが数名、こちらへ飛んできた。

 相当慌てているらしく、こちらに衝突しそうなほどのスピードで接近してきた。


「ジーク殿下!? 良かった、ご無事だったんですね!」


「キミはたしか、陛下直属の近衛兵だったな……どうして持ち場を離れてこんな夜空に? 王城の騒ぎは何があったんだ?」


 彼がそう訊ねると、近衛兵は顔を青ざめさせながら私の方をチラッと見た。


「メイドの姿だが彼女は関係者だ、心配ない。話してくれ」


「それが……」


 少し言い淀んだあと、覚悟を決めた表情で口を開いた。



「何者かが城に侵入し――陛下とアモン殿下が襲われ、現在は危篤状態です」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◤  5月より漫画連載スタート!  ◥
   こちらはノベル版となります。
◣(小説家になろう・出版社の許諾済)◢
bwmd4qh49dwuspxh50ubf887kg2_t3m_bo_fk_6xau.jpg
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ