第61話 そのメイド、帰還する。
「しかしアカーシャが、あの『聖女』と血が繋がった人間だったとは……」
突然この国に現れて数々の画期的な品を公表し、そして霧のように消えてしまった聖女。彼女の存在は神の使いともいわれ、半ば伝説的となっている。そんな人物の孫が目の前に居れば、驚きもするわよね。
「私も血の繋がった家族はいないと思っていたのに、実は祖母に育てられていたなんてビックリだわ。……でもなんでジークはちょっと納得した顔なのよ?」
「いやぁ、キミの破天荒な日常振りも、聖女様譲りだったんだなと思って」
む、なんだか失礼な言い方ね。でも冷静に自分の人生を振り返ってみると、ちょっと言い返せないかも……。
「そもそも聖女の器とか、そんなの私に分かる訳ないじゃない。私は孤児院育ちの田舎娘なんだし」
「ははは、それもそうだね。僕にとってのアカーシャは、お祖母様とケンカをしながら楽しそうに家事をこなす、可愛い女の子だから」
「もう、そうやってまた揶揄って……!」
当たり前のように言うジークを軽く睨みつける。
だけど彼は気にすることなく微笑んでいて、私の頬はますます熱くなっていく。
まったく……普段は紳士的な振る舞いをするくせに、時々こうして子供扱いしてくるんだから。私は誤魔化すように話を逸らすことにした。
「……ねぇ、ジーク。ひとつ聞いてもいい?」
「どうぞ?」
「私って本当は貴族の娘だったわけよね? グリフィス家や逃げた聖女の血を引く者として、私は罪に問われるのかしら」
私は自分の出生の秘密を知ってしまった。そして私自身が、この国に仇なす存在だと分かってしまった。
本来なら捕らえられて然るべきだろう。王子であり、民を守る騎士であるジークならそうするはず。
「私はこの国の法律を知らないけど、罪人は裁かれるものだと思うの」
「たしかに関係者や家族が、連座で裁かれることはあるね」
――やっぱり。それに今回はグリフィス家が謀反を起こしてしまった。いくら私が関与していなかったとはいえ、納得しない人が出てくるかもしれない。
特に第一王子を次期国王にしようとしている派閥の貴族たち。彼らが私とジークの関係を壊そうとしてくる可能性もある。
「(……いいえ、違うわね。私が気にしているのはどうでもいい他人のことじゃない)」
何より私が恐れているのは、ジーク本人に嫌われてしまうことだった。
「ジークは、私のことをどう思う? 薄汚れた庶民が、実は悪名高い貴族の人間だったわけだけど」
勇気を出して、ジークに問いかけた。
――あなたは私を受け入れてくれますか? と。
恐る恐るジークを見ると、困ったように笑っていた。……それはそうだ。こんなずるい質問、するべきじゃなかったのに。口にしてしまってから後悔が湧き起こる。
「そんな自虐的になる必要がある? アカーシャが貴族の令嬢だろうと、聖女の血を引いていようと。僕がキミを想う気持ちは何も変わらないよ」
「でも私は……!」
「それともキミは僕が王子だったから好きになったの? 違うよね?」
そう言ってジークは困ったように微笑みながら、私の頭を優しく撫でてくれた。私よりも年下のはずの彼の手が、今はなんだかとても大きく感じてしまう。
「大丈夫。たとえ国民の全員が敵に回ったとしても、僕だけは絶対にアカーシャの味方でいるから」
「ジーク……」
ジークは私の前髪を掻き上げると、露になった額にそっと口づけを落とした。
「今は変えられない過去を嘆くよりも、一刻も早くこの国の危機を父上に伝えなくっちゃね」
「……うん」
ジークの言葉に胸が温かくなって、自然と笑みが零れる。
きっと彼は私の不安を感じ取ってくれたのだろう。そして私を安心させるために、わざと軽い口調で言ってくれているのだ。
「ありがとう、ジーク」
私は改めて、この人のことが好きだと思った。ジークさえいれば、どんな苦難も乗り越えていける。今回のことだってグリフィス家が関与していた証拠を掴めたし、きっと戦争になる前に解決できるはずだ。
ジークがしてくれたように、私はただ彼を信じて行動すればいい。
星明りしかない闇夜の中を矢のように突き進む鳥の上で、私は決意を新たにした。
「……ん?」
ふと下を見ると、王城で大勢の人が騒いでいるのが見えた。
よく見ると松明を持った兵士たちが監視塔や中庭に溢れていて、何かを探しているようだ。
「ジーク、誰か来るわっ!?」
「――王城で何かあったのかもしれない」
ジークと同じように飛べる魔法生物に乗った兵士たちが数名、こちらへ飛んできた。
相当慌てているらしく、こちらに衝突しそうなほどのスピードで接近してきた。
「ジーク殿下!? 良かった、ご無事だったんですね!」
「キミはたしか、陛下直属の近衛兵だったな……どうして持ち場を離れてこんな夜空に? 王城の騒ぎは何があったんだ?」
彼がそう訊ねると、近衛兵は顔を青ざめさせながら私の方をチラッと見た。
「メイドの姿だが彼女は関係者だ、心配ない。話してくれ」
「それが……」
少し言い淀んだあと、覚悟を決めた表情で口を開いた。
「何者かが城に侵入し――陛下とアモン殿下が襲われ、現在は危篤状態です」