第60話 そのメイド、脱出する。
彼は私を引き寄せながら素早く呪文を唱えると、あっという間に私の周りにごく小さな氷の嵐を作り出した。そのおかげで炎は私達を避けながら、ゆっくりと鎮まっていく。
「ジーク、どうしてここに?」
「話は後だ! とりあえず今はここから出よう」
「うん……!」
ジークが私の手を取り、立ち上がらせてくれた。
そして倒れているネビーさんを彼が担ぎ上げると、私たちは急いで廊下へと走り出す。オリヴィアは部屋の外にも火をつけたのか、屋敷中が火に包まれていた。
「玄関からでは間に合わない。退路を作るから、決して僕から離れないで」
「えっ、きゃあっ!?」
ジークは空いている手で私の腰に手を回すと、氷の礫で廊下の窓を突き破る。
嫌な予感を覚えた私が「ここって二階なんですけど!?」と叫ぶ前に、彼は私たちを抱えて窓の外へと飛び出してしまった。真っ赤に燃え上がる屋敷を背に、三人は闇の中を落ちていく。
「じ、ジーク!?」
「大丈夫、もし怖かったら僕に捕まってて」
「ひうっ! い、言われなくても最初からそうしてるわよぉおお!」
このままでは真っ逆さまに地面に墜落する――と思いきや。どこからともなく青い鳥が飛んできて、宙に浮いた私たちの下に滑り込んだ。
何事かと驚いているうちに、その鳥は私たちを運ぶように屋敷の庭まで滑空すると、ふわりと地上に降り立った。
「はぁ……はぁ……ありがとう、助かったわ」
ジークのおかげで、私たちは無事に屋敷から脱出することができた。
助けに来てくれたこの鳥は、先日の夜に私と密会していた鳥を大きくしたバージョンみたいだ。
仕組みは分からないけれど、触れていても少しヒヤッとするくらいで冷たすぎることもない。さすがに本物の鳥ほどにはフワフワしていないけれど、炎で火照った体には丁度いい触り心地だ。
「(それにしても、さすがはジークね。こんな精巧な鳥を魔法で再現しちゃうだなんて)」
王城勤めであるはずジークが、どうやって私の動向を窺っているのか、ずっと不思議に思っていたけれど……きっとこの鳥を使って近くまで来ていたのね。
ホッとしたのも束の間、ジークは物凄く険しい顔で私の肩を掴んだ。
「屋敷の方から火の手が上がったのを見て、慌てて飛び込んだんだけど……本当に心配したんだよ!? どこにも怪我してない? 君の肌に傷が残ったら大変じゃないか……!」
「ちょっとジーク? や、やめてっってば! ちょっ、どこ触ってるのよ!?」
「……あぁ、良かった。無事なんだね、本当に安心したよ」
「だからってそんなに強く抱き締めないでよ! 痛いってば!」
「ご、ごめん……!」
大袈裟に騒いでようやく腕を緩めてもらえたものの、今度は私の顔や髪に触れてくる。……いつも冷静なジークが、まさかここまで取り乱すなんて。もしかして私のことを、そこまで大切に想ってくれていた……のかな?
煤で黒く汚れてしまった彼の手を見つめていると、胸の中で嬉しさと恥ずかしさの両方が込み上げてくる。
「私の確認より、早くネビーさんを医者に見せないと……」
そう言って私は地面で寝ているネビーさんに視線を落とす。彼女は今も気を失ったままだった。
ちゃんと息はしているものの、私が殴ってしまった手前、怪我や後遺症が心配だ。それにオリヴィアに掛けられていた催眠魔法のこともある。
それらのことをジークに手早く説明すると、彼は真剣な表情で頷いた。
「ネビーさんは街の医者に診てもらおう。その道中にアカーシャは僕に詳しい事情を説明してくれる?」
「分かったわ」
そんな私たちの会話を聞いていたようで、庭で虫を探していた氷の鳥が不意に頭を上げ、翼をばさりと広げた。まるで自分に任せろと言っているようで、なんだか頼もしい。
「さぁ乗ってくれ。行こう!」
「えぇ!」
私はジークに手を引かれて、鳥の背中に乗った。
二人分の体重を乗せても、その大きな鳥はよろめくことなく翼を広げ、夜の闇を切り裂くようにして飛び立っていった。
「――なるほど。つまり、オリヴィア嬢は偽物の聖女だったわけか」
「そういうことになるわね」
町医者にネビーさんを託したあと。私たちは進路を王城へ向け、再び空へと舞った。
地上の景色が次々と変化していくのを視界に入れながら、私はこれまでの経緯を全て彼に説明していた。