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第58話 そのメイド、悪女に敗北する。

 

 私は言われるがまま、メイド服のポケットから形見の手帳を取り出す。それを見たオリヴィアは、ネビーさんの耳元で何かを呟いた。


 首元にナイフを突きつけられたままのネビーさんはビクッと跳ねたあと、震えながら頷く。


「ネビーさん……」


「ごめんなさい、アカーシャさん。その手帳を私に渡してもらえますか?」


 おそるおそる私に元へやってきたネビーさん。目尻に大粒の涙を(たた)えながらメイド服の裾を握りしめている。


 私なんかに関わったせいで、彼女に怖い思いをさせてしまった……そう思うと、申し訳なさで手帳を握る手に力がこもる。


「アカーシャちゃん、早くしないとナイフがこの子の首を切っちゃうわよ?」


「わ、分かってるわよっ!」


 私は意を決して、ネビーさんに手帳を手渡した。

 するとオリヴィアはニタリと微笑み、ネビーさんを呼び戻す。そしてまるで宝物を扱うかのように丁寧に受け取った。


「ありがとう、アカーシャちゃん。これで私は名実ともに聖女になれるわ」


「……地獄に堕ちればいいのに」


「ふふふっ、その前にこの国の人間が地獄の苦しみを味わうことになるわね」


 オリヴィアは満足そうに手帳を開くと、パラパラとページを捲り始めた。そしてとある場所で視線を止める。


「あら? この金貨はなにかしら?」


 指でつまんだ金貨を眺めながら、オリヴィアは不思議そうに問いかけてきた。


「それは十年前、アンタが私を騙して渡した偽金貨よ」


「へぇ、私が……?」


 オリヴィアはその事実にまったく心当たりがないらしく、首を傾げている。だけど間違いなく、この女が私たちの孤児院に持ち込んだものだ。そのせいでサクラお母さんは偽金貨を所持した容疑で捕まり、まともな裁判もされずに処刑された。


「(忘れたくとも、この恨みを忘れられるわけがないじゃない)」


 私はこの偽金貨をいつも肌身離さず持ち歩き、見るたびに復讐心を燃やしていた。いつかオリヴィアに報いを受けさせることを夢見て……。


「あぁ、思い出したわ! そういえば昔、そんなこともあったわねぇ」


「今さら謝ったって遅いわよ。その偽金貨のせいで、私はすべてを失うことになったのだから」


「あの事件は私も心苦しかったわ。……だけどお祖母様がいけないのよ? 恩のあるグリフィス家に国宝ともいえる知識を還元せず、貴女を連れて逃げ出した罪は償って貰わなきゃ」


「そんな理由で、サクラお母さんを死に追いやったっていうの……?」


 そんな私の怒りなんてどこ吹く風。オリヴィアは溜め息を吐くと、つまらなさそうに手のひらで偽金貨を転がした。


「そんなに大事な金貨なら、これは貴女に返してあげるわよ。ふふふっ。聖女の成りそこないに紛い物の金貨。価値のない者同士でお似合いじゃない」


 カランッと乾いた音が室内に響き渡る。

 私は咄嵯に手を伸ばしたが、時すでに遅し。


 ――ガリッ!!


 オリヴィアに踏み潰された音を聞きながら、私は怒りで身体を震わせた。


「(許さない、絶対に……)」


 これ以上、この女の思い通りにさせるものですか。この手で必ず、オリヴィアの計画を阻止してみせる。


 私は改めて決意を固めると、オリヴィアのことをキッと睨みつけた。すると彼女は嬉しそうな笑みを浮かべ、指をパチンと鳴らした。


「さて、もうこの国での用は済んだわネビー。お父様たちの計画も進んでいるはずだから、さっさと後始末をしてちょうだい」


「――かしこまりました、お嬢様」


 それまでオドオドしていたはずのネビーさんが急に固まり、抑揚のない声色で返事を返した。目はどこか虚ろで、焦点が定まっていない。感情豊かな彼女から表情が抜け落ちた姿に、私は恐怖を感じざるを得なかった。


「ど、どうしたのネビーさん……!」


 私のその問いに答えることなく、彼女は私の手から携帯ランプを奪い取ると、その場で床にガシャンと叩きつけた。さらには何かの魔法を発動させ、隠し部屋に火を次々と放っていく。


 普段の彼女からは想像もできない言動に思わずたじろぎそうになりながら、私は元凶と思しきオリヴィアを問い詰めた。


「オリヴィア! 貴女、ネビーさんに何をしたの!?」


「ごめんなさいね、彼女には私の魔法を掛けさせてもらったわ。今や私の意のままに動く、操り人形よ」


「まさか催眠魔法……ネビーさん、私よ! しっかりして!」


 必死で肩を揺らして正気に戻るよう訴えかけるも、ネビーさんは私のことを見ようともしない。すでに火の手は壁にも周り、このままでは私も焼け死んでしまう。


「無駄よ。今の彼女は私の命令しか聞こえないし、私の指示にしか従わないわ」


「そんな……」


 私はオリヴィアを睨みつけ、何とか助ける方法を考えようとした。しかしオリヴィアは私の思考を読んだかのように、口を開いた。


「アカーシャちゃん。せっかくの再会だったけれど、貴女とはここでまたお別れね」


「……逃がさないわよ」


「ふふふ。この状況で強がれるのはさすがね。だけど――ネビー、私がこの屋敷から出るまで時間を稼ぎなさい」


「なっ……」


「かしこまりました、オリヴィアお嬢様」


 ネビーさんはオリヴィアからナイフを手渡されると、それを片手にゆらりと立ち上がった。そして無言でこちらへと近づいてくる。


「じゃあね、私の可愛い妹ちゃん。あの世でお祖母様と会うことがあったら、孫が立派に跡を継いだって伝えておいてね」


 そう言い残すと、オリヴィアは私に背を向けたまま部屋から出て行った。それを追いかけようとするも、ネビーさんが立ち塞がる。


「退いてっ!」


 私は彼女の胸を押して押し退けようとしたが、ネビーさんが発する異様な雰囲気に圧倒され、その場に立ち止まってしまった。


「ネビーさん……」


「…………」


 彼女は私の呼びかけに応えることなく、無言でナイフを振りかざしてきた。



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