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第57話 そのメイド、屈する。

 

「……私が聖女で、アンタの妹ですって?」


 私は思わず眉間にシワを寄せて聞き返した。するとオリヴィアは嬉しそうに頬笑む。



「えぇ、そうよ。貴女こそ、私が探し求めていた聖女だったの。もう逃がさないわ……絶対にね」


 ニィ、と口で弧を形作ったオリヴィアはゆっくりとこちらへ近づいてくる。


 私は反射的に後ずさる。すると背中が本棚に当たり、逃げ場がなくなった。



「く、来るな……!」


「そんなに怖がらないでちょうだい。これから仲良くしましょう、アカーシャちゃん♪」


「気安く名前を呼ばないで! 第一、私を探してどうするつもりだったのよ!」


「決まってるじゃない。私の愛する妹を手に入れるためよ。そして貴女の代わりに私が聖女となってこの国を救済してあげるわ」


 オリヴィアは私の質問に対して、満面の笑顔で答えた。

 ……怖い、狂っている。彼女には一切の虚飾や嘘が見えない。この人、心の底からそう言っているんだわ。


 あまりの気色悪さに鳥肌が立ち、今にもカタカタと鳴りそうな歯をギュッと食い縛る。


 こんな奴にお母さんは殺されたのかと思うと、憎悪で胸が張り裂けそうだった。けれどここで取り乱してはいけない。私は努めて冷静に問い掛ける。まずは相手の目的を聞き出しておかなくては。でないと対策のしようがないわ。



「はっ……アンタが聖女ですって? 性格の悪さが体から滲み出ているような女に、聖人の役割が務まると思ってるの?」


 負けじと、わざとあざ笑うかのような口調で言い返す。精一杯の抵抗だ。



「ふふふっ、声が震えているじゃない。やっぱり怖いのね?」


「そんなことないわ。いいから早く要件を言いなさい」


「本当に強情ねぇ。まぁ、そういうところも可愛らしいのだけれど」


 オリヴィアはクツクツと笑いながら、私の顎を指先で持ち上げた。


 ゾワッと背筋に冷たいものが走る。



「な、何をするつもり……」


「安心しなさい。痛いことはしないわ。ただちょっと、私の言うことを素直に聞いてもらうだけだもの」


「なっ……!?」


 オリヴィアは私の耳元に顔を近づけると、低い声で囁いた。



「――私と取引をしましょう、アカーシャちゃん。私に協力するなら、貴女には不自由ない生活を約束するわ。悪い話ではないでしょう?」


「……協力? 私に何を求めるつもり?」


「別に難しいことではないし、簡単なことだわ。貴女の持っている手帳を私にくれるだけで良いの」


「――っ!? どうして手帳のことをアンタが知っているのよ!」


 手帳はサクラお母さんから託された大切な形見だ。例えこんな状況でも、簡単に渡すわけにはいかない。

 私は動揺を隠すため、あえて強い語調で聞き返した。


 するとオリヴィアはクスリと小さく笑って、私の髪を撫でた。その仕草が気持ち悪くて、私はビクリと身体を震わせる。



「貴女のことは陰からずーっと見ていたわ。それよりもどう? 大人しく渡してくれないかしら」


「そんなことできるわけないでしょう!? ふざけないで!」


 そもそもこの国ではもう、グリフィス家が謀反を起こしたのはほぼ確定的なのだ。そんな状況で聖女なんてやっていられるはずがないでしょうに……いや、違う。


 ――まさかこの人、グラン共和国に亡命する気なの!?



「うーん、困ったわ。言うことを聞いてくれないと私、このネビーさんを殺しちゃうかも……?」


「な、なんですって!?」


 私が思考の海に沈んでいると、オリヴィアは右手に持ったナイフを左右に揺らしながら、そんなことを口にした。その言葉を隣で聞いていたネビーさんはヒッと小さく悲鳴を上げた。メイド服のスカートを握る手は可哀想なほどに真っ白になってしまっている。



「だってこのままアカーシャちゃんを解放したら、愛しの王子様に密告しちゃうでしょう? 私、まだ捕まるわけにはいかないの」


「ネビーさんはアンタの家が雇ったメイドなのよ。脅しに使う相手を間違っているんじゃないの?」


「ふふっ、それくらい覚悟の上よ。それに彼女は私にとってただの道具に過ぎないわ……友達想いの貴女と違ってね」


「――ッ!?」


 私は思わず絶句した。

 オリヴィアは私の性格をよく分かっている。一度縁ができた人たちを、そう易々と切り捨てることができないということを。



「アカーシャさん、私のことは大丈夫ですからっ……!」


「ネビーさん……」


「ふふふっ、美しい女の友情ね。貴女が黙っていてくれればそれで良いのよ。もし断るというのであれば、この場で彼女を刺すわ」


「そ、そんな……」


 オリヴィアは右手に持ったナイフをネビーさんの喉元に押し当てた。彼女の首から一筋の血が流れ落ちる。彼女はそばかすだらけの顔を引き攣らせながらも、気丈にも私のことを真っすぐ見つめていた。その瞳は涙で潤みきっていて、今にも雫がこぼれ落ちてしまいそう。



「さぁ、アカーシャちゃん。早く決断しなさい。貴女にとっても、この子の命は惜しいんでしょう?」


「くっ……」


 私は唇を噛んで、悔しさを堪えた。

 たとえ国の危機を天秤にかけようとも、ここでネビーさんを見捨てることなんてできない。


「――分かったわ。手帳を渡してあげる」


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