第55話 そのメイド、ついに見つける。
「まさかセレス奥様も被害者だったとは思わなかったわ……」
私はグリフィス家で自室として与えられている部屋のベッドに腰掛け、ひとりポツリと呟いた。
――数時間前。
私はグリフィス家の現当主の妻である、セレス奥様との接触を試みてみた。
偶然手に入れた“心を落ち着かせる”効果のあるお茶を使ってみたところ、彼女から過去の話を聞くことができた。
「やっぱりグリフィス家は黒ね。やり口が汚いわ……」
――数年前、まだ彼女が十代だった頃のこと。
とある貴族家との婚約話が決まったばかりの彼女のもとに、ある夜会への招待状が届いたそうだ。なんでもグリフィス家の当主が彼女を見初めたそうなのだ。侯爵家という立場と資金、そしてコネを用いて、無理やり自分の物にさせられてしまった。
「セレス奥様は元婚約者様に恋慕されていたみたいだし、本当に許せないわ。しかも奥様を欲しがったのも、魔法のためだったなんて……」
セレス奥様も、最初はその若さと美貌を買われたのだと思ったそうだ。
だが積極的に夜の誘いをするわけでもなく、たった一言
「お前は黙って俺の言うとおりに魔法を使っていればいい」
と言われたそうだ。
当初、セレス奥様は諸々を拒絶するために動こうとしたはずだった。
なのに婚姻を交わしたと同時に、なぜか彼に従うしかないと思考が変わってしまったのだという。
そうして侯爵閣下の操り人形となった生活が始まった。
彼が好む服を着て、食事を食べ、グリフィス家に相応しい喋り方をする。
元々優しかった奥様が他の使用人たちに厳しく当たるのも、彼に言動を縛られているから。
そして侯爵が彼女に一番求めていたもの。
先日私が調べた謎の小空間に、セレス奥様は『拡大』の魔法を使っていた。
奥様の魔法は小さな空間を倍以上に広げるというもので、幼い頃は自分のお屋敷に秘密基地を作ってよく遊んでいたという。
それをこのグリフィス家でも、同じことをさせられていたというわけだ。
きっと、そこにグラン共和国との繋がりを示す証拠が隠されているはず……。
「きっと、侯爵閣下の魔法に何か裏がありそうね。なにかを条件に、相手を従わせる精神系の……」
もしそうだとしたら、それは非常に厄介だわ。だって相手の意思を無視して強制的に従わせてしまうんだもの。いくら魔法の発動には条件があるからといって、他人を意のままに操るなんて許されない行為だ。
「このことも含めて、早く証拠を回収してジークに渡さないと……」
私は立ち上がると携帯ランプを片手に部屋を飛び出し、急いで廊下を駆け抜けた。向かう先は廊下にある例の空間だ。
あらかじめセレス奥様から聞いていた方法で、隠し部屋を開錠する。
すると、人ひとりが通れそうな空間が目の前に出現した。
話の通りなら、この先にあの秘密の部屋があるはずだわ。
「よし!」
気合いを入れて一歩足を踏み入れると、途端に周囲の風景が変わった。まるで水の中に入ったかのように視界がぼやけ、体が重くなる。
これは一体……!? 不思議に思って周囲を見渡すも、辺りは真っ暗な空間しかない。
私は慌てて持ってきていた携帯ランプのスイッチを入れた。
オレンジ色のぼんやりとした明かりが周囲を照らす。
「やっぱりここが目的の場所だったのね……」
そこは四方八方が本棚に囲まれた狭い部屋だった。どの棚にも本やファイリングされた書類がギッシリと詰まっている。
ランプを近づけ、その中のひとつを取ってみると、商取引や他貴族とのやり取りの記録が書かれていた。
「グラン共和国、グラン共和国……きっと新しそうな本のどこかに……あった!」
記録の中からそれらしいものを見つけ出し、パラパラとめくる。そこには確かに『グラン共和国』という単語があった。どうやらこの国に来た際に仕入れた情報をまとめているようだ。
「……なにこれ?」
その中に気になる記述を見つけた私は、思わず眉を顰めた。
『――聖女再誕の兆しあり』
そう書かれた一文の下には、前回の聖女について記載されていた。
「聖女はグラン共和国に突如現れた異界人? そんな話、初めて聞いたわよ!?」
何となく気になった私は、さらに文字を追ってみる。
聖女がグラン共和国で見つかった時の年齢は十六歳。混乱していた彼女を貴族家が預かり、保護したとある。
元の世界に戻るすべがないことを知った彼女は、その貴族家の人間として生活を始めた。
恩返しのつもりだったのだろうが、異界の知識をお世話になった貴族に提供したそうだ。
その中には未知の技術が含まれており、彼女の居た家はあっという間に発展したらしい。
しかし彼女が持つ異界の知識を、共和国の上層部が悪用しようとした。共和国に嫌気が差した聖女は国を出奔し、アレクサンドロス国へ亡命したと書かれていた。
そのどれもが驚きの内容だったのだけれど、最も私の心を乱したのがこの部分だった。
『――聖女の名はサクラ。アレクサンドロス王国を発展させたあと、再び行方不明』