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第54話 そのメイド、挑戦する。

先週は投稿できず申し訳ありませんでした!

 

「……あら、貴方は初めて見るメイドね?」


 スーリンさんとの料理談義があった日から数日後のこと。


 私はセレス若奥様の元へと訪れていた。彼女は部屋に入るなり私の姿を見つけると、不思議そうに首を傾げた。



「はい、先日より新しくこのお屋敷にてお仕えすることとなりました、アカーシャと申します。どうぞよろしくお願いします」


 そう言って深々と頭を下げる私に、セレス若奥様は訝しげな視線を向けてくる。



「新しい使用人……? そんな話聞いていないけれど……?」


 そう呟く彼女の言葉に、思わずドキッとするが、すぐに平静を装って言葉を続ける。


 ネビーさんがセレス様に叩かれたの件もあり、迂闊なことを言うことはできない。下手なことを言って叩かれるどころか、身分を疑われてしまっては困る。



「失礼ですが、旦那様からお聞きになっていませんか? こちらのお屋敷で新たに働くことになったのですが……」


 すると彼女はさらに怪訝そうな表情を見せたかと思うと、やがて何かに思い至ったようにハッと目を見開いた。そして次の瞬間にはその口元に嗜虐的な笑みを浮かべる。



「……そういうことね。貴方もあの人のお気に入りってワケ」


 その言葉に心臓が跳ね上がるのを感じた。しかしここで動揺しては怪しまれてしまうので、なんとか堪えて言葉を返す。



「その言葉の意味は、私には分かりかねますが……」


 私が毅然とした態度で答えると、今度は逆に彼女が少し戸惑った様子を見せた。だがそれも一瞬のことで、すぐに余裕のある笑みを見せる。



「ふぅん、あくまでもシラを切るつもりなのね。まあ良いわ。ちょうど退屈していたところだし、貴方がどういう人間なのか見極めてやろうじゃないの」


 そういうや否や、彼女は私を壁際まで追い詰めるとドンッと壁を叩いた。いわゆる壁ドンというやつである。まさか自分がされるとは思わなかったけど……。


 突然の事態に戸惑っていると、目の前の少女はクスクスと笑った。



「ふふ、怖がっているのかしら? それとも緊張?」


 妖艶に微笑む彼女からは大人の色香が漂ってくるようで、同性なのに思わずドキドキしてしまう。これが本物の貴族の令嬢というものなのだろうか。


 そんな彼女の言葉に私は首を横に振った。



「いいえ、両方です。怖いですし、とても緊張しています」

「……何ですって?」


 私の返答が気に入らなかったのか、奥様の表情が一変する。その顔はまるで般若のように恐ろしい形相へと変貌を遂げていた。あまりの恐ろしさに背筋が凍りそうになる。


 しかしそれも一瞬のこと。


 セレス奥様は口角を緩ませた。



「ふふっ、貴女はあまりおべっかを言わないタイプなのね」


 そう言って両手で顔を覆うと、指の隙間からチラリと様子を窺う。すると少女の口元が僅かに緩んだように見えた。もう一押しかもしれない。そう思った私はトドメとばかりに上目遣いで彼女に訴えかけた。



「そうですか、それは失礼いたしました。ところでなのですが、せっかくですので紅茶だけでも飲んでいただけませんか? 美味しいお菓子もあるんですよ」


 そう言って私は用意していたカートに乗せたティーセットを見せると、カップにお茶を注いだ。そして皿に盛ったクッキーと一緒にテーブルへと運んでいく。



「どうぞ、召し上がってください」

「……いただくわ」


 少し迷った後、セレス様は小さく呟くと、おずおずと手を伸ばした。よしよし、計画通りだわ。



「あら、変わった香りのお茶ね。でも嫌いじゃないわよ」

「ありがとうございます」


 ニッコリと笑ってお礼を言うと、彼女も微笑み返してくれた。


 良かった。スーリンさんから分けてもらったお茶のおかげで、機嫌が直ってきたみたい。


 このまま上手くいけば良いのだけど……。そう思いながらチラッと見ると、彼女は何故か私を見て微笑んでいた。



「ならせっかくだし、お茶菓子の方も頂こうかしら?」


 最初の剣呑な態度が嘘のように、セレス奥様は穏やかな表情でテーブルの上に乗せられた焼き菓子を見やった。



 ほ、本当に大丈夫かしら!?


 そう思って驚く私をよそに、彼女は皿に乗ったクッキーを一つ手に取ると口へ運ぶ。


 サクッという音が部屋に響いた直後、彼女の口から幸せそうなため息が聞こえた。



「……ああ、本当に美味しいわね。甘いだけじゃないわ。お茶の香りを邪魔しない程度のハーブが使われているのね?」


 それからしばらく無言で食べ続けた彼女だったが、やがてハッとした表情を浮かべると恥ずかしそうに顔を赤らめながらコホンと小さく咳払いをした。



「えっと、ごめんなさいね? つい夢中になってしまって……」


 いえいえ、お気になさらず! お口に合ったみたいで何よりですわ! そう心の中で返事をしつつ、私は愛想笑いを浮かべた。




 ◇


「ふぅー……美味しかったわぁ……」


 彼女は満足そうな顔で息を吐くと、ハンカチで口元を拭った。そして優雅にお茶を飲み干すと、私の方に視線を向ける。



「さて、落ち着いたところで貴女の本当の要件を教えてもらおうかしら?」

「――え?」

「ふふ。そう警戒しなくてもいいわよ。どうせ他のメイドから私の悪評でも聞いて来たんでしょう? 大方、私を怒らせると屋敷から追い出されるか、秘密裏に消される……なぁんて言われたんじゃないのかしら?」


 図星だ。どうしてわかったんだろう。私は驚きのあまり目を見開いてしまった。


 そんな私を見た彼女は、クスリと笑う。



「別に責めているわけじゃないのよ? 一部は事実なんだもの。でもね、それには理由があるの……」


 そう言うと、彼女は少し自虐的な笑みを浮かべながら、自分の過去について話し始めた。




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