第53話 そのメイド、ひらめく。
結果的に言えば、スーリンさんの料理人としての腕前はホンモノだった。
手際良く調理を進めていく姿や、絶妙な味付け加減を見ているうちに、私は彼の技量を疑ったことを恥じていた。
「これで完成だ」
「おお、すごく美味そうです!」
「ああ、我ながら会心の出来栄えだと思うぜ」
そう言って彼が差し出してきたお皿の上には、こんがりと焼き目がついた鶏肉のステーキが乗っていた。その見た目はとても美味しそうで、思わず生唾を飲み込んでしまう。
「冷めないうちに食べろ」
「はい、いただきます!」
フォークを手に持つと、早速一口サイズに切って口に運ぶ。すると途端に肉の旨味が口いっぱいに広がり、思わず頬が緩んでしまった。
「どうだ? 美味いか?」
「ええ、とっても美味しいです! こんなに美味しいお肉を食べたのは初めてです!」
「そうか、それなら良かった。実は今日の料理は俺の自信作なんだ」
私が素直に感想を述べると、彼は嬉しそうに目を細めた。その表情はまるで少年のように無邪気で、見ているこちらまで幸せな気分になる。
「それで? どうだ、お前がいう接待料理。俺に任せてみる気になったか?」
そう問われて、少し考える。正直言って料理の腕は申し分ないどころか完璧に近いし、それにさっきのやり取りを思い出すと少し意地悪なことを言ってしまった手前もあって断りづらいのよね……。
まあいっか。最初にお願いしていた料理長さんには後で謝っておこうっと。
「……分かりました。スーリンさん、よろしくお願いします」
頭を下げると、彼もまた同じように頭を下げた。
「こちらこそよろしくな」
こうして私は彼と握手を交わすのだった。
その後、私はスーリンさんに手伝ってもらいながらメニュー構成を決めていく。と言っても、ほとんどは彼の提案だったんだけど。
そんな調子で順調に準備が進む中、ふとあることを思い出した私は彼に質問してみることにした。
「あの、さっきの鶏肉のソテーについてなんですけど……」
「ん? アレもメニューのひとつにするのか?」
「そうね。鶏肉の処理もさることながら、特にソースが素晴らしかったわ。あれはぜひ取り入れたいところね」
そう言うと、彼は感心したように頷いた。
「ああ、特にこのソースが決め手なんだ。ほら、これだけでも旨いから味見してみろよ」
促されるまま、私は差し出されたソースポットにスプーンを入れて口に運ぶ。するとその瞬間、口の中に爽やかな酸味が広がり、後味にはほんのりとした甘さが残るのを感じた。
なんだろう。おそらくは果実味の強いワインに数種類の香味野菜を使ったのかしら。それと肉の旨味を凝縮したような味わいに加えて、まるで花の蜜を凝縮させたような甘味を感じさせる。
「これは……もしかしてアロエシロップですか?」
「正解だ。よく分かったな。グラン共和国の特産品で、この国じゃ滅多に手に入らない高級品だ。……あまり出回っていないはずなのに、お前よく知っていたな」
「え、えぇ。たまたまですけどね……」
実は前にかの国のことを調べているときに偶然知りました、とは言えない。私もメモ魔法で覚えていなければ、間違いなく忘れていたような些細な情報だった。
でもこれもまた、このグリフィス家がグラン共和国との物流があるって証拠のひとつよね。
「(それは別としても、このソースは絶品だわ)」
なるほど、アロエシロップのおかげでここまで濃厚なコクが出ているというわけね。
しかもそれだけじゃないわ。隠し味として使っている香辛料が良い仕事をしているみたい。ただ単に甘いだけじゃなくて深みがあるというか、とにかく絶品だわ! 彼、性格はアレだけど本当に料理の腕は一級品ね!
あまりの美味しさに夢中になって食べていると、不意に声をかけられた。
「……なあ、そんなに気に入ったのか?」
顔を上げると、そこにはどこか嬉しそうな様子のスーリンさんがいた。どうやら無意識のうちに頬が緩んでしまっていたらしい。私は慌てて表情を引き締めると、コホンと咳払いをして答えた。
「……ま、まぁ悪くないと思いますよ。少なくとも私好みの味です」
「クッ、ククク……お前ってやっぱり食いしん坊なんだな」
「ち、違いますよっ!」
図星を突かれた私は咄嗟に否定したけど、彼にはバレてしまっているらしくニヤニヤした笑みを浮かべている。うぅ、悔しい……!
でもなんだろう。このソースは確かに素晴らしいのだけど、それだけじゃないのよね。きっと他にも秘密があるはず……!
そう思ってしばらく頭を悩ませていると、スーリンさんは何かを思いついたかのようにポンと手を打った。
「あ、もしかしてとっておきの隠し味に気付いてるのか?」
「え!? あ、えーっと……」
図星を突かれたことに驚きつつも、何とか誤魔化そうとする私だったが、どうやら無駄だったようだ。彼はニヤリと笑うと得意気に語り始めた。
「お前、本当にただのメイドか? これはな、『マゴコロ草』という植物から抽出したエキスを使ってるんだ」
「えっ、それって確か伝説の霊薬の材料になるっていう幻の薬草よね!? そんな貴重なものを使っているの!?」
さすがは天下のグリフィス家。そんな貴重な物を料理に使っちゃうなんて。
驚いて聞き返すと、彼はニヤリと笑って頷いた。
「さすがにそれは創作話だぜ。だけど精神を安定させる薬としては使われていて、材料となる種子を煎じて飲むと、どんなに悲しいことがあっても一晩ぐっすり眠れるようになるらしい」
「へえ、なんだかすごい効果なんですね!」
「ああ、だからお前も疲れた時は試してみると良い。きっと元気になれるはずだぞ」
そう言うと、彼は優しく微笑んだ。
――あれ、これってちょっと“使える”んじゃないかしら?
彼の話を聞いて、私はふとそんなことを思った。
……うん、決めた。この方法なら大丈夫そうね。
「ねぇ、スーリンさん。実は折り入って相談があるんだけど……」
私は心の中でほくそ笑むと、早速彼に話しかけたのだった。





