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第52話 そのメイド、喧嘩する。

すみません、加筆してたら投稿遅れました!

 

「これはチャンスと見るべき……そうよね、うん」


 メリーさんの指導が終わり、夕方の自由時間となった私は一枚のメモ用紙を見つめながら独り言ちる。


 これまでの接待で扱った料理と食材がズラリと書かれたもので、昨日のうちに書き写しておいたものだ。そしてこれを今から厨房へ持っていき、接待で供する晩餐をどうするかを料理長と相談するという算段だった。



「私がこの屋敷でグラン共和国の使者について調べていても、接待のためって言えば怪しくないんだし」


 なにしろ侯爵閣下直々のご命令なのだ。調査のために屋敷の中をウロウロしていても名目が立つ。


 昨晩はジークにあんまり無茶をしないでって言われたけど、だからといって手をこまねいているわけにはいかないのよね。今のところ怪しい動きはないけれど、用心して損はないもの。


 それに私だって早く平和になってほしいんだから! そのためなら多少のリスクは覚悟の上よ!



「まぁ、侯爵閣下から頼まれたことも一応こなすけどね。怪しまれたら元も子もないわ」


 ふんす、と気合を入れ直した私は、メモを手に部屋を出た。目指す先は一階にある厨房だ。



 食堂の中を通り過ぎて料理人用の扉を開け、厨房の中へと向かう。

 料理人たちの戦場に一歩踏み込んだ私は、そこに広がる光景を見て思わずほぅと声が出た。



「これは今まで見たどのお屋敷よりも立派な厨房だわ」


 使用人が利用する食堂なのに、大人の男性が十人は悠々と動き回れるほどの広さがある。とはいえグリフィス家が抱えている使用人は百人規模。これぐらいの設備が無いとやっていけないのだろう。


 しかもそして隅々まで清潔に保たれており、料理人としての意識の高さが窺える。そんな立派な厨房だけど、今は人がいない。侯爵家の人が住む本館の方で料理の準備をしているのかしら?


 厨房を勝手に見学させてもらっていると、火が掛かりっぱなしになっている大きな鍋があった、中を覗いてみると、茶色のスープの中で大量の具材がグツグツと煮込まれているのが見えた。


 ちなみに今日は兎肉のブラウンシチューみたい。とても美味しそう……。

 これだけたくさんあるなら、ちょっとだけ私がつまみ食いをしてもバレないかしら?



「……接待料理の相談なら受け合うが、邪魔をするなら出て行ってもらうぞ」

「ひんっ!?」


 不意に声をかけられ、私はビクッと肩を震わせる。振り向くと、そこには私と同じ年くらいの男の子が立っていた。背が高く、目つきが鋭い。そしてそばかす顔の彼は、コック帽を被っている。どうやら彼も料理人の一人らしい。



「やだなーもう。ちょっと味見しようと思っていただけですよー」

「ほう、そうか。じゃあその手に持ったお玉と小皿は何に使うつもりだったんだ?」


 しまった! 慌てて隠そうとしたものの、時すでに遅し。彼の手にはしっかりとお皿を持っている姿が映っていて、もはや言い逃れはできない状況だった。

 はぁ……仕方ないわね。ここは正直に言うしかないわ。



「すみません、出来心なんです。少しだけお腹が空いてしまって……」


 そう言って頭を下げると、彼はやれやれといった様子で肩をすくめた。そして手に持っていた包丁を置くと、近くにあった椅子に腰かけた。どうやら話を聞く気になってくれたらしい。



「いいか、この屋敷で働く以上、食べ物を盗むなんて絶対に許されないことだ」

「……はい」

「そもそも何故こんなことをした? まさかとは思うが、空腹のあまり理性を失ったわけじゃないよな?」


 鋭い目つきで睨まれて、私はうっと息を詰まらせる。すると彼が再び口を開いた。



「……まあ良いだろう。お前みたいな貧相な身体付きのガキじゃ、盗みの一つや二つやりたくなる気持ちも分かるからな」

「貧相っ……!?」


 あまりに失礼な物言いに、私は目を剥いた。確かに私の身体は同年代と比べても小柄な方だけど、これでも立派なレディなのよ!? そりゃあ同年代のご令嬢たちと比べたら慎ましい体かもしれないけど……!



「おい、何か言いたいことでもあるのか?」

「……い、いいえ。何でもありません」

「フン、ならいい。それで? お前はただ盗み食いをしにきたメイドなのか?」


 何よコイツ。初対面の相手に対して失礼にも程があるんじゃない? いくら私が小柄だからって、こんな侮辱を受けたのは初めてよ! でもここで怒ってはいけないわ。相手は料理人なんだから、きっと腕っぷしだって強いはずよ。だからここは冷静に対処しないと。


 そう思って深呼吸をした後、ゆっくりと口を開く。



「初めまして、先日からここで働かせていただいているアカーシャです。今日は旦那様からご命令された、グラン共和国の使者を迎える接待のことで料理長さんと相談しに来ました」


 そう答えると、彼の目が少し見開かれた気がした。



「なるほど、そういうことか。分かった、それならこの天才料理人であるスーリン様が相談に乗ってやろう」


 腕組をしたまま、仕方ないなといった表情でうんうんと頷く彼。……ん? 今、自分のことを天才料理人って言った? 自分で言っちゃうのそれ? なんだかこの人、すごい自惚れた変な人っぽい。



「あ、ありがとうございます……?」

「さて、まずはお前のプランを聞こうじゃないか。晩餐で出す料理についてだったな?」

「ええ……って、ちょっと待ってください。私は料理長さんに相談をしにきたって言いましたよね? どうして貴方みたいな人に聞かないといけないんですか!」


 思わずツッコミを入れると、彼は呆れたようにため息を吐いた。



「おいおい、俺はただの料理人じゃないぜ? この屋敷の執事長から直々にスカウトされた期待の新人であり、料理長の愛弟子なんだ。つまり、将来の料理長なんだよ」

「うわぁ、すごく嘘くさい……」


 自信満々に語る彼にドン引きしていると、彼はムッとした表情になる。



「なんだと! 俺の言うことが信じられないっていうのか!?」

「当たり前じゃないですか! だいたい、なんで私が貴方に教えを乞う必要があるんです?」


 そう言うと、今度は彼が真顔になった。



「だいたいなー、料理長は激務で多忙なんだ。お前みたいなちんちくりんのために貴重な時間を割けるわけないだろー」


「なっ……、誰がちんちくりんですって!?」


「そうだ。胸も尻もペッタンコだし、背も低いし、何より色気がない! 顔は悪くないけど、それでもまだ子供だな」


「こ、子供っ……!? ちょっと! いくらなんでも酷いわよ! 私だって好きで小さいわけじゃないんだから!!」


 一度のみならず、二度も好き勝手に言ってくれるわね、このデリカシーゼロ男!!


 あまりの暴言に耐えかねて、とうとう私は怒りを爆発させた。



「ふーん、怒るってことは自覚はあったんだな」

「ぐぬぬ……!」


 くぅぅ、この男、いちいち癪に障る言い方をするわね……! こうなったら実力行使よ!



「えいっ!」

「うおっ!?」


 私は勢いよくジャンプして、スーリンさんの両頬を手で挟んだ。そしてそのままグイグイと引っ張ると、彼の顔が面白いように歪んでいく。


 ふふん、どう? これが大人と子供の力の差ってやつよ! それにしても本当に不細工な顔ね……元はそこそこイケメンだったのに台無しだわ。ぷぷぷっ。


 そんなことを思っていると、突然男が笑い出した。何がおかしいのかしら……?



「くっ、あはははっ! おい、もうやめろって! これ以上やると痛いだろ?」

「……あら、ごめんなさい。てっきり仕返しされるかと思ったんですけど」

「いや、実家の妹を思い出した。仕事を始めてからはこんな馬鹿らしい会話なんてすることもなかったから、何だか新鮮だったぜ」


 私がパッと手を離すと、男は頬をさすりながら「でもちんちくりんは言い過ぎた、ごめんな」と笑った。意外と悪い人ではないのかもしれないわね。そんなことを考えていると、不意に声をかけられた。



「あー面白かった。ところでさ、さっきの話の続きなんだけど、もし良かったら俺に教えてくれないか? こう見えて料理には自信があるからさ」

「……良いですよ。その代わり、私のお願いを聞いてくれますか?」

「おう、もちろんだ。それで、どんな頼み事だ?」

「それはですね……」


 そこで一旦言葉を切ると、私はにっこりと笑った。



「スーリンさんの料理、私に味見させてくれませんか?」


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