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第50話 そのメイド、思考する。

 

「……お呼びでしょうか、旦那様」


 片付けようとしていた食器をテーブルに置いたまま、グリフィス侯爵の元へ急ぎ歩み寄る。


 侯爵閣下は腕を組みながら、苛立たしげに足をパタパタと踏み鳴らしていた。

 メイド学校での生活でいくらか生活環境がマシになったとはいえ、痩せている私の二倍以上の横幅がある。普段からどんな生活を送っているのか、その腹を見れば一目瞭然だ。



 しかし、この人を見た目で侮ってはいけない。


 普段はあまり表に出て来ないが、この国の次期宰相とまで噂されたほどの人物だ。領地経営や貿易など、様々な分野に精通しており、その手腕は王都でも高く評価されている。


 また、ご自身も相当な魔法の腕の持ち主であり、過去に何度か賊に襲われた際、自ら先頭に立って戦われたこともあるとか。


 頭も切れて腕も立つということであれば、下手な態度を取るわけにはいかない。



「貴様がキーパーの奴が寄越したメイドか。推薦状には随分と大層なことを書いていたが……ふん、まあいい。それより、お前に頼みたいことがある」

「なんなりとお申しつけ下さいませ」


 ――それにしても明らかに不機嫌そうな顔をしているけれど、いったい何事なのかしら? この人とは初対面だし、私が何か失礼なことをしでかしたとも思えないんだけど。


 心の中で首を傾げつつ、彼の次の言葉を待つ。

 ジロリと見定めるような視線を浴びせられた後、彼の口から発せられた言葉に思わず耳を疑った。




「来週、隣国グラン共和国の大使が我が屋敷に来ることが決まったのだ」

「……まぁ、そうなのですね」


 表面上では平然と受け答えするものの、私の心臓はドキリと跳ねた。まさかいきなりグラン共和国との接点が出てくるとは思わなかったわ。



「ふん、他人事のように言いよって。まぁよい。そこで、だ。貴様に大使の接待を任せようと思うのだ」

「私がですか!?」


 思わず聞き返してしまった。

 だってそうでしょう? 私はまだこの家のメイドになって日も浅い新人。そんな私に外交に関わる重大な仕事を任すなんて、普通に考えておかしい。


 もしかして、これは何かの罠? だとしたら、ここで迂闊なことを言えば、この人の思う壺になってしまう。



「実はな、専属で接待を任せていたメイドの一人が行方不明なのだ」

「……!」


 行方不明という言葉を聞いて、思わず目を見開いた。

 そんな私の様子に気付いたのだろう。

 侯爵はわざとらしく溜息をつくと、面倒くさそうに話を続けた。



「どうせオリヴィアが何かの戯れに使い潰したんだろう。まったく、どいつもこいつも根性のない奴だ」


 オリヴィア……。私たちを嵌めた十年前のあの日以来、顔を見ていないけれど、この屋敷にいることは知っていた。


 確か今は二十歳で、社交界では絶世の美女として名を馳せているらしいけど、実際は男遊びの激しい尻軽女だと聞いている。豪華な屋敷に贅沢なドレス。親を亡くして今日を生きるのに必死だった私と違って、何不自由しない環境で随分と楽しい生活を送っていたんだろう。


 彼女のことを思い出すだけで、今でも胸の奥底から沸々と怒りが込み上げてくる。

 しかし、ここで感情的になってはいけない。冷静になれ、私。そう自分に言い聞かせて気持ちを抑え込む。



「まぁメイドの一人や二人が屋敷から逃げたところで痛くも痒くも無いのだがな。今回は事情が異なる。もし万が一にも使者の不興を買って、グラン共和国との関係が悪化したら困る」

「……」

「安心しろ。今回はあくまでも顔合わせのようなものだ」


 そんなことを言っておいて、もし私が失敗したらどうするおつもりなのかしら?


 侯爵の顔色を伺うように上目遣いをする。

 すると侯爵はこちらの意図を察したのか、口角を上げてニヤリと笑った。



「なにをそこまで不安がっているのだ。顔はパッとしないが、頭は良いと聞いたぞ」

「え?」

「なんでも物覚えがかなり良いそうじゃないか。あの堅物なメリーが珍しく褒めていたぞ。メイドにしておくのは勿体ないほどだと」


 ――なるほど、つまり私は捨て駒という訳ね。

 この人にとって、接待がどう転んでも関係ないんだ。


 成功すれば私が持っている魔法について知れるし、失敗すれば責任を私に押し付けて処分する気だ。


 所詮は預かっただけの新人だし、居なくなっても大した痛手ではない。むしろその方がキーパー理事長に貸しも作れるし、彼にとっては得なのかもしれないわね。



「いえ、それほどのことではございません。それで私は、具体的に何をすればよいのでしょうか」

「おお、引き受けてくれるか」

「はい、旦那様。誠心誠意務めさせて頂きます」


 どちらにせよ、今更断れないわよね。それに、この人に恩を売っておいて損はないはずだ。


 そう思い直して尋ねると、彼は満足気に微笑みながら言った。



「では早速だが、来週の大使歓迎パーティーで出す料理の準備に取り掛かれ。食材や道具に必要な物なら、メリーに言えば手配する。あとはお前の腕次第だ。期待しているぞ」

「かしこまりました」


 こうして私のグリフィス家における最初の大仕事が始まった――。



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