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第49話 そのメイド、ヒントを掴む。

 

「私、ちゃんと旦那様に無理だとお断りしたんです。でも奥様は『そんなこと信じられない』って聞いてくれなくって……」


 グリフィス邸の食堂に移動した私は、朝食を取りながらネビーさんから事の経緯を聞いていた。



「だからと言って使用人に暴力を振るうなんて酷いわ! 奥様は一体何を考えているのかし……」

「アカーシャさん、あんまり大きな声でそんなことを言っちゃダメです!」

「え?」


 言いかけた言葉を遮られ、きょとんとする。するとネビーさんは周囲を気にしながら、ヒソヒソ声で話しかけてきた。



「どこで何を聞かれているか分からないのが、このグリフィス家なんです。誰かが魔法で盗み聞きしているかもしれません。迂闊なことを口にしたら、それこそ奥様に報告されてしまいます」


 彼女はそばかすの浮かぶ顔を青ざめさせ、必死の形相で訴えてくる。その迫力に気圧されて思わず黙り込んだ。確かにネビーさんの言う通りだ。


 ここはくせ者揃いのグリフィス家。驚くべきことに、この屋敷で働いているメイドや執事たちは、全員が何らかの魔法やスキルを所持しているらしい。常に警戒心を働かせていないと、すぐに私の秘密なんて突き止められてしまう。



「それに……私が言うのも変な話ですけど、奥様だってきっと被害者なんです」

「セレス奥様が……?」

「セレス様は後妻として最近この屋敷に入られた方でして、元々は優しくてお淑やかなお方だったんです。それがなぜか、急に心を病んでしまわれて」


 彼女曰く、セレス様はここ最近になって急にネビーさんや他のメイドたちに対する当たりが強くなっているのだとか。

 暴言だけならまだ我慢できたのだが、先ほどついに手を上げられてしまったのだそうだ。



「でもどうしてそんなことに?」

「分かりません。ただ一つ言えることは、このお屋敷に外国のお客様が訪れるようになってから、旦那様も奥様もおかしくなってしまって」


 ――外国の客人!?


 その話を聞いた瞬間、私の心臓が大きく脈打った。



「ネビーさん。それって本当なの?」

「え? えぇ。その男性は体や顔を布でグルグルに覆っていましたけど。目元の焼けた肌や彫りの深さは、この国の人のものではなかったと思います」


 ……間違いない。我がアレクサンドロス王国と戦争を起こそうとしている疑惑があるグラン共和国だ。その人物をもっと詳しく辿れば、何かが分かるかもしれない。



「それで、その人は何の用でこの屋敷に……ってネビーさん、どうしたの?」


 更に詳しいことを聞こうとしたとき、ふいに彼女の顔色が悪いことに気づいた。膝の上に置いた拳を震わせて俯いてしまった。



「私、以前まで書斎のお掃除を任されていたんです。そこにたまたまお客様がいらっしゃって……その方の冷たい目が今でも忘れられません。まるでゴミを見るかのような目を向けられて、あまりの恐ろしさに足が震えて動けなくなってしまいました」

「ネビーさん……」

「その方が度々ここを訪れるようになってから、お屋敷の空気が変わってしまって。旦那様や奥様だけじゃないんです。オリヴィアお嬢様もいつにも増して傍若無人になってしまうし……もしかしたら皆さん、なにか良くないことをしているんじゃないかって。私にはどうしてもそう思えてならなくて……」


 そう語る彼女の瞳には、不安の色がありありと浮かんでいた。



「私、これからどうすればいいんでしょう……? せっかく頑張ってメイドになったのに、クビになって無職になるのだけは嫌なんです。実家の弟たちに仕送りをしなくちゃならないし……」


 目に涙を浮かべる彼女を慰めようと口を開きかけるが、ふと視界に入った時計を見て、ハッとした。


 いけない! もうこんな時間!! すでに針は午前八時を指し示していた。

 今日はこれからメリーさんに仕事を教わる予定で、遅刻は絶対に許されない。私には迷っている暇は無かった。



「大丈夫よ。安心なさい」


 ネビーさんの手を取って微笑む。



「アカーシャさん……!」

「私に任せてくれれば何もかも上手くいくわ。だからあなたは何も心配しないで」

「……ほ、本当ですか?」


 期待を込めた眼差しを向けられる。

 正直言って、ネビーさんがこの家で働き続けるのはどのみち無理だ。戦争が起きようが起きまいが、遅かれ早かれ解雇されることになるだろう。


 だけどその時は私が他の働き口を紹介してあげよう。今回の任務に彼女が協力してくれたことを言えば、陛下やジークが取りなしてくれるはず。


 だから私は自信たっぷりに胸を張ってみせた。



「えぇ、もちろん」


 そう告げると、彼女はパッと表情を明るくさせた。



「ありがとうございます! やっぱりアカーシャさんに相談してよかった」

「そう言ってくれると嬉しいわ」

「はい! では私は仕事に戻りますね」


 すっかり元気を取り戻したネビーさんは勢いよく立ち上がり、食堂の出口に向かった。

 私もそれに続こうと席を立つ。



「あ、そうだ。忘れるところでした」

「?」


 廊下に出る直前で立ち止まり、振り返ったネビーさんがこちらを見つめた。



「アカーシャさん。さっきの話、誰にも言わないでくださいね」

「えぇ、分かったわ」

「約束ですよ」


 念押しするように釘をさすと、今度こそネビーさんは食堂から出て行った。

 さぁ、私も行動開始の時間ね! まずはメリーさんからそれとなく情報を引き出さないと……。


 ちょうどその時、ネビーさんと入れ替わるように中年の男性が現れた。



「ここにアカーシャというメイドはいるか?」


(あれは、まさか――)


 立派な口ひげを生やした恰幅の良い男性。私はお屋敷の廊下に飾ってあった肖像画で見ただけだけど、メリーさんが言っていたから間違いない。


 彼はこの屋敷の主、グリフィス侯爵閣下だ。


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