表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/76

第47話 そのメイド、潜入を開始する。

 

 それから三日後。私はキーパー・メイド学校から馬車に乗って、王都にあるグリフィス家の屋敷にやってきていた。


 ちなみにグリフィス家への繋ぎはキーパー理事長がやってくれたみたい。陛下が理事長は信頼たる人物と判断して、直々に事情を説明したとジークが言っていた。

 さすがに理事長のお墨付きとあって、グリフィス家も「下働きなら」と受け入れてくれた。



「それにしても凄いわねぇ」


 馬車から外に出ると、そこには美しいグリフィス邸の庭園が広がっていた。


 シンメトリーに揃えられた庭木に、色とりどりの花が咲き乱れる花壇。噴水には水鳥が泳ぎ、石畳の道にはゴミどころか小石すら落ちていない。

 まるで吟遊詩人の話に出てくるお城のような光景に、思わず息を飲む。



 ここ数年で建てられた新しいお屋敷で、なんでも侯爵が娘のために用意したらしい。


 王都の中心街にある王城は別格として、やはり国一番のお金持ちである貴族のお屋敷は綺麗だ。メイドの世界に来てからというもの、何度も豪奢な建物を見てきたけど、ここが一番だと思う。



「やっぱりお金を持っている人は違うわよね~」

「……ねぇ、本当に大丈夫?」

「もう、何度も平気だって答えたじゃない。ジークは心配性ねぇ」


 ふと後ろを振り返ると、そこには私の婚約者様がいた。



「そ、そんなことはないって! これはただ、騎士としての務めでもあって……」

「わざわざ立候補までして、私の護衛を買って出たらしいじゃない。ちょっと私のことが好き過ぎじゃない?」

「うっ、それは……」


 私がそう言うと、ジークの顔が真っ赤に染まっていく。



「バ、バカ! 国の運命がかかっている時に揶揄わないでくれ!!」


 慌てているジークを見て、私はクスリと笑みを漏らした。



「ごめんなさい。つい、ね」

「まったく……でも本当に気を付けてくれ。君にもしものことがあれば僕は……!」

「はいはい。分かってますって」


 そう言って、目の前の巨大なお屋敷を見上げる。

 今、私たちはグリフィス家の使用人として雇われることになったので、これから住み込みで働くことになっている。


 なんでもグリフィス家は優秀なメイドを雇っているらしく、その教育を受けて来るというテイになっている。いわば実務実習の延長ってとこかしら。



「この先は僕もついていけない。だからくれぐれも注意してくれよ」

「えぇ。任せてちょうだい」


 そう言うと、ジークは私の唇に人差し指を当てる。



「それと、約束を忘れないで」

「もちろん。無茶なことはしないわ。自分の命が最優先だもの」


 この屋敷にはサクラお母さんの仇であるオリヴィアが住んでいる。

 復讐する絶好のチャンスではあるんだけど、今回の目的はグリフィス家を断罪することだ。


 だからまずは証拠を見つけて、確実にグリフィス家を追い込む必要がある。



「じゃあ行ってくるわね」

「うん。いってらっしゃい、アカーシャ」

「はいはい」


 私は軽く手を振って、屋敷の中へと入っていった。



「ようこそおいでくださいました、アカーシャ様」


 屋敷に入ると執事服の男性に迎え入れられた。

 片眼鏡(モノクル)とロマンスグレーの髪をオールバックにした紳士で、年齢は40代くらいに見える。


 彼は私に向かって恭しく頭を下げると、ニコリとした笑顔を浮かべた。



「お待ちしておりました。私は執事長のメリーと申します」

「アカーシャです。まだまだ未熟者ですが、どうかよろしくお願いします」

「ふふ、意欲ある若者を我がグリフィス家は歓迎いたしますよ。さぁ、どうぞこちらへ」


 促されるままに彼の後を付いていく。



「本日からアカーシャ様には使用人の宿舎で生活して頂きます」

「はい」


 玄関ホールを抜けて階段を上がり、廊下を歩いていく。



「そしてこちらがアカーシャ様の部屋となります」

「まぁ、素敵ですね」


 そこは広々とした個室だった。

 ベッドにクローゼット、化粧台に鏡付きのドレッサー。窓際にはソファーセットが置かれていて、奥には個人用のバスルームまである。これならゆっくりと寛げそうだ。


 というより使用人部屋でこの豪華さなの!? 私は信じられない気持ちでいっぱいになった。

 この屋敷に勤めるメイドさんたちは、こんな部屋で生活しているのだろうか?



「あの、失礼かもしれませんが、部屋を間違っていたりは……」

「いいえ、ここで間違いありません。使用人であっても、れっきとしたグリフィス家の一員。粗末な部屋に住ませるわけには参りませんから。――というわけで、本日よりアカーシャ様はこの部屋で寝泊まりしてください」

「……分かりました」


 つまり私がここに住むことは決定事項なわけね。


 まぁいいわ。今は気にしないことにしておきましょう。



「それで、メリーさん。私はこれから、このお屋敷で何をすればよろしいでしょうか?」

「アカーシャ様はまず、基礎知識を身につけていただきたいと思います」


 そう言って、一冊の分厚いノートを手渡された。

 表紙には可愛らしい字で『メイド入門(グリフィス家秘伝)』と書かれている。



「えっと、これは……」


 ニコニコとした表情を崩さず、メリーさんはそのまま話を続ける。


「アカーシャ様には、メイドの仕事を学びなおしていただきます」

「あの、それってどういう意味ですか?」

「言葉通りの意味ですよ。当グリフィス家におけるメイドとは、他家とは一線を画すハイクオリティな仕事人(プロフェッショナル)を指すのです。メイド学校や低級の貴族での常識は一旦、忘れていただきたい」


 なんだろう。メリーさんは笑顔のままなのに、片眼鏡の向こうに(あざけ)りの感情が見えた気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◤  5月より漫画連載スタート!  ◥
   こちらはノベル版となります。
◣(小説家になろう・出版社の許諾済)◢
bwmd4qh49dwuspxh50ubf887kg2_t3m_bo_fk_6xau.jpg
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ