第41話 そのメイド、悩む。
「えっと……ごめんね、急にあれこれ振り回しちゃって」
謁見の間から王城の庭園へと場所を移し、私とジークはベンチに座って会話を交わしていた。
目の前には色とりどりの花々が咲き誇っており、小鳥たちが楽しげに歌いながら空を自由に飛び回っている。その光景はまるで絵画のように美しく、私はつい見惚れてしまっていた。
そんな中、隣に座るジークは私の方を向いて気まずげに謝罪を口にする。
一方の私はというと、まだ自分の気持ちがハッキリと分からずに混乱したままだった。
「いえ……あの、大丈夫です」
とりあえずぎこちない返事だけはしておいたものの、頭の中では疑問符ばかりが浮かんでくる。
(どうしよう、ジークの顔がまともに見れない……)
一度意識してしまうともうダメで、こうして隣に座っているだけで心臓が激しく脈打ち始めた。だけど自分がこんなに動揺していることを、本人には絶対に悟られたくないな……。
心の中で必死に落ち着けと自分に言い聞かせていると、ジークが真剣な表情でこちらを見ていることに気付いた。その瞳に見つめられるとますますドキドキしてしまい、落ち着くどころか余計に鼓動が速くなっていく。
「その……ジーク?」
「う、うん。なに??」
「あ、あのね? ジークは私がす……」
「す?」
う、ぐ……言葉が出ない!
私が好きなの?と聞きたくても、その先を言おうとすると喉の奥から変な音が漏れてしまう。
恥ずかしさで顔から火が出そうだわ。どうしてこんなに勇気が必要なのよ!! でもこのまま黙っているわけにもいかないし……。
私は覚悟を決めると、大きく深呼吸をして口を開いた。
「ジークは私が好きな花を知っていたの? この花壇のお花、すっごく綺麗よね!」
「え? あ、うん。前にお婆様の家でそんな話をしていたから。気に入ってくれた?」
「うん、嬉しいわ!……とっても」
駄目だわ、ヘタレな私じゃこれ以上は無理!!
あぁ、もう。どうしてこんな時に限って素直になれないのだろう。自分で自分が嫌になる。
「僕たちのお母様がまだ元気だった頃、ここでよくお茶をしていたんだ。今と違って、僕と兄上はまだ仲が良くてね。一緒に仲良く蝶を追いかけまわしていたよ」
懐かしいなぁと呟く彼の横顔はとても穏やかで、彼が心からこの場所を愛していることが分かる。それを見て、なんだか私まで幸せな気分になった。
だけどちょっと気にかかった点がある。
「あれ? ジークは今でもアモン殿下と仲が良いんじゃないの?」
先ほども陛下を加えた三人で仲良く話していたし、私の目には仲の良い親子のように映っていたのだけれど。私の問いに、ジークは静かに首を横に振った。
そして悲しげに微笑むと、どこか遠くを見つめながら口を開く。
「アカーシャは僕たちの母がほぼ同時に亡くなったことは知ってる?」
「え? えぇ」
「表向きは病死ってことになっているけれど、実際は暗殺だったんだ。だから貴族の間では、僕たち兄弟のどちらを王位につかせるかで、派閥争いが起きたんじゃないかって噂されているんだよ」
「そんな……」
まぁ王家の歴史ではよくある話だよとジークは言うが、私にとっては衝撃的な内容だ。確かに派閥のどちらかが潰れたら、残った方が必然的に次期国王となるのは分かる。
だけど私としては、二人の王子が王座を争うなんて考えただけでも恐ろしいわ。
だってジークもアモン殿下も、とても優しくて素敵な人なのに。もし本当に王子同士の対立があったとしたら、ジークの立場はかなり危ないものになってしまうんじゃないだろうか?
「そう、だから僕たち兄弟は距離を置いたんだ。険悪な関係に見せかけた方がお互いに安全だしね」
「それは……そうなのかもしれないけど」
でも本当はお互いのことを大切に想っていて、それであんなに優しい兄弟になれるのだと思う。
私がそう伝えると、ジークは驚いたように目を丸くした後、そうだといいなぁと嬉しそうに笑みを浮かべた。
その笑顔を見た途端、また私の胸がドクンと高鳴る。
どうしよう、やっぱり好きだ。どうしようもなく彼に恋をしている。
あらためて自分の想いを自覚した瞬間、私は今まで感じていた違和感の正体が分かった気がした。
私がジークに惹かれたのは、ただ見た目が良いとかそういう理由だけではないと思う。きっと彼の内面を知っていくうちに、どんどん好きになっていったのだろう。
だけどこの想いは、簡単に口に出して良いものだろうか? 仮に想いを伝えたとして、ジークはなんて答えるのかしら。そもそもド平民である私が、ジークの隣に立つ資格なんて……。
(怖い……)
その考えに至った瞬間、一気に不安が押し寄せてきた。
想いを告げたことで、彼と一緒に居れなくなってしまうのではないか。
――そうよ。私なんかが告白したところで、ジークは困ってしまうだけだわ。
(……でも)
それでも、この気持ちを伝えたいという強い衝動に駆られた。
「ねぇ、アカーシャ」
「……ジーク?」
不意に名前を呼ばれ顔を上げると、いつの間にかジークが目の前に立っていて驚く。その表情は真剣そのもので、私は息をすることすら忘れてジッと見つめ返した。
「僕はずっと、君に伝えたいことがあったんだ」
「え?」
突然のことに戸惑いながらも、私は思わず姿勢を正して座り直す。
一体何を言われるのだろうと緊張しながら待っていると、彼はふわりと柔らかい笑みを浮かべた後、私の手を取った。
「僕はアカーシャを心から愛している」