第39話 そのメイド、謁見する。
そして一週間後。約束通りやって来た使者に連れられて、私は王都の一等地にある王城へと向かった。
「じ、じじじじジーク!? ただのメイド見習いの私なんかが王城にお呼ばれして、本当に大丈夫なの!?!?」
緊張した面持ちでやってきた私をジーク本人が出迎えてくれた。久しぶりに見る彼は相変わらずカッコ良くて、そのせいか妙に気恥ずかしくなってくる。
しかしジークは、私の姿を見ると何故か固まってしまった。
そして数秒後にようやく動き出すと、なぜか頬を赤く染めて目を逸らしてしまった。しかも口元を手で押さえている。
「どうしたのジーク。もしかして体調が悪いの?」
「いや……アカーシャのドレス姿があまりにも可愛かったから」
「え?」
聞き間違えかしらと首を傾げると、今度ははっきりと可愛いと言ってくれた。
そっか。いつもメイド服姿しか見せていないから、こういう格好が新鮮に映るのかしら?
「(えへへ、ジークに褒められちゃった……エミリー様に泣きついてお願いした甲斐があったかも)」
エミリー様は「だと思ったよ」と言って、なんと私のためにドレスを用意してくれたのだ。私なんかのためにそんな高価なものを……と思ったけれど、エミリー様から遠慮をするなと押し切られてしまう。
結果、私は淡いピンクのドレスを着て王城へとやって来ていた。
髪はハーフアップにしてもらって、普段とは違う大人っぽい雰囲気になっている。
普段は化粧っ気がなくて色白なだけの私だけど、今日のメイクはバッチリ決まっていると思う。だからだろうか。ジークも照れ臭そうにしているけど、どこか嬉しそうだ。
「聞いたよ、お婆様がドレスを用意してくれたって」
「そうなの! なんでも自分が昔使っていたドレスを仕立て直してくれたみたいで……」
さすが公爵閣下だけあって、お古のリメイクとは思えないほど素敵な仕上がりなのだ。
生地の質なんて分からない私でも、これは上質な物だと分かる。いつも私が着ている服とはなにより手触りが違う。ザラザラしていないし、肌が荒れることもない。いっそのこと普段使いにしたいくらいだ。
それにしても、まさか私がドレスを着て登城する日が来るだなんて……。人生何が起こるかわからないものね。
「よく似合ってるよ。貴族令嬢だと言われても不思議じゃないぐらいだ」
「そう、かな?」
「うん。だからそんなに不安がらなくても大丈夫だよ。ほら、おいで。ここからは僕がエスコートするから」
「よ、よろしくお願いしますわっ!!」
「緊張のし過ぎで口調が変になってるし……」
だ、だって仕方がないじゃない……!!
慣れないヒールを履いた私はジークの服の袖をギュッと掴み、煌びやかな装飾がされた廊下をビクビクしながら歩いていく。その足取りはまるで生まれたての小鹿のようだ。
「あの、ところで私はなぜここへ? というより、ジークはどこへ向かっているの?」
「ん? 言っていなかったっけ。今から父上のところへ行くんだ」
「えっ!? ジークのお父様って……こ、国王陛下のところに!?!?」
「うん。僕が連れてくるように言われたからね」
「ひぃっ!?」
あまりの衝撃に私の喉から悲鳴が漏れた。
「な、ななんでそんなことに!?!?」
「……ちょっと色々と事情があってね」
ジークは苦笑いを浮かべると、「とりあえず、もう少しだから頑張って」と言うだけだった。
「(まったくもう……それにしても、いつものジークと雰囲気が違うわね。お城ではこんな感じなのかしら?)」
普段は私に対して気軽な態度が多い彼だけど、今日は三割増しぐらいに大人びているように見える。騎士服じゃなく、貴族が着るような豪奢な服装だからかしら? これまでジークのことを王子様として見てこなかったけれど……。
「(……こうしてみると、やっぱりジークは雲の上の存在なのよね)」
なんだか私とは住む次元が違うと分かった途端、急に寂しさを覚えてしまった。
ジークと一緒に居る時間は楽しい。でもそれは、あくまでも友達としての関係に過ぎない。彼が王子様であることに変わりはないのだ。
だからこそ、私にはこの関係を変える勇気なんて持てるはずがなかった。
「さぁ、着いたよ」
「……あ」
考え事をしているうちに、いつの間にか目的地に到着していたらしい。目の前にある大きな扉を見て、私は息を呑んだ。
「ここは……謁見の間かしら?」
「その通り。では、行こうか」
「う、うぅ……やっぱり無理だわ。帰りたい……」
「ダメだよ。ここまで来たんだから覚悟を決めて」
ジークがノックをすると、中から「入れ」という声が聞こえた。
「父上、失礼いたします」
「……っ!」
ジークに手を引っ張られ、恐る恐る謁見の間の中へと入っていく。するとそこには豪華な玉座に腰掛けこちらを見下ろしている人物がいた。
私は慌ててその場に片膝をつくと、深く頭を下げる。
「顔をあげるがよい」
「は、はい……」
顔をあげると、そこには白髪混じりの男性の姿があった。ジークと同じ青い瞳をしているから、きっとこの方が国王陛下に違いない。
「ふむ、ジークよ。よくぞ連れて参った」
「ありがとうございます」
「して、此度の用件だが――」
ジークと話している様子を見る限り、二人は親しい間柄のようだ。父子といっても、王族だからその辺の線引きは厳しいのかとも思ったけれど……。
「(そういえばジークは第二王子なのよね。王太子である第一王子もいるってことだけど……)」
考えてみればその王太子の顔を知らない。いや、田舎の平民である私が謁見できるわけもなんだけれど。メイド学校に通い始めてからというもの、大物貴族を見慣れ過ぎて感覚が狂ってきているみたい。
「其方が噂のアカーシャ嬢だな?」
「ひゃいっ!?」
目の前で起きている現実から逃避していると、陛下が私のことを見ていた。
あぁ、ビックリした。っていうか噂ってなんですか!?
「は、はい! アカーシャと申します。お目にかかれて光栄ですわ、陛下」
「そう畏まらんでよい、我が未来の娘よ。……それで式はいつにするかね?」
「はい、私が未来の……へ?」
娘? 式ってなに?
あれかしら。陛下からしたら国民はみんな子供ってお考えなのかしら?? いやでもそもそも私はただの平民でメイド見習いだし、そんな大それた言い回しは……。
私はポカンと口を開けながら、隣にいるジークの顔を見た。彼は何故か顔を真っ赤にしている。ジークの反応を見るに、これは冗談とかそういった類のものではないらしい。
「あの……ごめんなさい。仰っている意味がよく分からないのですが……」
「ち、父上! その話はまだ――」
ジークが何かを言いかけたその時。私たちが入ってきた扉が再び開かれ、一人の男性が入ってきた。
「いや~申し訳ない父上! 公務で遅れてしまいました」
「おおっ、アモンも来たか。丁度良かった、今アカーシャ嬢たちが来たところでな」
「――え?」
国王陛下を父上と呼んだ彼を私は知っている。
「アモン……さん?」
「おう、久しぶりだなアカーシャ」
現れた男性は実習先で友人となったおサボり騎士こと、アモンさんだった。