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第37話 そのメイド、模範となる。


「そこまでです!!」


 審判の宮廷魔導士が決着の合図を叫ぶ。決闘場となっていた王城の中庭が歓声で包まれた。



 ――終わったか。


 僕はギュッと閉じていた目をゆっくりと開ける。アモン兄上が持つロングソードの切っ先が僕の喉元の寸前で止まっている。ふぅ、どうやら命拾いしたようだ。



「凄いですアモン殿下! さすが歴代王家の中でも随一と呼ばれる魔法の腕でした!」

「いや、剣技の方も見事なものだったぞ!? 完全にジークフリート殿下を翻弄していたではないか!」


 それまで息をのんで見守っていた観客たちはそれぞれの感想を言い合っているのが聞こえてきた。……というより、あれ? いつの間にこんなに人が集まっていたんだろう? それにこの騒ぎよう……。

 そういえば、先程の攻防の最中も周りから多くの視線を感じていた気がする。



「この試合、勝者は――」

「俺の負けだ」

「そう、アモン殿下の負け――えっ?」


 兄上の言葉に場が騒然となる。審判含め、すっかり兄上が勝利したものだと思っていたからだ。たしかに僕らの状況を見れば、明らかに兄上の勝利だと思うだろう。



「俺の首元をよく見てみろ」


 観客(ギャラリー)の代表として審判の男が呼ばれ、兄上の傍に近寄ってきた。そして恐る恐るという感じで、言われた通りに首元を確認する。



「こ、これは……!?」


 審判役の男は驚きのあまり目を見開いた。兄上の首には小さな傷があった。そして傷をつけた凶器は空中に浮かんでいた。



「氷のナイフ……まさか、自身の汗を媒介に!?」

「この通り、俺の剣よりもジークの魔法が先に届いていた。悔しいがコイツの方が一歩上手だったみたいだな」

「……しょ、承知しました。では、勝者はジークハルト=シルヴァリア=アレクサンドロス殿下となります!」


 決闘の結果が覆った瞬間、観衆たちが再び湧き上がった。しかし今回は称賛の声というよりも、困惑している声が多いように感じる。



「ジーク殿下がアモン殿下を罠に掛けたのか!?」

「では劣勢と思われたのも芝居だったと」

「自らの弱点を敢えて突かせて逆転するとは……!!」


 など、そんな言葉が耳に入る。


 いや、ちょっと待ってほしい。これは誤解だ。僕はあくまで本気で戦っていたし、劣勢だったのも間違いない。兄上が僕のことを『搦め手に弱い』と言ったのもその通りだ。あくまでも今回勝てたのは偶然が重なった結果でしかない。

 そもそも正々堂々とした決闘であんな小細工をしたんだ。本来なら騎士道精神を疑われて反則負けになったっておかしくはない。



「ジーク。まさかお前がそんな手を思いつき、あまつさえ実行してくるとは思わなかったよ」


 ロングソードを納刀した兄上が僕に右手を差し出してきた。既にさっきまでの殺意のこもった冷たい表情は鳴りを潜め、いつもの朗らかな笑顔に戻っている。



「ネタばらしをするとですね。実はアカーシャのおかげなんですよ」

「アカーシャの?」

「えぇ、彼女の『使えるものは何でも使う』という考えを利用させてもらいました。……アカーシャの魔法自体はとても地味なものですが、こういう小細工に関しては天才的なんですよ」


 差し出された手を握り返し、立ち上がる。そして空中に浮いたままになっていた氷のナイフを一度溶かし、一輪の花へと変えた。



「おかげで水さえあれば、大抵のものは作れるようになりました。今じゃ氷細工が趣味になっているほどなんですよ」


 キッカケはお婆様の誕生日プレゼント作りだった。アカーシャにブローチのデザインをしてもらったのだが、彼女はそれを実物にした時のイメージがイマイチだと不満をこぼしていた。


『ねぇ、ジーク。ちょっと魔法でトレースしてくれないかしら?』



「アカーシャは僕に絵の通りのブローチを氷魔法で作ってくれって言ったんですよ。ふつう考えられます?」

「……いや、希少な魔法をそんなことに転用しようなんて思いつくのは彼女ぐらいだろうな」

「ふふ、そうですよね」


 僕は苦笑しながら兄上に同意する。実際、普通じゃない発想力のおかげでプレゼント作りは上手くいったし、こうして決闘にも勝てた。まぁ今回は僕も特例で使っただけで、あまり表では使えないけれど。


 今も傍で僕らの聞いている宮廷魔導士の顔がどんどん険しいものになっている。やはり魔法に誇りを持っている貴族には受け入れがたいものらしい。



「でもまさか、あの状態から形勢逆転できるなんて思ってもいませんでしたけど……」

「それはそうだろ。だって俺は――」


 ――お前が勝つことを信じていたからな。


「――ッ!?」


 兄上がニヤリとした顔で告げる。

 その言葉を聞いた瞬間、僕の顔に熱が集中していくのが分かった。



「ま、まさか。兄上は最初から、僕を焚きつけるつもりで決闘を!?」

「はっはっは! さて、なんのことか分からないな!」

「ぐぬぅ……!」


 思わず歯噛みしてしまう。一矢報いたと思ったそばから、まんまとやり返されてしまった気分だ。くそぅ、これだから兄上は苦手なんだ!


「まぁいいじゃないか。こうしてお互い怪我もなく、無事に仲直りできたんだしな。――あぁ、そうだジーク」

「……なんですか、兄上。これ以上の無茶振りなら、さすがに勘弁していただきたいのですが」


 もう身体が重くて、こうして立って話しているだけでもつらいのだ。炎や剣戟から逃げ回ったせいで鎧や服がボロボロだし、早く部屋に帰って横になりたい。


 一方で兄上は軽い運動した後みたいにケロッとしている。よく見れば首元以外の傷らしい傷は無いし。これじゃあどっちが勝ったのかなんて分からないや。



「ふふ。そう邪険にするなよ。ただ父からの伝言を伝えるだけだ」

「父上からの……?」

「あぁ。我が偉大なる国王陛下は、息子()()を骨抜きにした女性を一度自分の目で見てみたいそうだ。つまり、アカーシャを王城へご招待ってことだな」

「なっ――!?」


 あんぐりと口を開けている僕を置いて、兄上は背を向ける。



「俺の心配事は杞憂だった。――あとは頑張れよ」


 それだけ言うと、観客たちに帰るよう伝えながらそのまま王城の中に向かって歩き出した。決闘場にひとり残された僕は、頭を抱えてその場で(うずくま)る。



「ご招待って……アカーシャになんて説明すればいいんだよ……」



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