第35話 そのメイド、貶められる。
「俺や国のために王座を譲るぐらいだものな。お前はやっぱり良い奴だよ。……ついでにアカーシャのことも譲ってくれないか?」
アモン兄上は僕に皮肉めいた笑顔を向けつつも、辺りに控えていた宮廷魔導士に魔道具を起動させた。同時にガラス状のブロックが積み重なり、僕らを囲っていく。これは先代の聖女が隣国に嫁いだ際に作ったらしく、この技術でかの国は栄えたという。
ともかく、障壁によりある程度の魔法は外へ漏れなくなった。あいにくと狭い範囲でしか効果はないが、こういった模擬戦などには便利な道具だ。
「あ、兄上……なぜ兄上がアカーシャを知っているんですか!? それに彼女と決闘には何の関係もないじゃないですか!!」
温厚で争いごとの嫌いな兄上が刃のついた剣で戦いを挑むなんて、並々ならぬ理由があるはずだ。まさか、僕が王座を奪おうと誰かにそそのかされたのでは!? アカーシャは決闘の理由に利用されて……。
「ジーク、お前には戦う理由がないと言ったよな? なら……」
必死に説得を迫る僕に兄上は近寄ってくると、耳元に口を寄せ、他の誰にも聞こえないような小声で囁いた。
「ならお前が熱を上げているあのメイド……次期王の権限で俺のモノにしてもいいってことだよな?」
「なっ――」
「あの女は良い。さすがの俺も欲しくなった。……ジーク、お前は優しい男だ。昔から俺を立てて、何でも譲ってきた。だから、いいだろ? 女の一人や二人。代わりの女なら用立ててやるからさぁ」
「――ッ」
あまりの言葉に僕は絶句する。女性をモノ扱いするだなんて兄上らしくもない、挑発的な物言い。なによりもそれは僕にとって、あまりにも身勝手な要求だった。
確かに僕は兄上の言う通り、これまで様々なものを譲ってきた。
勉学、剣と魔術、そして王位継承権。
でも、アカーシャだけはダメだ。彼女は絶対に渡せない。たとえ相手が実の兄であろうとも。
「……分かりました。その決闘、受けましょう」
「ん、そうこなくちゃな」
兄上は満足そうに笑うと、僕から離れていった。
さすがにここで断れば、僕が兄上に逆らえないと思っての言動だろう。まったく、頭脳的で……兄上らしい卑怯なやり方だ。
ましてや僕は何事においても兄上に勝ったことがない。
本人は努力が嫌いだなんて周囲に吹聴しているけれど、実際は誰よりも研鑽を積み重ねているし……なにより天才だ。周りの観客たちもアモン兄上の勝利を疑っていない。
だが、今はどんな手段を使ってでも勝つしかない。兄上の要求を受け入れるわけにはいかないんだ。
「ルールは剣と魔法、およびこの決闘場を利用した戦闘をすること。そして勝利条件は相手を戦闘不能にすること」
兄上の提案した条件に、僕だけではなく、周囲で見ていた観客たちまでが固唾を呑んだ音がした。
安全性に考慮したルールとはいえ、何が起きるのかが分からないのが決闘だ。過去には死人が出た事例もある。この国の王子のどちらかが命を落とす可能性があるとすれば、緊張が走るのも仕方のない話だ。
「今まで女性に興味がないと周囲に言っていたのに、どういう風の吹き回しですか」
「ははは。むしろだからこそだよ。……ああ、今回は本気なんだとも。だからこそ自分をこんな見世物にしてまで、大事な弟から想い人を奪おうとしている。お前は俺を負かすつもりで来い。――でなければ死ぬぞ」
「…………」
兄上は僕がアカーシャを好いていることを何故か知っている。ここで負けてしまえば、僕は彼女を諦めざるを得なくなってしまうだろう。
ただ問題なのは、おそらく僕が本気を出したところで、兄上を倒すことは難しいということだ。
実を言うと、僕は兄上の本気の戦闘を見たことがない。何か秘策があると見ていいだろう。いくら騎士団入りして戦場に出ている僕でも、油断することはできない。
だからといって負けるわけにもいかない。兄上のメイドになれば僕は会いに行くことはできなくなる。何よりアカーシャが兄上と仲睦まじい姿を見たくなんかない……!!
「……承知しました。では、参ります」
「おう……おい、審判。合図をしろ」
「はい。それではこれより、第一王子アモン様と第三王子ジークハルト様による決闘を開始します」
アモン兄上と僕の中央に立った宮廷魔導士は、二人の顔を交互に見ながらそう宣言した。
いつも拙作をご覧くださりありがとうございます。
今回の章は主人公以外の視点が続きますが、しばらくはヒーローたちの葛藤をお楽しみください……!