第29話 そのメイド、王子との情事を疑われる。
「あんたらは最近二人っきりで、何をコソコソとしているんだい」
鶏肉のトマト煮込みを食べる私の手が止まる。
普段通り、私とエミリー様、そして第二王子のジークの三人で昼食を食べていたんだけど。突然エミリー様が口にしたセリフに、私の心臓が止まるかと思った。
ジークを見れば普段通りの表情をしているけれど、目が右上を向いている。アレは隠し事があるサインだ。
「め、メイド学校での課題です、それをジークに少し手伝っていただいているだけですよ?」
「ふぅん。ジークねぇ。いつの間にそんなに仲良くなったんだか」
だ、駄目だ……!!
公爵家当主として70歳過ぎまでこなしてきた百戦錬磨のエミリー様に、私の拙い嘘なんて絶対に通用しない。ていうか普段から彼を呼び捨てにしていることがバレちゃった!?
だけど、エミリー様のお誕生日のプレゼントを二人で作っているだなんて言えるわけがない。だって当日に渡すまで、秘密にしようって二人で決めてあるんだから。
困ってしまった私は目線でジークに助けを求めると、彼はふふっと微笑をしながら
「お婆様。あんまりアカーシャを虐めないであげてよ。それに本当に作業をしているだけだから。変な心配はしないで」
とフォローをしてくれた。
さすがはジークだ。嘘を言うこともなく、エミリー様を上手く誤魔化してくれた。
――ふぅ、これならもう大丈夫ね。
私もすっかり安心状態になり、フォークで鶏もも肉を突き刺し、それを口元へ運ぶ。うん、野菜と一緒にじっくり煮込んだから、鶏肉がホロホロで美味しい。今日の料理も成功みたい。
「ふん。あたしがあんた達の頃だったらねぇ。男女が二人っきりで居たら、子作りをしていると疑われたモンだよ」
「ぶふっ!?」
「こっ、子作り!?」
まったく、このくせ者おばあさん。油断したら急に何を言い出すのよ!?
私は口から料理を噴き出しそうになるのを我慢し、ジークは「お婆様の家でそんなことをするわけがないだろ!?」と必死に弁明している。
いや待って、ジークさん?
公爵家の屋敷じゃなくても、そんなことしないよ私!?
「クックック。相変わらず若者をからかうのは楽しいねぇ」
「まったく。お婆様も下品な冗談はお止めになってくださいよ」
「いやだね。年寄りから楽しみを奪ったりなんかしたら、退屈であっという間にあの世行きだよ」
そんなことを言いながら、エミリー様は相変わらず丁寧にカチャトーラを食べている。
この料理はトマトなどの野菜と一緒に鶏肉で煮込んだ、庶民的なスープ煮込みだ。貴族の食卓に上がるような料理ではない。それでも関係なく、カトラリーを使ってお皿を綺麗にしていくエミリー様はさすがだ。普通の老人貴族だったら、こんなことはできない。
そんなエミリー様をジークと二人で眺めながら、クスクスと笑う。なんだか変な関係だけど、まるで家族みたいで。こういう何気ない時間が、孤児だった私には幸せに感じてしまっていた。
「まぁ、いいさね。するなら音と避妊には気を付けな」
「しません!」
「お婆様!!」
◇
「まったく、お婆様には毎回ヒヤヒヤさせられるよ……」
ジークの自室へと戻った私たちは、プレゼント作りを再開していた。
私は借りた紙にとある絵を描いている。
一方の彼はエミリー様とのやり取りで疲れたのか、珍しくベッドで寝転んでいた。そんな食べたばかりで寝たら太……らないわね、この色男は。騎士として普段から鍛えているし、食べた分よりも消費する方が多そうだ。
そういえば一度、彼が着替えているところを見たことがあるんだけれど。パッと見では痩せているようでも、筋肉が物凄いのよね。腕なんて私を軽々と抱えられそうだし、胸やお腹の筋肉もガッシリしていた。
彼に抱かれる女はきっと、メロメロに……
「ってなにを考えているのよ、私は」
「ん? どうしたのアカーシャ」
「いっ、いや!? ナンデモナイデスヨ!?」
ベッドから顔だけ起き上らせてこちらを向くジークに、思わず心臓が飛び跳ねそうになってしまった。
「ちょっと。顔が真っ赤じゃないか……」
「さ、触らないで!」
「え? ごめん、心配なだけだったんだけど……」
私に手を払われたジークは仔犬のようにシュン、としてしまった。
しまった、不意だったから悪いことをしてしまったわ。
「こちらこそ、ごめんなさい。別に大丈夫よ。触れるのを拒んだのも……ただ、作業に集中したかっただけなの」
「そうか、そうだよな。良かった……」
ちょうど絵を描く作業をしていて良かった。ジークも納得して、私の近くから離れてくれた。
まったく、さっきエミリー様が変なことを言ったせいだ。変な妄想をしちゃったじゃないの……でもまぁ。
「エミリー様はただ、ジークを可愛がってるんですよ」
「そうかなぁ。それでいったら、アカーシャだって同じだと思うよ?」
「私の場合は可愛がりというより、都合のいい小間使いって感じだけれどね」
このシルヴァリア公爵家における、私の実務実習は多忙を極めている。
なにしろメイドは私一人だし、やることは多岐にわたる。メモ魔法のおかげで仕事はほぼ完ぺきに覚えられたけれど、仕事量が物凄いのだ。それを今までエミリー様が一人でやっていたというのだから……本当にオカシイよ、あのお婆様は。
「――できた! これでどうかしら?」
「おおっ、凄いよアカーシャ! 完ぺきな出来だ……ねぇ、メイドよりも画家を目指したらどうだい?」
私が完成した絵を見せると、ジークは拍手をして褒めてくれた。だけどそれを私は苦笑して否定する。
「それは無理よ。それにしても、前にキンカチョウを見たことがあって良かったわ。さすがの私も、見たことのないものは描けないもの」
今回私が描いていたのは、以前王都の花屋でジークが買おうとしていた『キンカチョウ』の花の絵だった。
私はメモ魔法のおかげで、こういったものさえもメモとして書くことができる。
「これを店の者に見せれば、この通りに宝石を彫ってくれるだろう」
「そうね。にしてもあの初対面の時に買っていたキンカチョウが、お婆様へのプレゼントだったとは思わなかったわ」
ジークと初めて出逢ったあの日。私はてっきりジークは恋人や貴族令嬢にでもあげるのかと思っていた。でも実際は、エミリー様に渡すためのものだったらしい。
「お爺様との思い出の花らしくてね。もう何十年も前から好きで、よく屋敷に飾っているんだ。自分でも栽培できないか、今でも挑戦し続けているぐらいなんだよ」
「そうなの……」
私を小間使いとして何でもやらせるエミリー様が唯一、花壇に触れさせない理由がそこにあった。
多くの家族を喪ったエミリー様は、今でも喪った旦那さんとの思い出を心の拠り所にしている。私がサクラお母さんから譲り受けたメモ帳を大事にしているのと同じように。
「だから今回、キンカチョウの形をした宝石をあしらったブローチを贈ろうとしたんだ」
「普段、あまり装飾品を好まないエミリー様だけど。それは気に入ってくれそうね」
「だろ? だからあとはチェーンなんだけど……」
「私の友人に、鎖魔法が得意な方がいるの。そういう装飾品についても詳しいでしょうし、聞いてみるわ」
ちょっと前までは自分の固有魔法を嫌っていた、ツンデレな友人の顔を思い浮かべながら、私はクスリと笑う。きっと彼女なら怒りながらも、協力してくれるに違いない。
「……ありがとう、アカーシャ。キミのおかげで良い物が作れそうだ」
「いいの。私もこういう作業、楽しいから」
「ふふ。僕もとても楽しいよ」
彼はそう言いながら絵から一度目線を外し、私の眼を見てニッコリと笑った。まるで子供の様な、無邪気な笑顔だ。
でも彼がアクセサリー作りを楽しいと思うなんて、それは意外だわ。だって、騎士になるような王子様が気に入るなんて思えないし。
「誰かと一緒に物作りをした経験なんて、小さい頃からほとんどないからね」
「……たしかに、王子様じゃそれは難しいかもしれないわね」
「それに今回はキミと一緒に作れたから余計に……いや、なんでもない」
「……? 私もジークと物作りができて楽しかったわよ?」
話の途中でジークはしどろもどろになる。そして私から預かった絵を持って、顔を隠してしまった。でも紙の端からはみ出ている彼の耳は、少し赤らんでいるのがバレバレだった。
「今日のジークは変なの。取り合えず、絵は預けるから。貴方は宝石の方をよろしくね。いやぁ、完成が楽しみだわ!」」
ともかく、プレゼントの目途は立った。
あとはエミリー様が喜んでくれると良いなぁ。