第28話 そのメイド、王子と踊る。
そうしてあっという間に数か月が過ぎ。1年間という実務実習期間は、残り1か月となってしまった。
軍務を担当しているイクシオン侯爵家も、海運を担うリヴァイアス伯爵の家もメイドとしての仕事をたくさん学ぶことができた。お客様のお出迎え要員であるステップガールだけでなく、お茶の淹れ方や主人の執務の手伝いなど。メモ魔法で元々事務仕事が得意だった私はメキメキと実力を伸ばし、卒業後は是非とも来てくれとお誘いをしてくれるほどだった。
……まぁシルヴァリア公爵家だけは別で、結局最後まで雑用で終わってしまったけれど。その代わり、他のことを教えてもらった。
まずは文字の読み書き。
ある程度はサクラお母さんや、お世話になっていたアトモス男爵家のメイド長に教えてもらってはいたんだけれど。貴族とやり取りする際の文章作法などを教えてくれた。
ほかにも、礼儀作法。
メイドとしてではなく、なぜか貴族令嬢としての振る舞いを学ぶことになった。言葉遣いから歩き方。食事のマナーや相手を褒めるお世辞の数々。
もう私のメモ魔法が無かったら、とっくに投げ出していたかもしれない。……だけどエミリー様は徹底的に、決して諦めずに教えてくれた。その理由を聞いても教えてくれはしなかったけれど、こういう知識は女でも知っていると強味になるから、とだけ言って。
たしかに一度、私はサクラお母さんを自分の無知で失っている。何も知らなかった私は相手の悪意にも気付かず、全てを騙し取られた。それに仇の相手はあのオリヴィアだ。どんな知識が役に立つかは分からない。
私はありがたくエミリー様の教えを乞うことにした。
……ただ、ダンスだけはどうしても厳しかった。
身長差のあるエミリー様では相手をするのは少しだけ難しく、なぜか頻繁に訪れるジーク様が私の練習相手となってくれていた。
「あの、ジーク様……」
「ジークでいいよ、アカーシャ。あの日、僕らは友達になったはずだろう? それともキミは僕が王子だと知って助けたのかい?」
私の手を取りながら、ゆったりとした足取りでステップを踏むジーク様はとても様になっている。
服はいつもの仕事用の軍服ではなく、パーティ用に合わせたドレスコードだ。彼の銀髪と相まって、とてもカッコイイ。それも本当の王子様だ。そう考えるだけで、自分の足がもつれそうになってくる。
「そんなことはないです!……ない、ですけど緊張はします」
「ははは、それは早く慣れて貰わないとね。もう何か月もこの屋敷で一緒に過ごしただろう?」
随分と語弊のある言い方をするけれど、それは私がエミリー様の屋敷でメイドとしての実務実習をしただけだ。別にジーク様と男女の関係になったわけでもない。
「ジーク……は本当にエミリー様と仲が良いんですね」
少し複雑なステップへと変化させながらも、私は緊張を誤魔化すために話題を変えてみる。
二人は祖母と孫の関係だ。エミリー様の娘が現国王陛下の第二王妃となり、ジーク……ジークハルトが生まれた。ちなみに第一王妃も第三王妃もいるので、兄弟三人の髪色や見た目は全然違うらしい。
「まぁね。陛下を除けば、唯一残った肉親だし。……見ての通り、お婆様はだいぶ偏屈だろう? 娘の暗殺を許した陛下を毛嫌いしているし、信用しているのは僕だけなんだ」
「暗殺……!?」
「そう。僕の兄……第一王子の母上も同時日に殺された。おかげで兄弟仲は最悪さ」
そっか……だから使用人も誰もいなかったんだ。家族を他人に奪われ、誰も信用することができなかったから。
その気持ちは私にも痛いほど分かる。サクラお母さんを失ったときは誰も信じられず、誰の助けも得ようともしなかった。
「でもアカーシャ。キミのことはお婆様も信用し始めている」
「ええっ!? 私をですか!?」
ちょっとミスをしただけで、数か月たった今でもビシバシ杖で叩いてくるあの人が!?
「そうだよ。じゃなきゃ、とっくにメイド学校につき返しているさ」
グッとアカーシャを抱き寄せ、クルクルと回りながら笑う貴公子は彼女の瞳を見つめながらそう言った。
彼とダンスを踊るパートナーは間違いなく全員堕ちるわね、と私は内心で呟く。
「そんなアカーシャに折り入って、お願いがあるんだ」
「お願い? ジークが私にですか?」
「うん。キミにしかお願いできない、大事なお願いだ」
まるでキスでもするほどの顔の近さでジークはそう語る。思わず目をそらしたくなるけれど、彼の瞳は真剣だ。どうやら彼もふざけているつもりはないらしい。
「最近、お婆様の元気がよろしくないように見えるんだ」
「エミリー様が!?」
「まだ短い付き合いアカーシャには分からないかもしれないが、お婆様ももう十分な年齢だ。それに戦争時での傷もある」
そんな……あれだけ元気いっぱいで、私にも元気を分けてくださるエミリー様が……。
「それでね。二週間後にあるお婆様の誕生日に、何か元気の出るような物を贈りたいんだ。その協力をアカーシャにしてほしい」