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第27話 そのメイド、パスタを作る。

 

「ジーク……様……? どうしてここに!?」


 私が王都の花屋で出遭った騎士、ジーク様が目の前に立っていた。

 あの時と同じ騎士服で、サラサラの銀髪を垂らして私を見つめている。



「ははは。どうやらサプライズは成功したみたいだね。キーパー理事長のいたずらは一級品だ」

「え? サプライズ? 理事長!?


 私が床にへたり込んだまま、口を鯉のようにパクパクとしていると、ようやく花壇の世話を終わらせたエミリー様が帰ってきた、



「あら、ジークじゃないか。今月帰ってくるには、まだ早いんじゃなかったかい?」

「いえ、お婆様。僕がお世話になったメイド見習いを紹介したいと言っておいたじゃないですか。どうせお婆様のことだから、こき使っているんじゃないかと心配になりましてね」

「ふん! あたしゃ、そんなことしないよ!!」


 いえ、今まさにフルコースを味わってきたところなんですが、私……。



「ははは、ゴメンね。僕の御婆さんは人使いが荒いんだ。おかげでこの年になっても使用人も雇わず……」

「この年ってのは余計だよジーク!!」

「だったら去年階段から落ちて怪我をした時に甲斐甲斐しく世話をしてあげたのは、どこの優しい孫だったかな?」

「う、ぐぅ……」


 え? ちょっと待って!?

 今のこの二人のやり取りから察するに、エミリー様とジーク様は祖母と孫ってこと?

 つまりジーク様はただの騎士じゃなく――



「あらためて名乗らせてもらおう。僕の名はジークハルト=シルヴァリア=アレクサンドロス。この国の第二王子さ」


 月夜でキラキラと光る銀糸を流れさせながら、笑顔のジーク様……あらためジークハルト様は私に手を差し出した。



「なんだい、キザったらしい自己紹介なんてしちゃってさ。そういうところは爺さんそっくりだね」

「あれぇ? レディにたいしてはロマンティックに口説くモンだっておしえてくれたのは、エミリー御婆さまだったよ?」

「はんっ、んなこたぁとうに忘れちまったね!……それより、もう夕飯の時間だよ。いつも通り、食べていくんだろ?」


 エミリー様は少し耳を赤くしながら、玄関の階段を上って中へと消えて行ってしまった。

 私とジーク様は顔を見合わせ、クスクスと笑いあった。



「へぇ、エミリー御婆さまが他人のご飯を食べるだなんて、久々に見たよ」


 食堂へと移動した私たち三人は、私が用意している夕飯を見て目を真ん丸にした。くそぅ、このイケメン。驚いた顔までカッコいいだなんて。



「あたしゃ鼻が良いんでね。いくら見た目の良い料理でも、僅かな薬が紛れていることなんざ見え見えで食えたもんじゃないよ。特に王城でのパーティにだなんて、絶対に行きたきゃないね」

「ははは。解毒ぐらい御婆さまになってできるだろうに……でもたしかに、気分の良いものではないよね」


 王族や貴族ならではの苦労を身に染みて理解している二人は鼻で息をしながら肩を落とす。

 団らんとは無縁の日々なのだ。



「それにしても、いい匂いだね」

「だろ? あの小娘、昼はこのあたしにミートボールを作ったんだ。もう半世紀も前に食べたよ。ひゃひゃひゃ!!」

「それにしては御婆さま、嬉しそうだけど」

「まぁまぁ。見た目はともかく、味は悪くないよ。ジークも期待しておきな」


 そんな会話を背中で受けながら、私は全身から冷や汗をダラダラと流しまくっていた。

 日中の疲れで大したものを作る気力も時間も無かったし、意地悪なエミリー様に意趣返しをするためのメニューを出すつもりだったのだ。

 しかももう出来上がり寸前。作り直すことなんてできない。



「どうしたんだい!? あたしの可愛い孫が腹ペコで待ってるんだよ! さっさと持ってきな!」

「ちょっと御婆さま!? アカーシャ、焦らなくていいからね。というより手伝おうか?」

「い、いえ。今お持ちいたしますので!! 少々お待ちください~!!」


 こうなったらヤケだ。

 両手にパスタ皿を持ちながら、エミリー様、ジーク様の目の前に料理をサーブする、



「ほう……」

「すごいっ、良い匂いだ!!」


 二人の目の前に出されたのは、やや深皿に盛られた赤色のパスタ。

 それもトウガラシの刺激的な匂いが食欲を刺激してくれる逸品となっている。

 具は他にもミニトマトやケッパー、ニンニクやアンチョビなど。

 あと良く分からないけど魚介もあったので入れてみた。



「これは……なんていう料理なんだ?」

「市民の間では『プッタネスカ』と呼ばれています」


 おそらく初めて見たであろうジーク様ははしたなくもフォークを片手に、今にもかぶりつきそうになっている。

 これはサクラお母さんのメモ帳にあったレシピを私がアレンジした『プッタネスカ』という料理だ。……というよりも、トマトとトウガラシがベースならこの料理名で呼ばれることも多い。



「別名、娼婦風パスタとも」

「え……?」


 私の言葉を聞いたジーク様がフォークを取り落とした。その顔は真っ赤っかだ。どうやら娼婦という意味は知っていたようだ。



「あっはっはっは、それで娼婦風か。合点がいったよ。あたしゃ、好きだよ。こういう料理は」

「え……? お婆様?」

「要するに、作る時間も材料もない奴があり合わせで美味いモンを作ろうと考えたのがこのプッタネスカだろう? いいじゃないか。五十年前の戦争時代を思い出すねぇ。戦地で旦那と一緒に野草のスープで飢えをしのいだもんさ」

「エミリー様が戦場に!?」

「あぁ、お婆様は伝説的な女騎士さ。今でも敵国では恐れられているだろうよ」


 私がサーブした少し甘めの白ワインをグビッと飲みながら、エミリー様は昔を懐かしむように目を細めた。



「良いじゃないか。女騎士だろうと、娼婦だろうと。自分の大事なモンを護ろうと、必死に戦おうとすることには一緒。そこに貴賤はないよ。



 その後も順番を前後させながらもできる限りの料理をお出しした。

 中でもジーク様はサラダにつけたマヨネーズがお気に入りのようで、白身魚のフライにまでつけていたほどだった。

 一方で、エミリー様はマヨネーズには一切手を付けなかった。



「あたしゃ、あの聖女モドキは嫌いだよ。あれは絶対に裏がある。あれに国を任せちゃいけないね……」


 エミリー様ほどの力を持った人でも、オリヴィアという聖女候補には警戒を露わにしていた。

 あの人には何か、隠された能力があるようだ。



 そうして私は食器類の片付けをしたところで、お暇を貰えることになった。

 どうやらエミリー様とジーク様で内密のお話があるらしい。


 さっさと帰る支度を済ませると、私は二人に挨拶をする。



「本日は至らない部分も多かったですが、学べることも多かったです、是非、これからもよろしくお願いします」


 そういってペコりとお辞儀をして顔を上げると、二人とも似た優しい顔で出迎えてくれた。



「ふん。思いのほか使えそうだったし、壊れるまでは使ってやるよ」

「……まったく、お婆さまったら素直なじゃいんだから……」

「ははは、お手柔らかにお願いします」


 もう一度頭を下げると、屋敷に背を向ける。

 また明日から別の貴族家での実習だ。気合を入れなくては。




 ◇


「気付いたかい、ジーク」

「ん? なにがですか?」


 アカーシャの姿が完全に闇夜に消えたころ。

 エミリー公爵がぽつりとこぼした。



「とぼけるんじゃないよ。……たしかにアカーシャは良い子だったと思う。ただあの知識量や記憶力。スパイかとも思ったけど何か違うし……でも何かあるよ。もし惚れたんなら、ちゃんと裏を調べな」


 身長の高いジークを見え上げながら、エミリーはニヤっと笑った。



「ほっ!?惚れてなんかないよ!?」

「――あたしみたいに、戦場で選択をミスって旦那を亡くすんじゃないよ。孫のアンタにまで、そんな目にあわせたくないんだよ」


 かつて隣国との戦争時、エミリー公爵夫人は当時当主だった公爵を喪っている。

 さらには王に預けた一人娘も守ってもらえず、もう誰も信じることができない。

 もはや唯一の家族は孫のジークハルトのみ。彼だけは、喪うわけにはいかないのだ。



「……うん。分かってるよ、エミリー御婆ちゃん」


 二人だけになった家族は闇夜を見つめながら、互いの手を強く握りあっていた。


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