第23話 そのメイド、関係を疑われる。
~アモン王子視点~
イクシオン侯爵家からの帰り道。
俺は馬車に揺られながら、窓から見える小麦畑をボーっと眺めていた。
「どうしたんですか。何か侯爵家でトラブルでも?」
「……いや。そういう訳じゃないんだが」
そう訊ねてきたのは、煌びやかな衣装を着たいかにもな王子だった。
「まさかアモン様。あのメイドに正体をバラしたのですか!?」
「いや。俺が本当の王子だという事はバレていないはずだ」
王子風の男――影武者のレイリーは俺そっくりの顔を真っ赤に染め、こちらを睨んできた。
――そう、これは俺が己の影武者と共謀して仕組んだ茶番。この男が言うように、俺こそが本当のアモンであり、この国の第一王子であった。
「あのメイドに心を奪われてしまった……なんて言い出しませんよね?」
「ははは、それはどうだろうな」
この車内で行われている会話をアカーシャが聞いたら、いったいどんな顔をするだろうか。
あのすまし顔が驚きに変わる様を見てみたい気もするが……それはさすがに意地が悪過ぎるだろうな。
「アモン様。これは遊びではないのですよ?」
「あぁ、分かってるよ。俺の代わりに御令嬢方の見極めをしてくれているお前には、とても感謝をしているよ」
「ならどうして私が代理で貴方の婚活をしている間に、結婚する本人がメイドと遊び呆けているんですか!!」
む、それは心外だな。俺はただ、令嬢に既成事実を作られないよう、お前を身代わりにして近寄らないようにしているだけだ。
それにメイドとの会話だって、情報収集にもってこいなんだぞ?
「しかもあのメイドは平民らしいじゃないですか!? 王妃になんてできませんからね!?」
「むっ。それは違うぞ、レイリー。この国の歴史を見れば、今までだって平民が王妃になった例はあるじゃないか」
「そっ、それは平民が聖女様だった時です!! ただの市井の者では決して許されませんよ!!」
レイリーは物凄い剣幕でまくし立ててくる。まさにブチギレである。
うーん。近頃レイリーに負担を掛け過ぎただろうか?……よし、もう少し婚活の頻度を抑えよう。さすがに彼を失うのは惜しいしな、中々に便利だし。
「アモン様!? 私の話を聞いてるんですか!?」
「うんうん、聞いてる聞いてる」
「はぁ……まったく貴方って人は……」
そういえばアカーシャには俺を叱る人間は母上と弟だと言ったが、ここにももう一人いたな。
まったく、俺には勿体無いぐらいだ。優しい友人に感謝をしなくっちゃな。
「アモン様、私もこんな事はあまり言いたくないのですが……自分で王妃に相応しい者を探しだすのは、あまりにも無謀な行為だったのでは?」
「……言うな。それは俺が一番身をもって理解しているんだから」
父であるゼロムス陛下が用意した縁談は、俺の我が儘で断った。自分で自分の嫁探しをすると啖呵を切ったまでは良かったのだが……まさかここまで難航するとは。
「なーにが、『この国のどこかに、俺の運命の相手がいるはずだ』ですか。頭ん中メルヘン過ぎて、思わず正気を疑ってしまいますよ」
「うっさいな。別に王妃に癒しを求めたっていいだろ!?」
王になれば権力が金がと下の者は言うが、勘違いをしている。王というのは国の奴隷だ。四六時中働いているし、プライベートも監視されて休めたモンじゃない。
父上の頭を見ていれば分かる。あの薄毛は絶対にストレスからきている。間違いない。
「それに王妃選びが重要なのは、お前にだって分かっているだろう」
「ぐ、む……それは、そうなのですが」
「上っ面の良さだけで選ぶなら誰にだってできる。……俺は父上のように、妻を失いたくはない」
父上は三人の王妃を娶ったが、大きな派閥争いが起こってしまった。王妃同士の仲は良かったのだが、その縁者が欲を出した。
最高権力者である父上たちでも、さすがにすべての争い事を抑えきることはできない。小競り合いはやがて発展し、暗殺者を放つまでに憎しみは肥大した。
「お母様のことは残念でありました……」
「俺だけじゃない。弟も母親を失った。あんな悲劇を起こすことだけは、絶対に避けたい」
あの暗殺事件で、第一王妃と第二王妃が殺された。その結果、仲が良かったはずの俺たち兄弟も疎遠になっちまった。
愛嬌のある笑顔が可愛かった弟。アイツが浮かべた絶望の表情を、俺は今でも忘れることができない。