第21話 そのメイド、騎士とサボる。
シルバークラスへと昇格し、実務実習が始まってからひと月ほどが経過した。
初めての場所でのお仕事は緊張でドキドキするし、失敗することもしばしば。最初の数日は慣れるだけで精一杯だった。
だけど派遣された三か所のうち、イクシオン侯爵家とリヴァイアス伯爵家はとてもいい人ばかりだった。仕事に対しては厳しいけれど、キチンと教えてくれるし、とても恵まれた職場だと思う。
まぁ考えてみれば、推薦人は国内でもかなりの大物貴族であるキーパー理事長なのだ。だから紹介先が酷いはずがないんだけれどね。
それに私が実習先でやっているのは、男爵家でやっていたのと同じ、ステップガールというお仕事だ。これは貧乏なお貴族様が見栄を張るために数合わせで雇う、アルバイトみたいなもの。メイド学校の新人がやるには、うってつけの実習先なのだ。
勤務の内容も基本的には、玄関先で雇用主やお客様をお出迎えするといった簡単なモノ。覚えることもそこまで難しくないし、現に今も暇潰しをしている真っ最中だったりする。
「ねぇ、騎士様はどう思います?」
私はイクシオン家にある庭の花壇に腰を掛け、隣りに座る騎士様に訊ねてみた。
「ふわぁ……んん~? 何の話?」
その騎士様は短く刈られた金髪をガリガリと掻き毟り、大きな欠伸をした。
彼は本日のお客様を護衛している、王城の騎士様だ。
「なにって、お客様の話ですよ! 貴方の雇い主についてです~!」
彼の護衛対象は、とっても高貴なお客様。このアレクサンドロス王国の第一王子、アモン様なのだ。
来訪の目的は、婚約者候補の一人であるイクシオン家の令嬢に会うこと。婚約者との仲を深めようと、王子様自らが足を運んでいる。
「なんだ、彼のことか……」
「なんでそんなに無関心なんですか!? この国の未来の王様ですよ!? その伴侶を決める逢瀬が行われているって、なんだか凄くないですか!?」
なんでもアモン様は国王様が用意した縁談を断ったそうだ。怒った国王様は、それならば自分で嫁を探せと仰った。だからアモン様はこうして自分の足で王妃様候補の家を訪れて、お相手のことを見極めているらしい。
「だからって、毎回毎回付き合わされる護衛たちは面倒としか……」
「まったく! 騎士様は不真面目ですね! 私の知っている騎士様とは大違いです!」
以前王都の花屋で出逢った、銀髪の騎士様を思い浮かべた。真面目そうなあの人に比べて、この人はここへ来るたびにサボってばっかり。
最初に出逢った時もそうだった。私が庭先で掃き掃除をしていると、この人が『どこかで暇を潰せるところはないかな?」と話し掛けてきた。その時から彼は屋敷の中にも入らずにボーっとしていたっけ。
それからというもの。良い暇潰し相手を見つけたと思われたのか、アモン様がこの屋敷へいらっしゃる度に、彼は私の元へ来て雑談をするようになった。
「おっ、見ろよアカーシャ! 蟻が蝶の死骸を運んでいるぞ!」
「……はぁ。まったく。相変わらずですわね、騎士様は」
地面を這う蟻たちを眺めながら、子供のように楽しそうにはしゃいでいる。
まったく、こんな護衛に護られるアモン様が可哀想だわ。
「そういうアカーシャだって、俺と一緒にサボってるじゃないか」
「いえいえ。私にとっては、騎士様もお客様です。お話を聞くことも、立派な接客なんですよ?」
(と、建前でそう言ったけれど。私としても、彼と話しているのが楽しいのよね)
そんな騎士様も、一般的に見たら中々のイケメンさんだ。金髪碧眼で、ちょっと愛嬌のあるタレ目がキュート。騎士なだけあって、身体つきも筋肉質で引き締まっている。
そりゃあ王子様みたいな気品さは感じられないし、なんだか性格もガサツだけど。その代わり一緒に居ても気を遣わない分、私は騎士様の方が好みかな?
「それにしても、あの王子様。いったいどれだけのお妃様候補がいるのかは知りませんけど。ちょっと節操が無さすぎやしません?」
「節操?」
「はい。女だって、いつまでも若いわけじゃないんですよ? 候補にして期待だけさせるのも、可哀想だと思うんですけど」
あんまり表では言えないけれど、ここのお嬢様は私のお茶友達だ。新人の私相手にも良くしてくれている。アモン様との仲だって応援しているからこそ、優柔不断な男に弄ばれて欲しくないんだよね。
ていうか王子はさっさと正妃を決めて、国の為の仕事をしっかりとしてくれないかしら。国のトップが色ボケして国が傾くなんて、私は絶対に嫌ですからね。
そんな思いの丈をぶちまけていると、騎士様は豆鉄砲を喰らったかのような顔をしていた。
「あ、すみません。今のはちょっと言い過ぎたかも? どうか、王子様にはご内密に……」
さすがに私も言い過ぎたと反省し、頭を下げて謝った。すると、彼は噴き出すように笑い出した。
「ははは!! たしかに、アカーシャの言う通りかもしれない!!」
私の歯に衣着せぬ物言いがツボに入ったのか、騎士様はお腹を抱えて笑っている。自分の上司を貶されているというのに、あんまり怒ったりはしないようだ。
いや、相手が私だから気を遣ってくれているだけかも?
「この国の王子に対してそんな不敬なことを言える奴なんて、そうそういないぞ?」
「だってしょうがないじゃないですか。というより、いないんですか? 女関係とか、キチンと諫めてくれるような人は」
ここまできたら失礼を承知だ。騎士様は「ふむ、いないことは無いな」と急に真面目な表情になった。
「既に亡くなってしまったが、母上からは厳しく躾けられていたな。なにか悪さをすれば、容赦なく尻を叩かれていた」
「お尻っ……? 王子様が、ですか??」
あのイケメン王子がお尻を出して叩かれている姿なんて、まるで想像ができない。というより、王妃様凄いな!?
「そうそう。その度に泣いて謝っていたよ。あぁ、あと他にいるとすれば、上の弟かな」
「弟……第二王子様ですか……?」
たしか、アモン様には腹違いの弟が二人いる。どちらとも仲が悪いという噂を聞いたような……。
私が驚いた顔で聞き返すと、騎士様はケラケラと笑いながら頷いた。
「あぁ、クソが付くほど真面目でな。アイツ、弟の癖に兄にメチャメチャ厳しいんだ」