第20話 そのメイド、褒められる。
とある実習室にて。
シルバークラスに昇格するための試験も無事に終わり、私はこの教室に残って三人の乙女たち(+α)とお茶を楽しんでいた。
「ふぅ……最初はお茶の味なんて理解できなかったけれど、慣れてくると段々良さが分かってくるわね」
香り高い高級な茶葉を楽しみながら、ポツリと呟いた。目の前にあるのは私の生活費の何倍もするような茶葉や魔法の茶器の数々だ。入学したての頃はその値段に恐れ慄いていたけれど、この半年でだいぶ慣れてきていた。
「すごいわぁん、アカーシャちゃんっ!! この速さでシルバークラスまで上がった子は初めてよぉ~?」
「本当。アカーシャさんは物覚えも良いし、なにより雇用主の望むポイントを掴むのが異様に早いんだもの。私には出来ない芸当だわ……」
「ほら、だから言ったでしょう? さすが、私が見込んだだけはあるわ。入学させて正解だったわね!!」
うへぇっ!? いったいなんなのよ、この褒め殺しの嵐は……。
プリマ校長、ルーシー、キーパー理事長の三名が、口を揃えて私のことを讃えてくれている。そのこと自体はとっても嬉しいんだけど、なんだか照れくさくて素直に喜ぶことができない。
「そもそも私は小さい頃から、男爵領でなんちゃってメイドとして働いてきたし……。だからある程度は既にできていて当たり前っていうか……」
「それにしてもよ? 幅広い知識を持っているし、記憶力の良さは上位貴族も舌を巻くほどだと思うわ!」
キーパー理事長が目をキラキラさせながら、さらに追い打ちを掛けてくる。その言葉に私は苦笑いで返すことしかできない。
だって、あれはお母さんのメモ帳とメモ魔法のズルがあってこそなのだ。必要だと思ったことは、魔法で手が勝手にメモを取ってくれるし、それに書いたことは不思議と頭の中にほとんど覚えている。
だから私はほとんど勉強要らずでここまでの筆記試験をクリアできた。それほどまでにこの魔法はチートじみている。
「ぷ、ぷぷっ……さすがアカーシャさんですわね……」
「ちょっと、ルーシー!?」
この中で唯一私のズルを知っているルーシーは私の気持ちを察したのか、口元を隠して笑いをこらえていた。
(でも、あの魔法も完璧ってワケじゃないんだけどなぁ……)
実際仕事をしようと思ったらこれほど便利な魔法は中々無いけれど、弱点もしっかりある。これはルーシーにすら言えてない私だけの秘密だけど……。
「ともかく、これで二人とも晴れてシルバークラスの一員よ。今度は実地での実習も入るから、しっかりとこなしてちょうだいね!」
理事長の言う通り、これから私たちは実務実習という形で実際にお屋敷に行って働くことになる。
要はメイド見習いだ。もちろん、安いながらもお給料が発生する。これでようやく、私も自活するチャンスが巡ってくるというわけなんだけども……。
「でもキーパー理事長。私の実習先って、本当にあの三家なんですか……?」
「もちろん。先方から直々のご指名よ? 『思う存分、こき使ってやる』って言っていたわ」
「……その言い方だと、不安しかないんですが私」
私がこれから派遣されるのは、三つの貴族家だ。
それぞれ特色のある家で、一つはこのアレクサンドロス王国の軍を担当しているイクシオン侯爵家。
二つ目が農業の大半を仕切っているリヴァイアス伯爵の家。
そして最後の家が……
「シルヴァリア公爵……この国の重鎮も重鎮じゃないですか。本当に大丈夫なのかな……」
公爵と言えば、王家を除く貴族界のトップだ。
しかもこの家の当主は女性で、国王陛下の妻である第一王妃の母親らしい。結構お年を召した方らしいんだけど、齢七〇を超えてなお現役だというのだから、きっと恐ろしいほどに有能に違いない。
そんな大層なお家に、貴族生まれでもない木っ端メイドの私が行って大丈夫なのかな……?
「大丈夫よぉ! “戦場の氷姫”っていう二つ名で有名な人だけれど、きっとアカーシャちゃんならイケるわぁ!」
「そうですわ。私も一度パーティで“生ける伝説”にお会いしたことがありますけれど、凄い御方だったわ。圧倒的な存在感で、周りが凍り付いていたもの……」
「私もあの人には頭が上がらないほどの恩があるけれど、根は良い人だから! せいぜい、扱かれていらっしゃいな!」
――ふ、不安しかないっ!!
田舎者の私とは違って、ホンモノの貴族として交流のあったルーシーと理事長はいろいろと知っているみたい。
“生ける伝説”だとか“戦場の氷姫”だとか、なんだか恐ろしい単語が出てきたけれど……いったいどんな人なのかしら。ちょっとでも粗相をしたら、私なんて簡単に存在を消されそうだわ。
「あの、やっぱり今から変更してもらうわけには……」
「その場合は退学だけど、それでもいいの?」
「……」
――うん。実習が始まる前に、この三人には練習に付き合ってもらおう。
不安しかない私をよそに、キーパー理事長は何故かニヤニヤとした笑みをいつまでも浮かべていた。