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7/17

15:00 パニックホラー発生

「あ、愛美!」

 

 真上からでもすぐにわかったリボンが、前列の方にちらと見えた。雛衣は足のつかないプールで平泳ぎするように人々をかき分けながら彼女の隣まで進む。










── その瞬間だった。





「ギャアアアアアアァァーッ!!!」





 突然耳を劈くような悲鳴が響き渡った。続いてなにかに驚いたような最前列の悲鳴。バァーン!となにか重い機器が派手に倒れる音がしてざわめく。人でいっぱいの吹き抜けの上の階の方からも、口々に叫び声が上がる。


「ひッ!?」


「血が出てる!」


「うわぁぁ!」



 雛衣からは何も見えない。なにか確かめる余裕さえなかった。そして、また凄まじい悲鳴が上がる。


「うぎゃああああ!!!」

「ぎゃああああ!!!」

「ひいいいッ!!!」


 誰かがすごい勢いで雛衣を押しのけて逃げた。雛衣は愛美につんのめる。


「何!?事故!?」

「うわああ!血が、血がぁぁ!」

「やばいやばいやばい!!何あれ!?」


 前方で誰かが騒いでいる。人々が潮のように左右に裂けるように流れていく、その合間に雛衣にも確かに見えた。


「え……? あれ、なに……」


 雛衣は一瞬、上から垂れ幕を吊るしているワイヤーが落ちてきたのかと思った。だって──だってそうでもなければ、あんなに長い巨大な縄のようなものが、ひとりでに動くはずがない。縄は首をもたげた大蛇のようにうねると、────




──その先に刺さっていた血まみれの少年を真上に放りあげた。



「……は……?」


「…………うわああああ!!!!!」



 会場が大パニックに陥る。持ち上げられた少年は紐に吊るされた死骸のように振り回されるまま動かない。喉に赤い縄のようなものが突き刺さり、首の先がちぎれたぬいぐるみのように身体と違う方向に揺れていた。


 雛衣を押しのけて、人がどっと流れていく。雛衣はダムの放流に流される稚魚のように押しのけられて必死に愛美にすがった。この暴動のような人の波の中で愛美だけが石のように動かなかった。


「愛美、逃げよう! 愛美 ───」


 雛衣の手に、蛇の鱗に触れた時のようなぬるついた不快感が走る。雛衣の手はぬるっとした不気味な感触に痙攣して止まる。そしてようやく、愛美の異変に気づいた。


 肌が氷のように冷たい。そして霜が降ったように白い。雪のような冷たい肌に真っ赤な弾力のある血管がみるみる広がっていく。目の周りが真っ黒く塗ったように窪んでいって、なのに眼球は毒のある生き物のように真っ赤に染っている。



 ──── そして、彼らを刺し殺している赤い縄は、愛美の口の中から出てきていた。


「え…………」


呆然とする。何か悪い夢だと思った。


 愛美の身体は凍ったように固まっている。彼女は胸にビラを抱いたまま、口から謎の赤い管のようなものを出した。雛衣は混乱する脳のなかで必死に考える。


(愛美が出してる……? いや嘘、そんなわけない。じゃあ愛美にも刺さってるんじゃ……?だって顔色よくないし……肌が真っ白で、目が血走って、瞳が真っ赤になって、まるで吸血鬼みたいな……)


 愛美の目は見開かれたまま、僅かに動いている。意識があるのは雛衣にも分かった。

 苦しんでいる表情には見えない。赤い蔦のように捻れながら蠢く謎の赤い縄は、よく見ると肉色に透き通って僅かに脈打っている。彼女の細い喉が、脈打つ肉管に従って僅かに上下している。


「愛美………… ねぇ、あいみ……?」


 雛衣は縋るように愛美に語り掛けた。周りは怯え叫んで、まるで地獄に落とされる罪人の群れみたいだ。愛美の目は雛衣の言葉に答えない。

 怒りに震えているかのように強いエネルギーを赤い両目に宿したまま、愛美の姿をしたまま動かないそれは、赤い血の縄を操る。


「うっ、うわあああ、うわああああ!!」

 

 愛美のすぐ側を這って逃げる中学生。愛美の眼球がその少年の悲鳴に僅かに反応する。愛美の口からぬるりと出てくる赤い縄。縄の先端は大小の大量の管の着いた、蓮の根のようなブツブツした束になっている。

 それが一瞬ばらりと解けたかと思うと、少年の背中めがけて競い合うかのように真っ直ぐ伸びていく。雛衣は夢中になって愛美に飛びついて止めた。


「愛美だめ!!!」

「……………………」


 愛美のギラついた目は、ついに雛衣の言葉に答えることはなかった。

 雛衣は愛美に抱きついたのに、地面に飛びついたのかと思うほど愛美が硬くて動かせないことに気づく。雛衣が動かせたのは、愛美のポニーテールの髪の毛のひと房だけだった。

 学校を支える鉄骨でも組み付いたらもう少し手応えがあるだろう。まるでこの校舎とひとつになったみたいに愛美は動かない。

 雛衣の事など蚊ほども気にしていない愛美の鋭い管は、無惨にも少年の背中から心臓のある当たりを貫いていた。


「やめて愛美!」


 雛衣は、それを最後まで言うことは出来なかった。雛衣の下顎の辺りに岩がぶつかったかと思うような衝撃が来たかと思うと、雛衣の視界は床と天井との位置が入れ替わっていて、上下が逆になっていると思った頃には後頭部が潰れたような衝撃を受けて視界が赤く潰れた。

 落としたビデオカメラのように酷くぶれてよく分からない視界のなかで、噴水の頂上にあったはずの少年少女の像の首から上がぼっきりと折れた。

 それが本当か夢かも分からない刹那の画像だった。そして次に脳と視界が繋がった時には、薄ぼんやりピントのズレた水面の映像が斜め下に見えるだけになった。


「………………………????」


何が起こったのかわからなかった。斜め上にキラキラする水面のようなのが見える。そしてその下から、煙が吹き出すような赤いモヤが拡がっていく。水の中のような気がするが、水圧を耳に感じない。鼻に水が入ったような痛い感じがするが、このぬるさは自分の血のぬるさだと思った。

 水の底から歯が痛くなるような鉄の衝撃の音がじーんと響いていて、雛衣の視野は絞られ遠ざかっていくみたいに遠くなっていく。そしてやがて雛衣の感知できる全ては、永遠に続くような全身の激痛だけになった。




















続きは明日あげます

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