クラス一の美少女 吉岡愛美
「いたー!愛美ー!」
雛衣は2年3組の自分の教室の前で手を振った。
書き物をしていたらしいポニーテールの後ろ姿がすぐに振り返る。彼女が振り返ると、上品なラベンダー色のレースのリボンも一緒にふわりと振り向いた。
レースの両端に金色の縫い止めをあしらっている、ひと目で高級そうとわかる逸品。開け放した窓から雪のような桜の花びらが舞い込む。青春の1ページのように絵になる見返り姿。
「ひな……!」
「おっす!」
雛衣は、ペンを置いてこちらに来てくれた愛美をにこにこと見上げた。愛美はクラスでは平均くらいの身長だけど、雛衣はそれでもちょっと上をむく。
「配達?」
「そ! みんなは? 下?」
下、というのはクラスの出店のことだ。校舎内外でお花見ができるように、出店は室内と屋外とに分散されている。
雛衣たちの2年3組は、外でおにぎり屋を営むことになっている。
「愛美ひとり居残りなの?」
「うん。買い物全部終わりましたって、領収書を先生に出しに行くの。」
「うっそぉ、石田は?」
石田というのは、実行委員である。クラスのマドンナである愛美にデレデレだった癖に、書類業務を押し付けてさっさと出店に降りるとは気の利かないやつである。
「先に行っちゃった……忘れてたみたい。」
愛美は寂しそうに肩をすくめる。雛衣は石田の腹立つニキビづらを思い出してむすっとする。この間まで愛美と言葉を交わす度に感無量みたいなリアクションしていたくせに、全然働いてないではないか。愛美の好感度を稼ぐ気概はないのだろうか。
「ひなはどうするの?」
「2年教室にもう少し配達するよ。それが終わったら仕事終わりー♪」
「そうなんだ!じゃあお昼、いっしょに食べられそうだね」
「うん!」
雛衣は動物みたいに人懐っこく口角を上げて頷いた。愛美はこくんと小首を傾げた。雪のように反射している粟色の前髪がひとすじ流れる。
「ところで、ひなの弟くんは来ないの?」
「え?」
雛衣はぱくっとアホみたいに口を開けて固まる。二つ下の弟は確かに今年中3なので高校は見定め時だ。
「いや、あいつは来なくてもここにするんじゃないかな~歩いて通えるし」
「そんなこと言わずに呼んだらいいじゃない。明日まであるんだよ」
「えーなんか恥ずいよ〜……」
「どうして? きっと人気者になれるよ」
雛衣はもじもじする。雛衣の弟の早見房八は、雛衣にワをかけた体力バカだ。
体力がありすぎて、中学生なのに学校から許可を貰って新聞配りのバイトをしている。
しかも雛衣と違い結構器用な体力バカで、特技は野球。将来は野球の強い高校に進学したいとよく言っている。
ので、そんなパワーもスタミナもスピードも器用さも兼ね備えている弟がもしこの学校の野球部を初めとしたスポーツ部に見つかって勧誘されたりしたら、弟のことだからきっと断れなくてこっちに来てしまう。
弟の将来を想う姉としては、できるだけ才ある弟の存在はこの学校には内密にしたい。
「まぁ、ほっといても興味あったら来ると思うな!はは……」
雛衣は目をののじにして愛美から逸らしながら愛想笑いした。愛美はほそい小首をかわいく傾げたまましばらく雛衣の顔文字のような顔を見ていたが、にこっと微笑んで頷く。
「そうだね。」
「そうそう!」
「……ひなっていいお姉ちゃんだよね?」
「へ?」
愛美は後ろ手に領収書のファイルを持って、雛衣をとおりすぎつつそう言った。雛衣はきょとんとして振り向く。麦わら色の長い雛衣の三つ編みが愛美を追う雛衣に従ってぴょこっと揺れる。
「いいなぁ、ひなみたいな優しいお姉ちゃん。私もきょうだい欲しかったー」
「そ、そーかなぁ? すぐ追い抜かれるよ!背とか!」
「……それはひなだけだよ」
「ちょっとー!」
「うふふふっ」
愛美は白い雲のように輝く歯を見せて笑った。笑顔までおしとやかだ。雛衣はそんなクラスのマドンナの隣で、ぴょこぴょこ転げ回る小動物みたいなキャラクターである。