中央校舎:噴水広場
雛衣たちの使っている台車は、左右両方に持ち手のついている、いわゆる折りたたみかご式の業務用のやつである。
検索すればどのような使い方をするかすぐにわかるが、これは押して運ぼうとすると視界の前方がかごで遮られ見通しが悪くなるので、決して押して使ってはいけない。引き出しをひくような姿勢で荷台の掴みノブを持ち必ずバック歩きで輸送することになっている。
雛衣は玄関前で積荷をかご台車に積んで、バリアフリーの中央校舎1階の靴箱をそのまま通過した。靴箱そばには畳んだ長机が沢山あり、入館受付用の消毒液などを詰めたダンボールが無造作に置かれている。
すごく長い靴箱の間を抜けると、そこは、屋内吹き抜けの室内噴水広場となっている。
噴水広場全体に、活気のある生徒の声が反響する。爽やかな水のせせらぎと室内花見の為の席作りをするああだこうだ言う学生たちの声が凛とさわやかに響いている。
この中央校舎は特別教室がある校舎で、学級棟であるA棟B棟の間にあり、学生たちにとってメインの活動校舎なのだ。
この校舎に入った人が1番驚くのは、校舎内にエスカレーターあることだろうか。噴水広場を挟んで左右に一対ずつエスカレーターがついている。
で、そのエスカレーターを色んな学年の生徒がありの行列のように並んで上がったり降りたりしているのが見える。パッと見るとリゾートホテルのロビーみたいでオシャレだし、この校舎のこの広場の雰囲気が好きで入学してくる子も多いと聞く。
雛衣は大きなかご台車を引きながら遠巻きに噴水広場をながめる。と、ヘルメットをした工務店の人達が、噴水のそばででなにかしているのが目に入った。
「お、水上ステージ作ってる!」
噴水自体はエスカレーターのある廊下の辺りから4段ほど降りた場所にある。噴水のへりはベンチのように座れるし、三段階の噴水部分はそれぞれ水を止められるので、1段目に足場を張って特設ステージにもできる。
透明なアクリル樹脂のステージを作り、水面のキラキラした天然のライトアップをうけながらバンド演奏したりすると普段の8割増かっこよく(可愛く)見えるので、今年も水上ステージは熾烈な出番争いだったらしい。
ちょうどいま、半円のドーナツ上のアクリル板を噴水に乗せて、ステージ調整を行っている真っ最中のようだ。
「今年も余興楽しみだなぁー!後でみんなで見に行こっと!」
『開扇祭』での水上ステージでは、各部活の新歓が催される。雛衣は部活無所属だが、別に今から入ったって遅くはないので、新入生募集の面白そうな(かつお金のかからない)室内部や同好会を見つけたいなと思っている次第だ。
「よーし急ご!」
雛衣はルンルン浮き足立ちつつ、校舎の突き当たりにあるエレベーターホールを目指す。
エレベーターホールと言っても、無骨なエレベーターが両端にあるだけで、あとはここを真っ直ぐいくと体育館があるのみの、体育館へ行く渡り廊下みたいなものである。
エレベーターホールに来ると、すぐそばの分厚い防火扉の向こうで運動部が新歓の前に何かやっているらしいきゅっきゅ鳴る靴音が聞こえてくる。そこにバレー部らしい膝当て付きの女の子が走ってやってきて、雛衣(と雛衣の引いている巨大な台車)をみてびっくりしたように立ち止まる。
雛衣はその子を先に行かせてやってから、廊下を横切りエレベーターのボタンを押した。
噴水広場からギターの音らしき音が聞こえてきて、屋内吹き抜け全体に反響して響いた。お祭り前の雰囲気が、本当に大好きだ。