5.巨人世界(ヨトゥンヘイム)
巨人の世界
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バスと赤いクーペが停車したすぐそばに、メタセコイアに似た大きな木が生えている。
直径100mはあろうかというその幹は、生えていると言うよりもそびえ立っていると言う方があっているように思える。
樹形は先端が先細りしているようだが下から見上げると張り出した無数の枝一つ一つが何十年も育ったクスノキの様に太い。
葉も一枚一枚が大人の頭よりも大きい。
沈みかけた陽の光に照らされて長い陰を作っている。
バスが出発してから2時間ほどしか経っていないのに、もう夜の始まりが近づいている様だ。
車内に残った生徒たちも、この場所の異様な光景に戸惑っているのをよそに、本庄陸だけが落ち着いていた。
「陸、赤い魔女って何だ?」月斗が陸に尋ねる。
「奴さ!」と言うと陸は赤いクーペの方に目をやった。
「悪い奴…なのか?」
「ああ、月斗、奴には気を付けろ!」
「俺に…何かあるんだな…?」月斗は、そう言うとひどく喉の渇きを感じた。
「教えてくれ!陸これからどうなるんだ?」
と言いつつも月斗はさっきの謎のLINEの文章が頭をよぎった。
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『本当にこの陸を信用してもいいのか?』
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その事が月斗の喉の渇きを一層激しくさせる。
「そもそもここってどこなんだ?」
「ここは巨人たちの世界。ヨトゥンヘイムと呼ばれている。」
「巨…人?」
「いやその発音だと野球っぽくなるな!」
「そんなものが存在するのか?」
「あぁ俺も初めて見たときは驚いたさ!」
「人を食べたりするんだな?」
「いやそれは無かったな。」
「めっちゃ襲ってくるんだな?」
「いやそれも無かった。」
「えっ!裸でめっちゃ襲って来て人を食べたりしないのか?巨人なのに?」
「無いなぁー」
「でもめっちゃ岩とか投げて来るんだろ?」
「月斗!お前の巨人に対する認識は偏りすぎている!」
「そうなのか…」
「何で若干残念そう?」
「いや、巨人と言えばそう言う感じかなって!」
「とにかく、ここ巨人世界には巨人の種族が住んでいる。」
と言って傍にそびえ立つ巨大な木の幹を指差して、
「あの木の裏手に回ると巨人の髑髏がある。それを見れば納得もするさ。」
朝の8時に出発してそんなに時間も経ってないはずが辺りが真っ赤な夕焼けに染まっている。
「短い夜が始まるぞ。」
陸がそう言うと運転手と顧問の堂島が戻って来た。
「みんないるな?バスを移動させるぞ。」
堂島がそう言うとバスが発車した。
バスは巨大な木の周りを時計回りに移動する。半周ほどすると目の前に夕焼けに真っ赤に染まった大きな人影のような物が横たわっているのが見えた。
「うわぁ!」
車内のあちこちから声がする!
「何だ!アレは!」
バスが声に反応したように車体を旋回させると月斗の目の前にそれが映った。
夕陽に照らし出されたその影は巨大な木にもたれかかった巨人の骸の様だった。
月斗の後ろの席から声がする。
「なっ!」
「イヤ!なっ!って言われても!」
本庄 陸のその顔がドヤ顔で何かモヤモヤした。