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抜錨竹芝桟橋

作者: K.K.

2009年8月24日、私は珍しく早起きをした。いつもの夏休みであれば茫洋とクラゲの様に時間を消費して10時ごろまで惰眠をむさぼっていたことであろう。だが、この日ばかりは空が白んでくるよりも半刻ばかし早く目が覚めた。それ以前にもそれ以降にも数多くの旅行には行ったがこれほどまで鮮烈に記憶に残っているものもなければこれほど心躍ったものもないといえる。

小笠原への旅路は、おがさわら丸のみである。当時はまだ世界遺産に認定される以前であったのにも拘らず、それでも夏休みはほぼ満室であった。そのおがさわら丸に乗るまでの旅路は私の記憶にはもう残っていない。ただ、竹芝駅から降りた直後に広がる観葉植物を前に気分が高揚したことは忘れられない。9時30分に出港30分前となり左舷の乗降デッキから乗船した。荷物を客室に置くとすぐさま甲板に繰り出したことを覚えている。日が照っていたが子供の力溢れんばかりの元気さゆえか、はたまた今よりも気温が高くなかった為か、どちらにせよ暑さを感じることはなかった。30分程かけて工業地帯を両舷に仰ぎながら東京湾を南進した。この際レインボーブリッジをくぐったがそれよりも巨大コンテナ専用クレーンをキリンや恐竜と見立て妄想を書き立てた。それからの1時間は三浦半島と房総半島に囲まれながらジェット旅客船やヨットがマリンスポーツを楽しむのを眺めながら穏やかな航海を続けていた。その時ふと代わり映えしない景色に飽きたのを察したのか知らないが後部デッキにカマキリが飛んできた。三浦半島からでも10キロはあるのではないかという距離をカマキリが風に乗ってきたことに驚きながらも防疫や外来種の持ち込み防止のために空に放つとまたどこかに飛んで行った。出港してからおよそ1時間たつと陽炎のように見える本土を除くと貨物船以外は見えなくなり海の青さも緑がかったグレーから蒼が際立つ群青へと変わっていった。これが初の外洋であったが水面に乱反射する日差しによる白さは一層増したものの波が荒ぶるような白さは見られなかった。それでも波が高くなり三角形に代わっているあたり外洋の力強さが滲み出ていた。外洋に出てから1時間もすると周りは一面海しか見えず時々島が現れては流れすぎていった。この時のスピードが東京湾の延々と続くように感じられた船とはたして同じ船かと思うのは必然だろう。外洋に出てからの楽しみは、船に伴走する魚群を探すことだった。当時、携帯は子供である自分たちの年代が持つ代物でもなく保護者である母親は疲れたのか部屋に戻っていたので、たまに跳ねるトビウオを目ざとく見つけては最大何回まで跳ねるのかを真剣に数えた。その日の船旅は羊を数えるかのごとく過ぎ去り夕日がいつもより赤が強かったことに気づくまでトビウオを探していた。翌日の海面はまるで凍った諏訪湖の湖面よりもきれいに凪いでいた。そして旅の道連れがトビウオからカツオドリへと変わっていた。カツオドリを恐れてか魚影は見ることができなくなっていた。その後1時間ほど航海室やボイラーなどを見たが、景観が悪かったり熱かったり散々ではあったが電探などを間近で見ることができたのは、ミリオタとしてはたまらない経験となった。出港から1日以上たった10時半ごろにようやく小笠原諸島が視界に移るようになった。どれも海底火山が急速に冷えたことで形成されたので奇天烈な奇岩や蝋燭のような岩があったりして一見何もない航海でも見どころを自分で探せば発見することが可能だったことから長時間の航海でも 楽しむことができた。だがもうあと30分で航海も終わるという時に小笠原でしか体験できないのではないかということが起こった。それは、野生のミナミバンドウイルカが10匹も跳ねながら伴走するということである。これは、外洋の中にある島かつ温暖で人に襲われる心配がないからである。30分近い伴走に曲芸ではないのにも拘らずイルカのショーを見せてもらったかのようであたかも島に着く前から歓迎されているかのようで心が温まった気がした。

港から徒歩5分のところにあるホテルは白壁の木造平屋でところどころにある青いアクセントが異国情緒を強調させていた。ホテルの庭に出てみると東京でありながら本土の湿気に辟易しそうな暑さと違い日差しは強烈だが爽やかさを感じる湿度でとてもすごしやすかった。宿の目の前にあるビジターセンターは歴史と動植物についての展示だったが、内容はともかく展示の仕方は今になって思い返してみると文化祭の発表と大した差のない展示方法だったが、内容は、事細かく記載されており、まるでシートン動物記やドリトル先生シリーズを呼んでいるかのように引き込まれた。島での食事はいい意味で私の常識を覆してくれた。それまで私にとって寿司は生のネタに醤油を垂らして食べるものであったのだが、こちらではネタを醤油だれに付け込んだモノでネタが黄色からオレンジの中間のような色で最初は物怖じしたが、実際に食べてみると生臭さはなくタレが馴染んでいるのでより一体感のある寿司になっていた。ちなみにネタはトビウオとシマアジに加え珍しいものではアオウミガメのネタもあった。私は、アオウミガメの寿司は食べなかったが他の料理で食べた感想としては、クジラの赤身のようなきれいなロゼ色でささみよりも淡白だがよりしっかりとした歯ごたえがありささみよりも肉本来の味を意識させられた。他にも近年話題のデリでは青パパイヤではあるが、当時は、パパイヤといえば熟したものがデザートとして売られるぐらいの認識だったのでサラダとして出てきたときはしゃきしゃきしていてフルーツのパパイヤとの違いに大変驚かされた。しかし、食管から感じる水分の多さから味が馴染みづらいのではと思っていたが予想より味が馴染んでいて食べやすくおいしかった。個人的にはメジャーなどの肉よりあっさりしていて噛みごたえもあるので気に入る一品であった。

3日目である26日の午前中はウミガメの保護センターでウミガメに餌やりをするなどして愛でていたが、のんびりした泳ぎでもそれなりに機敏な泳ぎをみせれば、エサがなくなったとみると鼻息を荒げ水しぶきをお見舞いして去っていくカメもおり人らしいしぐさの個体や愛嬌のある個体が多かった。また人口産卵などの保護にも力を入れており、子亀の可愛らしさもあり寄付金が弾んでしまった。午後は待ちに臨んだ小笠原の海でのシーカヤックである。小笠原は島の周りをサンゴ礁が生息しており港の中でも綺麗なサンゴが観られることで有名である。船上や海岸沿いの路上からでもエメラルドグリーンの浅瀬と沖合のサファイアブルーも美しいものであったが海面から見る周りをエメラルドが取り巻きその中に揺れるルビーを眺めるかのような景色の中、汗を流しつつカヤックをこぐことは味覚以外の五感が充足感に溢れていた。それに加えてシュノーケリングを行ったことで海の透明度やサンゴ礁の色彩をより鮮明に感じられた。しかしシュノーケリングは波があったので、海水がノズルから入ることが多く海中に夢中になり視線を固定できなかったこともありボンベが欲しいと泣きそうになったのは苦い思い出である。夜は前日とは打って変わって街を散策してみると、蛍の様に淡く光るものが点在していることに気付いた。これは、近くに寄ってみると分かるがヤコウタケというキノコでグリーンペペと呼ばれ親しまれているものだった。この日は、あいにく曇っていたこともあり大変探しやすかった。

4日目である27日は前日とは対極的に、島のスーパーで地元の食材を実際に料理したり、伝統工芸の製作体験といったインドアな1日だった。ミサンガのような意味合いのある腕輪は大変良くできたと思っているがミサンガと違い頑丈で長持ちする所がお土産として大変好ましい。またこの日の夜はよく晴れたのでホテルの人が浜辺でスターウォッチングして下さったのだが、周囲の明かりも少なく並木によりその明かりも遮断され人工島のない浜辺でみた夜空は人生のどの夜景よりも明るいものだった。夏であったため天の川が大変よく見える状況で夜空が星の見えない割合の方が少ないのではというほど瞬いていた。実際に6等星ですら肉眼ではっきり捉えられるためガイドの方がレーザーポインターで1等星の東京ではそれしか見えないような星が逆に判別し辛くなることや、アンドロメダ銀河を目視で来たときは、小笠原の夜景こそが日本一の夜景だという価値観が生まれたのはこの夜があったからだと思っている。

5日目の28日は3日目のウミガメセンター主催のウミガメの卵の人工孵化を午前中は体験させてもらった。ウミガメの卵はピンポン玉サイズで、鳥の卵と違い完全な球状が特徴的だった。この際に注意されたことは、卵の上下がずれないようにすることである。これは、卵の上下によって体の部位が固定されて形成されるため、上下がずれるとうまく孵化されないためである。このとき子亀を持ち上げてみたがB4サイズでも15キロほどもあった。孵化後直後が23gとはとても信じがたいほどの重量の変化を感じた。午後からは初のダイビングを体験であったが堪能した。カヤックやシュノーケリングをしたポイントとは違ったのもあるが何より実際に海中に潜りサンゴに触れたことや、幾多の魚やウミガメと泳げたのは非常に幸運だった。夜間は、前日とは逆に父島の内陸部に訪れた。グリーンペペも当然見たのだが形が類似していることからオレンジペペと名付けられたVERA小笠原観測局の直径20Mに及ぶ電波望遠鏡がオレンジにライトアップされた対比はサイズ色ともにギャップがあり素晴らしいものでした。このVERA小笠原観測局は山の中にあるのと同時に巨大であったことそしてたまたまほかのVERAと連動して動いた景色は、スターウォーズエピソード4の終盤のヤヴィン第4惑星の基地を想起させられたので感動しました。このナイトツアーではオガサワラオオコウモリも目視できた。都会でも見たことのある油蝙蝠と違って五月蠅くもなく鷲ほどのサイズを持つ蝙蝠が上空を舞うのはオレンジペペと合わせてこの世ならざる体験みたいで面白いものでした。

最終日となる29日は、島中の漁船が出港を見送ってくださりとても心が温まる出港でこのような人の心の温かさを感じられるふるまいこそが“おもてなし”なのだということを体験しました。そしてこの帰路における嬉しい誤算が、往路では夜間による通過であった鳥島を昼に通過したことで、絶滅危惧種であるアホウドリを1羽だけ目視だけでなく写真にもとらえることが出来たのは行幸でした。カツオドリとアホウドリが同時に飛んでいたことでサイズ差が際立っていたのと体色が異なっていたことですぐに判断をできて幸いでした。この時期の大半がアリューシャン列島にいることからかなり運が良かったと帰ってから知り思い返すだけでも笑いが止まりません。それ以外にも三浦半島沖では、米軍の保有するニミッツ級空母6番艦ジョージワシントンとの邂逅が無料で行えたうえに艦載機もFullで見ることが出来たことや、日本最大の豪華客船飛鳥Ⅱとの行き会うことが出来たのは航海としても素晴らしいものでした。

小笠原への旅行は、全人生通して最高のものでした。中でも最高峰の透明度とサンゴの種別の豊富さや固有の生態、航海中の出会いなど数多くの幸運に恵まれていたと実感できた。これからの人生にもよき出会いがあることを祈って両舷前進原速赤黒なし。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 前へ前へと現れては消えていく筆致が心地よかったです。硬いように見えてしかしとてもなめらかで体験的な文章でした。カマキリのくだりから惹きつけられるとそこから最後まで一気でした。 [一言] 読…
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