俺の中には聖女がいる!〜比喩ではない〜
君は、夢を妄想してはそれを実現しようとしたことはあるか?
例えば、異世界に召喚されようと普段と違う道を歩いてみたり。
例えば、恋の始まりの為に女の子を助けようとひたすら横断歩道の近くで誰かを待ち伏せしてみたり。
例えば、突然異能力に目覚めようとわざと大きな怪我をしてみたり。
俺?勿論全部やってみたさ。
ああそうそう、俺は須賀辰巳。特に特徴のない何処にでもいそうな男子高校生とは俺の事だ。
そんな俺は、小さい頃から兎に角ヒーローなんてものに憧れていたおかげで妄想だらけの日々を過ごした。結果、周囲からは変人だと思われているがそれはそれ。
まあ、そんなの勝手に決めつけておけばいい。俺は変人なんかじゃない、ただの夢見る男子高校生だ。
そうして今日も二駅ほど離れた夕暮れ近い時刻の砂浜を歩いている。
今日の課題は夕暮れの砂浜に佇む美少女を見つけること。特に文系黒髪、泣き黒子がチャームポイントな子が悩ましげに海を見つめているのがいい。
そんな子は大抵恋に悩んでいる。なんで知ってるかって?教材を見て予習してるから当たり前だろ。
そこに俺が通りがかり、何気ない会話から彼女を応援、彼女は勇気を持って告白するも陰気臭い子は嫌いだとかで振られ、またここへと戻ってくる。すると再び俺が現れる──
『私……諦めようと思った。だけど貴方に応援してもらったから、見ず知らずの私の話を親身になって聞いてもらえたから、勇気を出して告白したの……でも、駄目だった……』
『……そっか』
『うん、「陰気臭い子は嫌だ」って言われて、振られ、ちゃった……やっぱり、私には無理だったのかな……!』
『──良かったな』
俺は本心をありのままに口にした。それを聞いた彼女は見る見るうちに絶望の表情を浮かべていく。
違う、俺が見たいのはそんな顔じゃない。
『え……、なん、で?』
『だってそうだろ、こんなに可愛い女の子をそんな簡単な理由で振った男と付き合わなくて済んでさ』
『そんな……!私、私はそれでも彼が好きだったの!』
『でも、振られた』
『…………』
『……それに、今少しほっとしてんだ』
『なにが……?』
『前に別れた時。もう、お前と話せなくなるのかなと思うと、胸が苦しくなった』
──本当に。
あの時、笑顔で去っていく君を見て、あの笑顔が誰かのものになると思うと、胸が締め付けられて、息をするのさえ苦しくなって。
きっと俺はもう恋に落ちていたんだと思う。
夕暮れ色に染まる君の笑顔が、俺の初恋だったんだ。
『……そんな、でも』
『分かってる。そいつがまだ好きだってことぐらい。でも絶対に君を振り向かせる。……だから』
『だからまた、此処に来て、俺と話してくれるか?』
彼女は俯いて、けれどしっかりと頷いた。
俺は黙って彼女に笑いかける。髪の隙間から見える両耳が赤いことに、気づかないふりをして──
「──なんてな!!」
軽い妄想にだらしなく頬を緩ませながら砂浜を歩くこと20分。未だ出会いは見つからない。
「つうか今日はことごとく人影がねえなぁ。この間来た時はカップルも二組見かけたっていうのに……別れたか?」
人っ子一人、ましてや海鳥の鳴き声すら聞こえない。波の音だけが耳を掠める中、妄想だけが一人歩きをしてきた彼の発言はまさしく非リア充のそれであった。
そろそろ夕陽も落ちかけ、辺りが闇に飲まれかけてきた事もあり、今回はこれまでかと辰巳も駅に戻ろうと踵を返した時。
「──ん、」
幼い頃から異様に耳だけは良かった辰巳は、確かに誰かの声を聞いた。それは空気を割くような悲鳴にも似ていたが、振り向いても人影はない。
この砂浜はそれなりに広く、そして遮蔽物がない。悲鳴が少しでも聞こえるならたとえ遠くにいたとしても姿だけは見えるはずだ。
けれど辰巳の見える範囲では何も見えない。
「あんれ?俺が聞き間違いとか珍し……」
ぁ…………て……
「お?」
……ま………………い…………
「おおお!これは!これは来たんじゃないか!」
姿は見えないのに声だけは聞こえる!
これは、これはまさか!
「天の声、ってやつだろ!?」
「だから退けって言ってるでしょおおおおお!!」
「はい?」
ひとつ、訂正をしよう。
これは天の声ではなかった。
──天から落ちてきた女の子の声だった。
ちなみに、辰巳の運動能力は良い方である。常に異世界で勇者を始めてもいいように体力だけはつけていたからだ。
だが、いかんせん初めの勘違いから反応は遅れてしまい──悲しきかな、その少女と熱烈な顔面キスをする羽目となる。瞬間、辰巳は真っ白な光が視界を覆ったのと同時にその意識を手放すのだった。
「私の……初キスぅ……」
──そりゃ俺もだよ、なんていう愚痴すら言うこともなく。
***
「……」
「……それで、辰巳。何か言うことはある?」
「アッハイ、ございません」
現在位置、病院。
真っ白で案外ふかふかなベッドに正座させられているのはこの俺、須賀辰巳。
そして真向かいで仁王立ちしてるこのバ……失礼、この人は俺の母さん。その横で申し訳なさそうに縮こまっている父さんを見る限り、どうやら怒りは鎮められそうにない。
……うん、気持ちはわかる。
息子が病院に運ばれて、しかも倒れていた場所が二駅も違う街の砂浜だ。心配して駆けつけてみれば当の本人はナースに向かって「君が助けてくれたのか……?」などと口説いてるんだから怒るに決まってる。
いや、俺は結構真面目に言ってたんだけどね?何せ目が覚めたら此処で、大丈夫ですかーと明るい笑顔を見せてくれた美人なナースに心ときめかない男はいないもんだ。
ま、その後の俺の言葉に蔑んだ目で見てくる辺りよく訓練されてると思ったよ。一瞬ぞわっとしたもん。
……ううっ、やっぱ男に「もん」はないな……。
『はっきり言って薄気味悪いです』
「え、」
「た〜〜つ〜〜み〜〜?」
「ひいっ!」
その面構え、般若の如し。
気迫に怯えたのは俺だけではなく、父さんは胸の下辺りを抑えて眉を潜め、丁度来たさっきとは別のナースが後退りをする程であった。
さて、目が覚めた事でもう一度診断を受けた俺だったが特に何の外傷もなく、倒れた理由について母さんから説明をされた医者が苦笑いしながら聞いてくれたおかげで特に問題はないと片付けられた。
気絶した理由が空から降ってきた女の子とぶつかったからと素直に話しただけなのに、何故か母さんによって妄想と断定された。いや、本当の事だけど、でもこれ以上言えば流石に精神科のお世話になると目で訴えられたので黙って口をつぐむ。
というわけで二駅先の病院からはるばる数時間。
ようやく我が家に帰ってきてから更に50分。
「あー疲れたー……」
ベッドに五体投地して母さんの説教の疲れを癒す。砂浜に倒れていたせいで砂だらけだった身体を丹念に洗い、寝間着に着替えた俺。そう、もう既に寝る体勢は整っている。
あとはぐっすりお休みするだけだ!
『させませんよ』
……うん。
俺は寝るぞ。空耳なんて気にしない。
『ちょっと』
あーあー聞ーこーえーなーいー。
『そんなふりしても全然可愛くありませんよこの短足棒切れ!!』
「だぁれが小さいんだてめえっ!俺は心も体も下もでかいからな!」
『なに下世話な話に持ち込んでいるんですか!私は全体的な話をしてるんですよ!』
「尚更タチ悪いわ!」
『というか──聞こえてるじゃありませんか!』
──しまった。
思わず立ち上がってつい反応してしまったが、俺はこの「声」を病院から家、そして此処に来るまでずっと耳にしていた。
何時もの俺なら勿論嬉々として反応しただろう。
だがこの声、確かに可愛らしいのだがさっきから言ってることがおかしい。
『もしもーし?聞こえてますか?私聖女、今貴方の中にいるの』
『それにしても貴方の精神どうなってるんですか?お花畑真っ盛りで……正直気持ち悪いんですけど』
『あー暇暇ー。ねえ聞こえてるでしょう?ねーえー』
こんな声聞いて素敵な出会いなんて考える奴がいるか?少なくとも俺はない。
自分を聖女だとかなんとか言うのはともかく、もっと可愛い女の子なら、少なくともポー◯ビッツなんて言わない。ぜっっったい、言わない。
『……全く、なんで聖女であるこの私がこんな男の中に閉じ込められたのか……』
「んなの知らな──いや、待て、今なんて言った」
『は?だから閉じ込められたって言ってるじゃないですか』
……ほわい?
「え、閉じ込められたって何。俺の中?……は?」
『ああもう、ならちゃんと説明してあげますからそこに座りなさい』
「ええ……」
高圧的に話をする自称聖女の声に、何故従わなければならないのかと思いつつも俺は素直にベッドに一人腰掛け直す。
俺の中にいながら、外の光景が見えているのかベッドに座った俺に対して一呼吸置いた自称聖女は仕方なしに、と言った具合に話し始めた。
『さて、長くなるかとは思いますがちゃんと聞いてくださいね』
「なるべく手短に頼む」
『……そもそも、私が何故あんな風に落ちてきて貴方と顔面キ……んん、衝突したのか。それについてお話します』
意地でもあれをファーストキスに入れないつもりだな、こいつ。
『黙ってください』
「アッハイ」
『よし。……私が落ちてきた理由。それはある世界からこの世界へ逃げてきた為です』
逃げてきた?何の為に。
『私は聖女だと最初に伝えましたね。アレは事実です。聖女である私は遠き星の世界で我が国を護るために祈りを捧げる存在でした』
しかし、ある日突然その国に偽物の聖女が現れたのです。
──自称聖女が口にしたのは、まるで俺の妄想物語に拍車をかけるような夢のような話だった。
聖女のいた国に突如として現れた偽物の聖女。
最初は国の上層部も一般市民の戯言、として認識していた。しかし偽物の聖女は瞬く間に大衆の心を集め、更には聖女の仲間達すら魅了し虜にしてしまったという。
そして、暴動が起きた。
国は、偽物の聖女による暴動から本物の聖女を逃す為にある禁忌を使い別の世界へと聖女を逃す事に決めた。
だが──禁忌の術の発動の瞬間、その場に偽の聖女一行に乗り込まれ不備が起きてしまう。
それにより移動地点が変わってしまった聖女は空に投げ出され、そしてあの海岸へと落下する。
そこに、俺がいた。
運悪く衝突を果たした俺と聖女は、禁忌の術の副作用か、はたまた何かの要因か──とにかく、理由は不明ではあるが俺の中に聖女が入り込み、今現在こうして俺の「心」の中に聖女が閉じ込められているのが、聖女の話だった。
『──残念ながら、私がここから出る方法は何一つ分かりません。本当に、こんなところ早く出てしまいたいのですが……』
「うっ……うう……」
『…………は?嘘、泣いているんですか?なんで?』
「だって、お前──こんな非現実的な事!!まさか本当に起こるなんて思わないだろう!!ああマジで神様仏様ありがとう!!これからは俺の時代だ────!」
聖女の話を聞いて真っ先に出たのは喜びからの号泣。
側から見れば一人で泣きながら拳を天井に突き出す光景に、聖女が心の中で大いに引いてる気配がした。
いや、だからそれがどうしたというのだ。
ずっと願ってやまなかった「非日常」が訪れたのだ。こんな経験、楽しまない方が損だというものだろう。
泣いて喜んで、ついでに絶叫により鬼の形相で扉を開いてきた母さんに平謝りしつつ、母さんが居なくなった後でふと聖女に問いかけた。
「そういえばお前の名前は?俺は辰巳って言うんだけど」
『……シュナ』
「へー、これからよろしくな。シュナ」
何故かまた溜息をつかれた気がしたが、そんな事はうきうき気分の俺には全く関係のない事だった。