おっぱいの話
ある日、夢に神様が現れた。
どうして神様だって、分かったかって?
だって、”私は神様だ”って名乗ったんだから、そうでしょ?
僕は素直に信じることにした。
「あの、それで、神様はどうして僕の夢に現れたのですか?」
僕が当然な疑問を神様にぶつけると、神様は立派に蓄えられた顎髭を摩りながら、余裕たっぷりに笑った。
「おめでとう。君は見事に当選したのじゃ」
「えっ、何に当選したんですか?」
「”自己複製の権利”じゃ」
「へっ……じ、じこ、ふくせい……?」
僕が聞き覚えのない言葉を飲み込めずにいると、神様がほっほっと笑った。
「まあ、聴き馴染みがないのも無理がないじゃろう。君は高卒でフリーターじゃからのう」
「神様にバカにされた!」
「儂からすれば、人類など皆馬鹿の集まりじゃ。じゃが、君はその中でも、際立って馬鹿と言える」
「ひどい」
職場でもよく、馬鹿だと笑われるが、まさか夢の中で神様にまで馬鹿にされるだなんて……
僕がガックリと項垂れていると、神様がほっほっと、また笑った。
「まあ、そんなことを気にしている場合ではないぞ。君は馬鹿だが、今から人類で一番幸福な男になるんじゃからのぅ」
「へ……?僕が、幸福……幸せになれるってことですか?」
「そうじゃ。この”自己複製の権利”を上手く使うことが出来ればのぅ」
神様が勿体つけて話すので、僕はその”じこふくせいのけんり”って奴が何なのか、うずうずと気になってきた。
「教えてください、神様。その、”じこふくせいのけんり”っていうのは何なんですか?」
僕がそう尋ねると、神様はコクリコクリと首をゆっくり縦に振った。
「では、馬鹿な君にも説明してやろう……君は、自分の肉体がどうやって成長しているのか知っているかな?」
自分の肉体が、どうやって成長しているか……へ、なんだろう?
「あっ、わかった!ご飯を食べるからです!」
僕が自信を持って答えると、神様は静かに首を横に振った。
「残念ながら、不正解じゃ。じゃが、いいとこを突いておるぞ」
「うーん、正解だと思ったんだけどなぁ」
「答えは”細胞分裂”を繰り返すから、じゃ」
全然近くないじゃないか……僕がそう思っていると、神様の説明は続いた。
「勿論、ご飯を食べないと人間は大きくなれないがのう。本質的には、人間は細胞という小さな要素の塊じゃ。その細胞が成長と自己複製を繰り返すことで、人間の肉体は大きくなっていくのじゃ」
「なるほど、さっぱり分かりません」
「うむ、君は馬鹿じゃからな」
神様がほっほっと楽しげに笑った。
僕は、少しムッとしてしまう。神様なのに、ひどい奴だ。
「まあ、そんなことはいいですから、その”じこふくせいのけんり”ってやつがなんなのか説明してくださいよぉ」
「じゃから、説明しとるじゃろうに……まあ、簡単に言うと”全く同じものを作り出すことが出来る権利”ということじゃ」
「全く同じものを……」
「そうじゃ。君が指定したものを一つだけ、”それと全く同じもの”を用意してやることが出来るのじゃ!」
「お、おお……!」
僕は、全身が喜びで震えた。つまり、クローンが出来るってことなのね。
「な、何でもいいってことですか?」
「うむ、何でもよいぞ。自分自身でも良いし、食べ物でも衣類でも……この地球を複製することだって可能じゃ」
「お、おお……すごいですね、それは」
「そうじゃろう。さて、どうする……決まったら儂に、教えてくれ」
神様はどっこらしょ、とその場に胡坐をかいた。
「さてさて、気長に待つとしようかのぅ。十分に悩むが良いぞ」
「いえ、神様。もう決まりましたよ」
僕がそう言うと、神様は目を見張った。
「えっ、もっと慎重に考えるべきじゃないかのう。言ってなかったけどこれ、何千万年に一回の奇跡なんじゃけど……」
「いや、これ以外考えられません」
「そ、そうか。じゃ、じゃあ言ってみるがよいぞ」
僕は深呼吸をして息を整えると、神様に答えを告げた。
「おっぱいにします!」
「お、おっぱい……!?」
神様が、口を大きく開けたまま、ポカーンとしている。僕は首を傾げた。
「ど、どうされたのですか?神様、具合が悪いんですか?」
僕が心配して尋ねると、神様はブンブンと首を横に振った。
「あ、悪夢じゃ……じゃから、儂はこんな若造に権利を与えるな、と言ったのに……」
「何をぶつぶつと喋っているんですか……神様」
「ああ、すまんのぅ。君があまりにも凄いことを言い出すもんじゃから、びっくりしてしまって」
「そうでしょう。いやー、やっぱりおっぱいは2つあってお得ですし、沢山あった方がいいですもんね」
「……もうあんまり君とは喋りたくないのう……」
神様は大きなため息をつきながら立ち上がる。
「で、誰のおっぱいを増やせばよいのじゃ?」
「えっ、この世の全女性のおっぱいに決まってるじゃないですか!」
「いや、それは流石に無理じゃ。一人だけにせい」
「えー」
僕は不満を漏らしたが、ここで神様に逆らって権利が没収されては堪らないと思い直し、渋々おっぱいを増やす相手を決めることにした。
「では、僕の彼女のおっぱいを増やしてください」
「……可哀相に」
「へ、何か言いました?神様」
「いや、もうよいぞ。はいはい、増やしときますよー」
神様は”後悔するでないぞ”と呟くと、その姿を煙のように眩ませてしまった。
僕が目を覚ますと、隣で寝てた彼女が僕の肩を揺さぶっていた。
「ねえ、聞いて。彩斗。おっぱいが4つになっちゃった」
「おーやったじゃん。昨日、夢で神様に頼んどいたんだよ」
僕がそう言うと、彼女が僕の頬を思い切りビンタをした。
おっぱいの話 -終-