第8話 生まれ変わっても校則があるとは……!
「絶対に、イヤ!」
「エステルぅぅ、お願いだ、そこをなんとか!」
父の泣き落としにも屈せず、腕組みしてプイッとそっぽを向く。
そこをなんとか!と言われて、ハイとは言えない。
「ぜっったい、イヤ!!」
「お願いだよぉーーー!」
父も必死である。
膝をついて祈りのポーズ。
どこかで見たポーズだ。
ここで母がいないのは、説得を父に丸投げしたからだ。
自分だと私に無理を言えない上、激甘補正で金にモノを言わせて規則を買収しかねないから。
どちらのペアレンツさん。
事の起こりは先日の話。
その年に10歳を迎える貴族の子供は学園へ入学する決まりがある。
成人を迎える18歳までの8年間、全寮制だ。
私は兄が先に入学しているので、なんの不安は何もないけども。
学園に入学するまでに魔法の属性や適正テスト、学園長の面接があるのだけど。
それで私は引っかかってしまったのだ。
「エステル嬢、あなたの前髪は長すぎるので、入学までには切るか留めるかして下さいね。」
学園の規則。
学生らしい身だしなみ。
学生らしい髪型。
……学生らしい前髪ってなんじゃあああ!!!
コミュ障ナメんな!
と、まぁ、何としても無駄な抵抗をしているのだ。
切らなきゃいけないことはわかってる。
だがしかし。
私は自分のツリ目が愛せないのだ。
成長するにつれて目ヂカラに磨きがかかり、目が合うだけで子供に泣かれ、大人は一瞬固まる。
睨んでるわけじゃないのに、怖いと言われ。
正直子供ながらに嫌な思い出しかない。
前髪で隠すことによって目立たなくなり、快適だったのに……!
前髪を切るとしたら、次の手を考えなければ、だ。
そのために腕組みをして、唸りながらウロウロしてたのだが。
「どうしても切りたくないなら、僕が可愛らしい髪留めを買ってあげるよ?それでどうだい?」
「いらない!」
「エステルぅー!どうか機嫌を治しておくれー」
「ちょっと待って、お父様。今考えてるから。」
父が訳分からずと黙ってる間に。
学園に入学できないとか思うと、父も必死になるのはわかる。
しかし、前髪の代わりに顔を隠す方法。
伊達眼鏡だ!
閃いたように右の手のひらを拳でポンと叩く。
コレしかない。
私の視力は本で目を酷使している割にすこぶる良い。
遠くも近くもバッチリはっきりなのだ。
おかげで眼鏡と縁遠い生活をしていたのだが、コレは眼鏡デビューのチャンスなのでは!
だがこの世界にオシャレ眼鏡や伊達眼鏡なんてあるのだろうか?
まぁ眼鏡自体はかけてる人を見かけてるので、特注で作ってもらうしかない。
レンズがないやつ。
さめざめ泣く父に向き直る。
「お父様、前髪切っても良いです。その代わり私に眼鏡を作って下さい。」
「え?眼鏡かい?……エステル視力はとても良いじゃないか…何で眼鏡が……」
「前髪の代わりです。できれば黒縁の大きめのレンズ無しが欲しいのですが」
「え?レンズ無し??」
お父様、キョトンとして私を見る。
キュッと唇に力が入る。
その顔をじっと見つめる父。
私の決意や思いが伝わったのか、ふにゃっと笑顔になり、私の頭を撫でた。
「そうか、よく決心したね。エライエライ!
眼鏡わかったよ。エステルが前髪を切り終わったらお父様と一緒に眼鏡屋さんに行こう。
切り終わるまでには馬車の準備をしておくから、切ってもらっておいでー」
なんどもいい子と言いながら、私の頭を撫でた。
ツリ目は父の遺伝なので、父の前でこの目が嫌いだとは絶対口に出したくない。
お父様を悲しませたくないから。
でもさっきの反応だと、感じ取っちゃったかな?
私を見る顔が少し寂しそうだった……。
コクンと頷いて自分の部屋へ向かう。
部屋ではエルがハサミを持って待機中だ。
意を決して部屋へ向かった。
「お嬢様、コレぐらいですか?」
「だめ、もう少し下で!眉より下、目より上だから、目のギリギリで!」
「難しいです、ちょっと目より上でも……」
「ダメ!!絶対ちょっとだけ上で!」
「お嬢様、目を開けたままだと切れませんからー!」
「だって……!」
コレについては信用ならないなんて言えないが。
覚悟を決めて、ギュッと目を閉じる。
切りますよーと言われ、エルの手がおでこに当たる。
ジョキンという音が耳に残った。
「久々にお嬢様の可愛いお顔を拝見した気がします。」
なぜか涙目のエル。
必要以上に鏡を見つめ、前髪を抑える。
な、なんか心もとない。
左手で前髪の代わりにスダレを作る。
「えーせっかく可愛いのに隠しちゃダメですよ!」
エルが私の顔を顎クイして、頬や鼻の上に残った前髪の残骸を乾いた布で軽く落としてくれる。
何と言われようが、何年振りかの明るい視界に戸惑いが隠せないのだ。
支度ができてエントランスに降りると、父が気がついてこっちを見た。
「エステル!可愛いじゃないかー!!」
父が走り寄り、私を抱き上げる。
「恥ずかしいので、早く行きましょう。」
左手はデコを抑えたまま、父から目をそらす。
父は私を抱きしめ、何年ぶりかの我が子の顔に、エルと同じように感動で号泣した。
……お分かりだろうが、父は泣上戸です。
お目当の眼鏡屋さんは城下町にあるらしい。
馬車に乗り込み父とふたりで仲良くお出かけなのだが。
久しぶりに見る明るい世界は私の目には毒だった。
眩しすぎて前が見えない……。
何だこの世界は。
シパシパと瞬きを繰り返す。
その様子をずっと父が微笑ましそうに見ていた。
「なんですか?」
「いや、エステルが可愛いなぁと思って」
この不毛な会話は馬車が止まるまで続いた。
親バカ補正だと気がついて!!
「カーライト様今日はどのようなご用件でしょう?」
愛想の良さそうな主人が出迎えてくれる。
「娘の眼鏡を見にきたんだ」
「そぉですか!ではこちらに……」
「それが…視力には問題がないのだけどね、眼鏡が欲しいんだ。」
……お父様、それじゃわけわかりません。
眼鏡屋のご主人今心の中で『は?』って言ったと思いますよ。
案の定、揉み手のまま固まる主人。
コホンと私がわざとらしく咳払いする。
ハッと気がつき、私を見た。
「すみませんが、事情がありまして……。レンズの入ってない眼鏡か、レンズの部分にガラスを入れることは可能ですか?」
透明なプラスチックがあればいいのだが、この世界にプラスチックはない。
ご主人『あ、え?あー……』なんて独り言のような声を発して。
「わかりました。そういう事でしたら、可能でございます。」
と、商売上手な笑顔を取り戻した。
念のため視力を測られた以外は、それからはスムーズだった。
だから視力は問題ないって言ったのに。
デスヨネーみたいな顔はやめろ。
ガラスで作ったレンズ眼鏡は黒縁だけじゃなく、父の希望で薄茶色も作らされた。
黒は替えように2つ作ってもらった。
短くなった前髪に、重めの大きい眼鏡をかける。
眼鏡を少し鼻先にずらせば、私のツリ目は目立たなくなった。
フゥー満足。
というか、ホッとした。
前髪切れと言われたとき、この世界に絶望したもの。
私にとってはそれぐらい大きな問題だった。
目に見えてホッとしている私に、父がまたフニャっと笑っていた。
「エステル、ついでに学園に必要なものを揃えに行こう。」
父が私に手を差し出す。
私もそれを笑顔でギュッと手を添えた。
「エステルも水属性が出てたよね?うちの家系、アリシア以外みんな水だねぇ」
ウキウキしながら筆記用具を見る父。
「お母様も水じゃなかったですか?」
私が聞き返すと。
「アリシアは水と言うより、氷のが得意なんだよね、実は。」
いや、それは水でいいのでは。
心でツッコミをしたけど、父はなぜかそこをこだわって譲らなかった。
怒られたとき、背後から吹雪と冷気が飛んでくるからだと思う。
思い出したのか、ブルっと震える、お父様。
帰りに学園の制服の寸法を測りに別のお店に行った。
そこには今年入学する貴族の方々が、子供と一緒に何名かいた。
その中に一際目立つ少女がいた。
ピンクブロンドのゆるふわカール。
長い髪にパープルの愛らしい丸い瞳。
うちの天使、リリアとはまた違う可愛さ。
両親に手を引かれて、恥ずかしそうに辺りを見渡している。
すれ違う度に、男の子の視線を釘付けにしていた。
しばらく目の保養にしようと観察してたのだが、自分の番になり呼ばれてしまったので視線を落として店の奥に入っていった。
中に入ってギョッとする。
一般人に混じって、第1と第2がいるのが見えた。
一瞬たじろぐが、そっと目を逸らして隅っこへ行く。
『必殺☆他人のフリ』
なぜ今日いるんだ、君ら。
外にいつものお抱え軍団いなかったけど、警備は大丈夫なのか!?
と言うか、なんの因果でこんな行動がかぶるんだろう?
とにかく見つからないようにしなければ。
隅っこからすり足で、一番角にいた店員さんの前へ行く。
蚊の鳴くような声で名前を告げ、採寸をしてもらう。
その間何度も『え?え?』と聞き返されたけど…。
滞りなく終わり、息もつかないまま、足音を立てないように注意しながら、父の待っているところへ急ぐ。
ここまで私の隠密スキルで華麗にセーフ!
バレていない。ムヒヒ。
コソコソ移動して、父を見つける。
小声でここにいることをアピールしたら。
父は私を見つけて嬉しそうに『大きな声で』私の名前を呼んだ。
「エステルー!!」
私に大きく手を振るカーライト伯爵。
僕、カーライト伯爵は、ここにいまーすと言わんばかりに、注目を集める。
思わず目を逸らし近くの棚の影に隠れる。
こっそり覗くと、第1も第2も、お父様を見ている。
おいいいいっ!!
流石に父を発見したので、私が何処かにいることぐらいわかるだろう。
第1も第2もソワソワしながら挙動不審になっている。
第2なんてあれ以来もう4年もうっすらとしか会っていないのに。
ジェスチャーで『お父様、静かに!早くこっちに!』と伝えようとしたが、とても鈍感な父がその意向に気がつく事はなく。
「え?どうしたのエステル?何やってるの?早くこっちにおいで」
と笑顔で手を振り続けた。
仕方ないので隠れながら父の手を取り、急いで入り口から出ようとする。
もうすぐだ、あのドアノブを開けると外に出れる!
そして馬車を待たせてある通りまで全力ダッシュすれば、『殿下もいらしてたとは!いやあ気がつきませんでした』が完成するのだ。
月イチのお茶会ですら、毎回今日の天気や季節の社交辞令しか会話してないのだから、こんなところで会ったって何も話す事はない。
「お父様、はやく!」
「えええ?一体どうしたんだい?」
ただ訳もわからず引っ張り回される父。
今の私はそれどころじゃない。
ドアノブに手をかける。
その時。
「エステル・カーライト様?」
聞き覚えのない可愛らしい声が私を呼び止めた。
誰だよ!!!
脳内ツッコミ、今日イチのデカイ声で叫ぶ。
深くため息をついて振り返る。
声の主は先ほどの可愛い少女だった。
え、会ったことあったっけ?
この可愛さなら一度会ったら忘れないはずだけど……。
恐る恐る聞く。
「え、えっと、お会いしたことありましたかしら……?」
少女はゆっくり首を左右に振る。
「いえ、初めてお会いします。私、エリナ・ローズデールと申します。」
スカートを左右にそっと広げ、綺麗にお辞儀した。
私も何も言わずお辞儀を返す。
「それで、あの。急ぐのですが……」
奴らにバレてないかが気になってそれどころじゃない私。
挙動不審気味にオドオドしている。
「あの、それで……、何か御用でしたか?」
目も合わせない私。
なんて失礼極まりないって言う。
そんな様子を気にせず、エリナは花が咲いたような笑顔で微笑んだ。
「私この度同じ学園に入学することになりました!
あの、良かったらなんですが、ここで会えたのも運命かなと思って。
あ、あと同性の知り合いも少ないので、私と仲良くしてもらえないかと声をかけてしまいました。
お急ぎでしたらすみません。でも、私……よろしくお願いします!」
今度は形式張ったお辞儀ではなく、ペコリと頭を下げた。
そしてまたニコリと微笑む。
て言うか、こんな地味な格好した眼鏡によく話しかけられたよね。
私なら仲良くしたいとか思わないのに。
うちの兄妹に負けるが、君も天使か!
「そ、そうですか。学園に入ったら是非よろしくお願いします。」
私の答えにまた嬉しそうに微笑まれる。
両親が良かったねエリナなんて肩を抱いている。
学園でも空気のように地味に生きてると思いますが、それでも良かったらなんて言えない。
エレナ嬢は大丈夫だよ。きっと素晴らしいお友達できるさ。
そんな事をムニャムニャ考えてたら、横から手が伸びて私の腕を掴んだ。
「エステル嬢!」
……あー、GAME OVERだ、これ。
はぁ、と息を吐く。
「エリオット殿下もいらしてたのですね」
作り物の笑顔を第1に向ける。
第1もつられて引きつる。
「偶然ですね、エステル嬢」
後ろから第2もため息つきながら現れた。
「あら、セドリック殿下。暫くお姿を見かけませんでしたが、お元気でしたか?」
第1は月イチで会ってたので変化は見てたけど、久々に見る第2は少し身長も伸びて大人びた感じになっていた。
「あんたは相変わらずだね。あ、前髪どうしたの?てかそれを一番に言わなきゃいけないの、兄上じゃないの?」
悪そうにニヤリと笑う。
今気がつきましたと言わんばかりに、第1がビクリとする。
「エステル嬢、えっと、眼鏡、新調したのか?」
眼鏡新調したかじゃなくて、眼鏡姿初めて見ただろうが!
こいつのポンコツ具合、一回どついたら治るかしら。
何も言わず立ち竦んでいたら、言葉選びを失敗したことに気がついたのか、慌てだす。
「……それでは御機嫌よう。」
もう何も返す言葉もないです。
さっさと帰るに越したことない。
エリナに会釈して帰ろうとしたら、第2が吹き出す声が聞こえる。
第1はしどろもどろに私を追いかけようとしたが、私の逃げ足の速さに追いかけるのを諦めた。
そんなやりとりをエリナは見つめていた。
少し頭を傾げて考え込んでいたが、目の前にいる第1と第2を交互に見比べて、頬をそめて熱い視線で見てたことは、まだ誰も気がつかない。