第75話 報われないのだ誰だ?
リオン視点
「あれから何か変化あった?」
お昼休みに珍しく1人で窓際に佇むコーディを見かけて声をかけた。
僕の顔を見つめながら、コーディは無言で首を振った。
「……細かな変化はないんだけど。でも手応えはあると思うのよ」
そう言って、長い髪を後ろに流す。
窓から入る風に、髪が遊ばれているのを抑えているらしい。
「手応えって?」
「……手伝ってくれなかったくせに、知りたがるのね。」
コーディは僕を軽く睨んで、拗ねる様に『フン』とそっぽを向いた。
「……だって、一応さ。僕だってエステルと……」
最後まで言い終わらないうちに、いつも遮られる。
「……エステルのことが本当に好きだったら、エステルが幸せになる事を考えてあげなさいよ。」
「……それじゃ僕だと幸せになれないって事?」
コーディは『そうじゃなくて。』とまた冷たい流し目をよこしてきた。
いや、言いたいことはわかっているよ。
でもこのままじゃ僕は自分の思いを伝えることもできず、消さなければならないのだ。
もちろん『伝える』という行動は、自分良がりな勝手な行動なのかもしれない。
向こうは完璧に僕の事を友達以外に思ってないこともわかっている。
僕が告白してしまうと、この友情も混乱を招くということも。
「何処へも行けないからなかなか諦められないのも、辛いんだよ。」
ぼそりと呟くきながら、窓の近くの席に腰をかけた。
「だから私がいつも聞いてあげてるじゃないの。」
コーディはそういうと、僕の横に腰掛けてきた。
「……言えない苦しさも知ってるわ。私もずっと言えなかったもの。好きな気持ちを消そうととても辛かったのも知ってる。」
『だけど。』
「せめて冗談に取られてもいいから、気持ちに区切りはつけたいんだよ。」
「告白したいって事?」
びっくりした様にこっちを見るコーディに僕は頷いた。
にっこりと笑う僕に、コーディは深く溜息をつく。
「……どうするつもりなの?エステルはエリオット王子と時間をとって告白するつもりよ?
もちろん王子もエステルの事好きだろうから……。」
「……王子はわかりやすいよね。エステルの事大好きじゃん?
でもエステルは頑なに鈍感でさ。笑っちゃうよね。」
僕はエリオット王子のエステルを見る顔を思い出して笑う。
そんな僕を見てコーディは複雑そうに見つめていた。
「どうして笑っているの……。辛いなら、笑うのやめるべきよ。」
「あ、いや。その辺はだいぶ割り切っているんだよね。だからこそ、伝えれば終われるんだと思うんだよ。」
「……そうなの?」
僕は頷いた。
「初めから勝ち目がなかったじゃない?初めからあの2人ってはたから見て焦れったいぐらい好き合っているのに素直じゃないし。
だから好きなのを気がついた時からエステルとどうなりたいって言うのはそんなにないんだよ。
奪ってやろうとかも思わない。
あわよくば僕にチャンスが巡ってこないかな?みたいな気持ち。」
「……本当に好きなのよね?それ……」
コーディは半ば呆れた様に僕を見る。
その顔にちょっと笑ってしまって、また叱られたんだけど。
「……好きだよ、本当に。」
そう言うとまた笑った。
「とりあえずさっきの話に戻すけど、手応えって?」
突然の話題変換にコーディが度肝を抜かれた様に目を大きく開けた。
そして溜息を小さくつくと、頬に手を当て考え込んだ。
「曲がり角でぶつかったまではよかったんだけど、王子がエステルを見て暴走し始めてね。
きっと何か色々溜まっていたんだろうけど……。
逃げるエステルを壁に押し付けてキスでもしそうな勢いだったのよ。」
「……キス!?」
思わず驚きすぎて声が裏返った。
あまりの衝撃に立ち上がったままだった僕を、無理やり座らせて。
「未遂。してないから。
だからこそ、王子がもう限界なんだなと思ったのよね……。
マギーと急遽イベントと呼ばれるものを流れでやってみようってなったのよ。
初めはぶつかるだけでなんとかなると思ったんだけど、ぶつかったら違う『イベント』になってしまったから…。
あのイベントってエリナのノートによると、ヒロインとぶつかった王子がノートを拾ってあげて楽しそうに話していたら、婚約者の悪役令嬢がやってきて『私と言うものがありながらー』って怒って邪魔するやつあったでしょ?あれをそれっぽくやってみたのよ。
セリフも詳しくは書いてないけど、抜粋して書いてあるのを言ってみたの。
なんかあった時用にビクターも付いて来て貰ってたから、カンペ役やってもらったり。
メモを王子にコッソリ渡して、このセリフ言ってみてみたいなこと書いて、ちょっとみんなで劇をやっているみたいで楽しかったわ。」
コーディが思い出して『ほぅ』と悦に浸る。
「そんなに楽しかったんだ」
コーディを見てると僕も行けばよかったな、なんてちょっと後悔。
でも行かなくてよかったとも思っている。
好きな子がキスされそうになるところなんて見たくない。
ましてや想いあっている同士のキスなんて……。
コーディは僕の顔を見て、気付かないフリをして話を続ける。
「私たちのセリフにつられたエリナが言ったのは『悪役令嬢』のセリフだったの。
感情は『悪役令嬢』の強気で傲慢な態度ではなく、ショックで悲しい感じだったけど……。
でも、書いてある言葉の返しは、『ヒロイン』ではなかったわ。
だから確信したの。『ヒロイン』の代わりを誰かがすれば、配役は勝手に決められて、その通りに進むんだと。
とりあえずエリナを『ヒロイン』ではなく『悪役令嬢』として立ち回らせたら、それに困る人が尻尾を出す!」
「尻尾の人は『エリナ』を『ヒロイン』にしたいんだもんね……。」
「多分きっと、すぐ出すわよ。エリナがあんなに泣いて帰れば、事情を聞くだろうし。
私達が余計なことをしていると言う認識は持ってもらえたと思う。
ノートを奪ったのはこういうことをして欲しくなかったからでしょう?」
コーディは清々しい顔でニッコリと笑った。
これは少し黒くも見えたが、僕は気がつかないフリをした。
「……だったら王子とエステルが話す時間をはやめたほうがいいよ。
僕ならなんとしても今後接触をさせない様にするね。」
「……そうね!早速今夜にでも……!」
「……いや今夜はもっとヤバいと思うけど!!
今日でも接触するだろうって思われているだろうし、エリオット王子の監視はきっとすこぶる厳しいと思う。
……僕が接触して話聞いて時間決めてくるよ。」
「……リオンはそれでいいの?」
名前を呼ばれて一瞬固まったけど。
すぐにコーディに笑いかけた。
「……エステルの幸せを友達として願っているからね!」
「……リオン……。」
「……ただ、いつか。本当に辛くなったら、ちゃんと告白させて?ちゃんと玉砕して終わらせたいんだ。」
コーディは静かに頷いた。
「それは止めないわ。私はエステルも友達だけど、あなたも友達と思っているのよ?」
「……知ってるよ、僕だってそうだよ。」
「……ありがとう。」
コーディは僕に向かって右手をさしだした。
僕もその手をとって握手する。
「とりあえず、折を見て動くから、任せてね」
コーディはゆっくり頷いた。
僕はそんなコーディを微笑んで見ていた。
彼女が今こうやって笑えるのも、心からよかったと思う。
さすがエステル。
思わずまた笑ってしまう。
「……え?手なんか握り合っちゃって、もしかして、浮気!?」
聞き覚えのある声に、溜息が出る。
「……エステル、冗談でも言っていいことと悪いことあるよ?」
ちょっと怒った風にエステルを睨むと。
黒縁の眼鏡の奥から、イタズラを見つかった子供の様な笑顔で頭をかいていた。
コーディは冷ややかな目でエステルを見つめると、それに気がついたエステルが謝り倒すと言ういつもの流れ。
「ごめんて。機嫌なおして!ね、パンこれしかもう残ってなかった。リオンとコーディ、どれ食べる?」
「私はこのクリームが入ったのにします。」
「……じゃあ、僕はこのジャム。」
僕がジャムを選ぶことで、彼女の顔がパァーッと輝く。
エステルはチョコが入ったパンが大好きなのだ。
学園の食堂に、テイクアウト用のパンを販売する場所があるのだが、そこはサンドイッチかジャム、クリーム、チョコの3種類のパンしかないのだ。
それを手が空いている人が買いに行くという暗黙のルールで、今日はエステルが買いに行ってくれた。
いつも僕らに先に選んでと言うのだけど、彼女は自分用にいつもこのチョコのパンを買うのをみんな知っている。
ビクターはたまに空気読まずにこのチョコを選んでしまう時があり、そんな時エステルは、放課後になっても残念がって、声が小さくなり落ち込むのだ。
どんだけ好きなんだよ、だったら先に取ればいいのにといつも思うが。
それでもみんなに先にどれがいい?とニコニコと笑いながら進めてくるのだ。
僕はこの笑顔が好きなんだ。
エステルが笑っていられるなら、僕のちっぽけな想いなんて飲み込んでやる。
でもいつか。
いつか僕の想いも、聞いてもらえる日がくるのだろうか。
その時は、どうか。
……これからも、友達でいられます様に。
今は、側で君が笑っているところを見ていたいんだ。




