第73話 エステル、失恋する?
何が起きたのか。
何を言われたのか、頭に入ってこず。
その日は誰に何を言われても何も覚えていなかった。
おやつのクッキーを口からボロボロとこぼしながら何も入ってない口を咀嚼をしている。
「エステルが失恋のショックで石像となった。」
「ビクター!そんなこといってはだめよ!」
「……そうよ、エステルはまだ振られてないんだから。」
「エステル、かわいそうに。これを機にもっと視野を広げてみたらどうかな?もう王子なんかこりごりだっていうなら……ぼ」
「リオン、いま押しても聞こえてないわよ……。」
「え!?いや、押してなんてないし!」
私が知らないところでそんな会話があったとか。
「……え、わたしフラれたの?」
「「まだよ!!」」
女子2人が叫ぶ。
「……来年結婚するって、もうダメじゃない?もう終わったよね?」
「「まだ終わってない!」」
「……」
気迫におされ、思わず黙る私。
「……でも婚約者のいる人を追いかけるのもさ、令嬢として家名に傷が付く行為にな」
「……お黙りなさい、リオン!結婚云々より、エリオット王子の気持ちでしょう!」
リオンはピシャリと言い放ったコーディの気迫に、私と一緒に青い顔で正座する。
「だけども、相手と気持ちが通じ合ってるからって、婚約者のいる人に迫るのは……エリナが書いてたノートのヒロインの行動ではないですか……?」
「……あら、ヒロインなんていないのでは?」
コーディの冷ややかな流し目が怖い。
一体何があったのかと。
なんか弾け飛んでませんかね?
その横でマギーも笑顔が怖い。
笑顔なのに、黒い陰りが見える。
思わずリオンに助けを求めるようにチラリと見ると。
青い顔で恐怖に目を見開いたまま俯くしかできないようだ。
そっと今度はビクターを見ると。
……一切こっちをみない。
こ、こいつ。
絶対こっちをみないマンだ。
ここで私に味方すると、あとでマギーに怒られるということを学習しているらしい。
なので絶対見ないマンだ。
目ヂカラ発動で気配を送るが、あっちもあっちで青い顔でダラダラと冷たい方の汗を流していた。
「どの道、こうなった以上立場はあっちが『悪役令嬢』ポジションでしょう?ということは、『ヒロイン』の立場をやればいいのです。」
「そうだわ。エステルはヒロインとして動けばいいのよ。」
「えー、私が攻略対象の好感度上げるの……?」
不安げに見上げる私に、2人はにっこりと微笑んだ。
黒い方で。
「それはもう問題ないと思うわよ?好感度は平均的にみてもすでに爆上げしてあるはずだから。」
「……は?」
「リオンもアーロン先生も王子たちも既に爆上げされてるということよ。ビクターはマギーがいるから恋愛的なやつではないと思うけど。」
『ね?』とマギーを見るコーディ。
『!?』っとつられて首をかしげるが、顔がみるみるりんごちゃん。
後ろでビクターも『??』っと言葉の意味がわからず、首を傾げた。
リオンはコーディに『しーっ!!』と口に人差し指を当て、赤くなったり青くなったり、顔色がコロコロと入れ替わって大変そう。
何焦ってんだ、あいつ……。
「えー……ヒロインにはなりたくない。」
「別になれと言ってないわ。ヒロインにならなくても、ヒロインの『立場』を利用して、エリオット王子に迫ればいいのよ。」
「……迫る……」
「ガンガン行きましょう!エステル!どうせならハーレムルート?とか言うやつ目指しましょう!」
マギーが『がんばって!』と言わんばかりに拳を小さく振った。
いいのかそれで……!
ビクターの意思は!!
「……せ、迫るとは……」
もうちょっとキャパオーバーなのですが?
ガンガンとか訳がわからない。
でもお陰で意識は取り戻した。
頭も冷静になった。
とりあえず、口の周りについたクッキーを手ではらって、頬杖をついた。
……どうしてこうなったのか。
ノートの通りに絶対的に進んでいないのは確実にわかっているが。
あれほどノート通りに進みたかったエリナの行動とは全く逆な行動をしているエリナ。
操られているとするなら、本当のエリナは今どこにいるのだろうか?
これをコーディ達が言う通りに、私がヒロインの行動をすると、この先はどうなるんだろうか?
エリナが拘っていた『ストーリー通り』の行動に正常に戻れるヒントがあるのだろうか?
いまだ青い顔で正座中のリオンをチラリと見ると。
私の視線に気がつき、青い顔でにこりと微笑んだ。
怖かったのか、肩が小さく震えている。
……かわいそうに。
と、思いながら、苦笑いを返した。
「試してみる価値あるかな。
エリナが言ってたハーレムルートってどうなるんだっけ?」
「ええっと、『全員に求愛されて、全員と幸せに暮らす』と書いてありますね……」
「……そんなの幸せではないだろう……!」
いわゆる多夫一妻制なんて。
思わずゾッとする。
「……そのルートは無しでお願いします!!」
リオンより青い顔で全力で拒否の姿勢。
「……とりあえず、ヒロインにはならないけど、その立場は利用して……みる?エリオット王子を振り向かせるために頑張るのではなく、エリナが拘っていた『ストーリー通り』を貫いて見ると何かが見えるんだろうかと思って……。」
「……エステル!?本当にそれでいいの?王子だけが男じゃないでしょ?『対象者攻略』なら他にもっと家名に傷が付かずに危なくない人いるでしょう!もっと身近に、ほら、その……横とかに!」
リオンが何か焦って早口で言ってきたが、よく聞き取れない。
「……え?なんて?」
と聞き返すと、真っ青になって『くるり』と逆を向いてしまう。
「……いまのセリフをもう一度言えとか、どんだけドSなんだよ……エステル……」
今度はボソボソ小声で言うので、思わず身を乗り出して聞き取ろうとすると。
真っ赤になって仰け反った。
「……なんでもないから!!ちょっと離れて!」
リオンがビクターの後ろにすごい速さでピョーンと隠れてしまった。
訳がわからず、キョロキョロとみんなの顔を見る。
コーディとマギーが親指を私に向けて『よくやった!』と言わんばかりにドヤ顔してこっちを見てた。
……なんか今日はよくわからないまま話が進む日だ。
私は頬杖をついたまま、深く息を吐いた。
「具体的にどうしたらいいんだろう?」
正直ヒロインの行動なんて全くわからない。
『イベント回収』なんて言われるものも、どうやるのか。
「……その辺は任せて。このノートによると、すぐエリオット王子のイベントがあるっぽいわよ?」
「……はぁ。うまくいくのかな?ヒロインじゃない人がヒロインのイベントって起こせるんだろうか?」
「やってみないとわかりませんよ!やってみる価値はあります。」
なんでマギーとコーディはこんなに乗り気なのか。
私は失恋?の痛手と複雑な気持ちとで、若干ついていけてないのだが……。
「とりあえずはやるだけやってみましょう。
卒業式までにエリオット王子のイベントを回収できるかって事ですよね?」
「そうね。ひとつづつ『フラグ』とやらを回収して、向こうがどう出るかを見る。
まさか卒業式にみんなの前で婚約破棄するとかいう非常識なことは、エリオット王子なら絶対しないと思いますが。
私はエリナとの婚約を白紙に戻して、エステルと結ばれることを望んでるの。
何故ならそれが、『元に戻す』というカタチだと思っているから。
このままエリナとの結婚は、違うと思うわ。」
「そうですね、私もそう思います。
元はエステルと婚約していたんですし。どんな形であれ『婚約破棄』ってキーワードがもしかすると、一番重要なのかも?と思います。
それを起こす事で、何かが変わるような……。」
「『婚約破棄』なら私がされたんじゃないの?これは『悪役令嬢』が『婚約破棄』されたというストーリー通りにならない?」
「いえ、今の時点だと『候補から外された』ということだわ。『破棄』ではないのでなんの影響も出てなさそう。」
『ガクッ』と頬についた手が外れる。
頬杖をつき直し、息を吐く。
「ということは、『フラグ回収』とは、重要となるキーワードを行動しながら集めていけばいいってことだね?」
リオンが少し復活したのか会話に参加する。
コーディはにっこりと微笑み頷いた。
「今現在エリナにヒロイン通りの行動をさせてないという事は、逆にいうとそれしたら困るって事なんじゃないかと思うのよ。
だからその通りの行動を私たちがしていることを知れば、絶対何か接触してくるはずよ?」
「……それは危険なのでは?」
ビクターがぼそりと呟いた。
「そうね、危険かも知れない。でもこのまま何もしないで待つだけじゃ、あっという間に私たちは終わってしまうんじゃないかしら。
もう散々危険な状況は変わらないわ。
だったら足掻くしかないのよ……。」
「私もコーディの意見に賛成です。色々本を読んできたけど、決め手となることは書かれてなかった。
今現在エーコの目的を探るためにも、エーコが望む逆のことをやってみることで、出方や懐に飛び込むチャンスが出てくるんじゃないかと思います。」
「今は警戒されてエリナを遠ざけられている以上、範囲内に入ることもできないわ。
ともかく目的を探ることと、範囲内に入れれば姿交換の魔法を解く方法もわかるのかも。」
リオンが顎に手を当てて考え込んだ。
「……なるほど。危険だと思うけど、慎重に全員で気を張ってれば最悪なことは避けれるかもだし、やってみる価値はあるかも。」
リオンはそういうと顔を上げた。
「……だがなぁ……。」
ビクターは顔をしかめて頭をかく。
「……範囲内に入れば、こっちが確実に不利だぞ?剣の試合でもそうだ。相手の範囲に攻め込めばその分こっちはほとんど無防備になる。その時の対処は考えてんのか?」
「……そこは考えてから行動しよう。そういうとこはビクターが詳しいでしょ?頼んでいいかな?」
リオンがビクターを見つめる。
ビクターは頭をかく手を止め、リオンを見た。
そしてため息をつくと。
「わかった。範囲内に入ってからの対処は自分が考える。
要は頭脳はリオンで行動が俺ってことだろ?」
ビクターが強い眼差しでリオンを見て、頷いた。
リオンは嬉しそうに笑い、頷き返した。
コーディとマギーは私のヒロインにとっての立ち回りを計画中で。
2グループに分かれて各自会議中である。
……私はというと。
ちょっと蚊帳の外感を出しながら、この人達の連携は凄いものがあるなぁと感心し、1人余裕な感じでお茶を飲むのであった。




