第7話 お茶会と王子たち。
お茶会当日。
ものすごーく行きたくないので、ものすごーくスロウスピードで支度していた。
胸や腰のリボンを結ばれた端から、ほどいてみたり。
自分でやると駄々をこねて、ネジってみたり。
あんまりやると侍女いじめになりそうなので、3回でやめといたけど。
「今日は前髪どうされますか?」
「勿論、すだれ状のままで。」
「えぇ〜、王子に会うのに〜」
エルが残念そうに言う。
いいんだよどうせ顔なんて見てないだろうから。
むしろ覚えられてない方が後々簡単にフェイドアウトできそうだし。
いつもと然程変わらぬ格好で支度を終え、尚もノロノロと靴を脱いだり履いたりを繰り返していると、時間に焦った城のお迎えの人に、あっという間に馬車に放り込まれるのであった。
あー、なんか背後からドナドナが聞こえた気がする……。
城についてからサロンに通されて、第1が来るまで頬杖ついて待ってる。
オプションで指トントンもつけることも可能。
後ろの方にお付きの侍女が何人も控えていたが、マナーとか全くやる気がない。
あの候補の人マナーがなってないって、噂してくれて良いからね☆
5分10分と時間が進むが、一向に第1が来る気配もない。
来いと言っといて、待たせるとはどう言うことだ。
座りっぱなしでお尻が痛くなったので、少し部屋の中を歩こうかと席を立つと、後ろに控えてた人もガタガタと動き出す。
いや、お気になさらず……。
思わずえへらと愛想笑い。
というか、ん?待てよ、これは。
もしや私の到着を伝えられてない……?
いや、報告はしたが忙しくて忘れられたか、もしかして。
口元が綻ぶのがわかる。
これは、チャンスなのでは。
例えば第一と私の婚約をよく思わない人がいるとしよう。
その人の機転で連絡伝達を怠ったとしたら?
私はこのまま待ちぼうけさえしとけば、第1に会うことなく帰る理由もできると。
しかもだ。
破棄に一歩近づく理由もできると言う寸法。
だって呼び出されてきたのに姿を現さない方が悪いよね!?
なんていい人!是非お礼が言いたいから名乗って欲しい。
ますます口元がニヤニヤ緩みっぱなしになる。
待たされて不気味に笑う6歳児に、後ろの侍女たちが怪訝そうな顔をしていた。
どれぐらい待てばいいのだろう。
1時間?2時間?
そんだけ待てばいいかなあ。
あ、本とかないだろうか?
それさえあれば4時間でも5時間でもいくらでも待つことはできる。
あとはすっぽかされたことを悲劇の少女チックに泣きながら帰れば問題ない。
……完璧だ。
フフフ……。
思わず笑みが口から溢れる。
悲しい顔をしないといけないのに、顔は緩みっぱなし。
ダメよ!まだ喜んでは!
お家に帰るまでが遠足よ!!
気合いを入れる為に、両手で軽く頬をパチンと叩く。
それでも緩む、素直な顔。
くぅー!
「ねえねえ、何を百面相をしてるの?」
ニヤニヤ笑いながら部屋の中をウロウロしている私の背後に、突然現れた。
聞き覚えある声。
すごくやな予感がして、振り返る。
ニコニコ顔のアイツ。
「ねえ、どうしたの?」
そこに居たのは、第2だ……。
テーブルを挟んで向かい合って座らされた。
私はやや斜めに腰かけ、目線を一切合わせないように。
ヤツはニコニコ笑って前のめりで私の方を見ている。
沈黙に耐えられなくなったのは、私の方。
視線を合わせず、口を開いた。
「あの、なにか?」
「何かとは?」
「今日はエリオット殿下にご招待いただいてやってきました。何故セドリック殿下がここに…」
「ん?エリオットならお庭で1人で待ってるよ」
小首を傾げて、ニッコリ。
は?
あっちも待ちぼうけ?
「ど、どう言うことでしょうか?」
「だってここに通すように言ったのも、到着を伝えないでって命令したのも僕だから。」
お前かーーーー!!!
危うく口から出るとこだった、ツッコミ。
『なんていい人!お礼言いたいぐらい!』なんて気持ちは一瞬で消え失せる。
危うく舌打ちで悪態吐くところだった。
ハッ!待って。
これって招待されたのにすっぽかしてるのは私の方になるのでは!?
立場が逆転したことに気がつき、慌てて席を立つ。
「庭まで案内してください」
後ろにいた侍女に声をかけるが。
「ダメだよ。僕とお話しした後じゃないと、ここから出られない」
KA☆N☆KI☆Nだとぅ!?
脳裏に浮かぶ言葉。
何言ってんのこの王子!
すごい形相で第2を睨みあげる。
すだれ前髪越しだが、私の目力にびくりとする。
とりあえず、落ち着け私。
考えるより、感じるんだ!
コイツに弱みだけは見せてはダメだと、私の中の何かが言ってる。
息を深く吐き、もう一度第2の方を見る。
「何故このようなことをなさるのですか?」
「そんなの面白いからだよ」
何言っちゃってんの的な表情で肩をすくめる。
お前が何言っちゃってんのだわ!!
再び言葉を飲み込み、冷静に聞き返す。
「……面白いとは?」
「どっちも待ちぼうけしてるところがだよ。
兄上はすっぽかされたと傷つくだろうし、あなたもわざわざ呼ばれたのに待ち人来らずで傷つくでしょ?」
第2はまた、満面の顔で笑う。
あ、ヤバイ。
これ話通じないやつだ。
第2が言ってる言葉が明後日すぎて、早々に考えることを諦める。
「そうですか」
それだけ言ってニコリと笑いかえす。
私の反応にキョトンと目を見開いた。
「ねぇ、それは怒ってるんでしょ?」
「はぁ」
「怒ってるのに何故笑うの?」
「はぁ」
「ねぇ、質問に答えないとここからでれないんだよ?」
「そうですか」
目を合わさず、ずっとテーブルの上にある一口も手を付けてないカップを見つめてる私。
第二はその態度にイライラしたのか、私がさっきつけようか迷っていたやつ。
オプションの指トントンをし始める。
「ねぇ」
「何でしょうか」
「だから、さっきから聞いてるんだけど!」
「はぁ」
イライラが我慢できなくなったのか、笑顔が消え席を立ち上がろうとする。
「ちょっとよろしいでしょうか」
片手を上げて『ハイ先生』のポーズ。
さっきとは違う反応に期待したのか、また席に座りなおす第2。
「なに?」
顔に笑顔が戻る。
「喋る前にここにサインしてください。」
ゴゾゴゾとポケットから小さく折られた何も書かれてない紙とペンを出す。
「は?サイン?」
私は頷く。
「私はマナー不十分の子供です。
セドリック殿下にとって私が喋る言葉がもしかすると不敬に当たる場合があるかもしれないので、怖くてうまく喋れません。
どうしても私への問いの返事が聞きたいのであれば、私が何を言っても不問にするとサイン付きで書いてください。」
後ろに控えている人たちもザワザワしだす。
さあどうする。
『私はどっちでも構わないんですけどー』なんて言いながら指で髪の毛をクリクリしながら、戸惑う仕草を見せる。
第2は静かに考え込んでいたが、ニヤリと笑う。
「いいよ、書く。書いたら質問に答えてくれるんだよね?」
「ええ、何を言っても不問にすると言う誓約があるなら、私の考えを怖がらずお話しできると思います。」
ひかえめに笑顔をつくる。
紙にサインを書くリスクより、私が何を言うのかの好奇心が勝ったらしい。
かかったな!ばーかーめー!!
あ、タヌキの化かし合い会場は、ここですか?みたいな。
これが就学前の子供の対決なのかと、侍女たちが震え上がる。
「あ、あと後ろに控えた方々も私が話す内容を他言無用でお願いいたします。」
「ああ、いいよ。君たち下がって。」
「ですが、あの……」
侍女の1人が呟くが、第2の迫力ある笑顔に押され、渋々退席した。
「さあ、書いたよ。」
私に紙とペンを放って返す。
紙に書かれた内容を丁寧に読み直しながら「で、質問は何でしたかしら」とトボけた。
「あなたは今、怒っているのに何故笑うか」
第2はテーブルに肘をつき、両手を重ねて顎の下で組んだ。
その様子を見て、私は立ち上がり低いトーンで言った。
「ああ、そんなことでしたっけ。
…怒ってるかだって?
私に今ある感情は、あなたへの怒りではなく、軽蔑してるから笑ったのです。」
私の答えが予想外だったのか、目を見開き固まる第2。
その顔を見つめながら、静かにドアの方へ近付くのを悟られないように、私は続ける。
「どんな理由があったとしても面白いだけの理由で人を振り回し、貶めるあなたを私は軽蔑します。
他に何も楽しみがないのですね。まるで空っぽな人形のよう。生きる楽しみがないなんて、本当に可哀想な人。」
通り過ぎる時にまたチラリと第2の顔を見たが、こないだ廊下で会った時よりひどい顔で固まっている。
よし今の内だ。
そっとドアから出ようとする。
「どこが空っぽなんだよ、僕の!」
後ろから悔しそうな声が響く。
「何処がですって?」
「そうだ、僕の何処が!」
「人をからかう以外面白いことがないなんて、空っぽな証拠でしょ。
自分で好きなこと探して見つけて行動すると、もっといろんな刺激を受けて面白いことがあるのに。
最初はみんな真っさらで空っぽなのです。いろんな体験や刺激を受けて人は満ち足りていくってお父様が言ってたわ。自分から何も動かないで高いところから見てるだけじゃ、何処からも吸収できないから。
逆にあなたは何で自分が埋まっていたと思ったの?」
ドアの前でしばらく返事を待ったけど、第2からの返事は無かった。
私は振り返らず、そっと扉を閉めた。
廊下で控えてた侍女が心配そうに私を見た。
「すみませんが、第一王子殿下に連絡を……時間通りに来てたことを重ねてお伝え願えますか…」
藁に縋る思いで、侍女に詰め寄る。
廊下に飾っている大きな柱時計を見ると、もう40分も拘束されていた。
第1にすっぽかしで不敬罪で訴えられる前に取り繕わねば。
侍女の手を取り『オネガイシマスオネガイシマス』と青い顔で怨念のようにつぶやいていると、遠くの方から何か集団が走ってくる姿が見える。
「エステル嬢……!」
執事長と先程控えてた侍女の1人と騎士数人を連れた、大行列の第1が息を切らしやってきた。
侍女様、機転を聞かせて呼びに行ってくれたんですね……!
まじ神…!
「どうやらうちの弟が……すまない……」
肩で息をしながら私に頭を下げた。
「いえ、それは良いのですが……私すっぽかしておりませんので、それだけは……」
事情は知ってそうだけど、とりあえず念のため。
「ああ、それもセドリックが…すまない……」
察してくれたのか、斜め下を向いて何とも言えない顔をしている。
「すみませんが疲れたので、今日はこれでお暇させてください。」
「ああ、勿論だ。こちらの不手際があったせいで、本当に申し訳ない」
第1は深々と私に頭を下げる。
「あ、そのまえに」
帰るまえにひとつ、証人になってもらっとかねば。
ゴソゴソと先程しまい込んだ紙を出して、第1の前に広げる。
「エリオット殿下こちらをご確認ください。」
「えっと、これは……?」
「取り敢えず、後でごちゃごちゃ因縁つけられたくないので、目だけでも通して欲しいのです」
願わくば、あなたも連盟で署名してくれても構わないのだが。
悪い笑みがこぼれそうになるが、我慢ガマン!
出された紙をそっと受け取り、読み始める第1。
そしてこっちもすごい顔して固まる。
「こ、これは。どうやってあのセドリックが書いたのだ?まさか、セドリックがこんなこと承認するとは……」
『アノ』とか言っちゃうところが、ヤツの普段の素行がわかるという。
「サインは本物ですよね?間違い無いですよね?」
「あ、ああ。間違いなく本人のものだ。だがこれは……」
奪われる前にサッと取り返し、またポケットにグリグリしまいなおす。
「あ、お兄さんなんですから、弟の手綱はシッカリと握っておいてくださいね。それでは、お邪魔しました!」
私は捨て台詞のようなものを残し、早足でその場を駆け抜けた。
第2の悪口言ったし、意識を取り戻したらまた監禁されるかもしれないからな。
後ろの方で第1が困惑しつつ『また後日改めて…』なんて言ってたが、聞こえてないふりをした。
あの城危険。
二度と行きたくない。
なんて思ってみたが……。
強制お茶会は定期的にキッチリ律儀に、ひと月に一回開催された。
あれから第2が私に絡んでくることはなかったが、第1との会話もそれ程弾むこともなく。
そんな苦行のお茶会が4年も続いたのだった。