第46話 我々、戦場に出向く。
「はぁ?セドリックに突き飛ばされた?」
リュカ・ターナーは自分は暴力を振るっておらず、一方的にセドリックに突き飛ばされたと証言したらしい。
だから受け身も取れず、顎から落ちたと。
顎を3針縫う怪我をした。
顎から落ちたので、脳がブレイクしてしまったらしく記憶が曖昧で……なんて自分が不利になることは思い出せず、セドリックに関してはつらつらと証言する。
呆れて物が言えないとはまさにこの事で。
「頭が悪すぎなんだろうか?」
思わず思ったことが口から溢れる。
兄はニッコリと微笑みながらお茶を優雅に飲んでいた。
「エステルはどう思う?」
私はさっきの誰でもわかる推理を述る。
そして。
「うちの屋敷はお客様がいるとこには必ず従者か侍女がいます。誰かしら何かを見ているだろうから、どちらが正しいなんてすぐに証言できると思いますが。」
と、まるで推理の得意な探偵の様な口ぶりで付け加える。
兄はますますキラキラした微笑みで私を見つめ。
「さすがエステルだね。その通り!誰かしら見ているのでセドリック殿下の無実は証明されるだろうが。」
兄は『が』で止まった。
えぇ、こじ付けにまたなんか言ってるのだろうか?
思わず不安が顔にでる。
「……侍女など自分の家のものをかばって嘘をつくもんだろうと。……そう言うんだよねぇ。」
兄の笑顔がどんどんと陰りが見えてくる。
また背後から見えないドライアイスが炊かれている様な。
「お、お兄様?」
兄はテーブルに肘をつけ、両手を組んで顎をのせている。
まるでどこぞの司令官の様なポーズで。
ここからだと表情は見えないが、絶対怒っている気がする。
……だって、冷気が!
「……でもコーディ兄は自白しましたよね?あの時……」
「うん、副会長も流石に会長の無理やりすぎる主張に青ざめていたけどね。」
「なぜリュカ・ターナーはそこまでセドリックのせいにするのでしょうか?そもそも王子に手をあげたとなれば、ターナー家が傷害か暴行で裁かれますよね?」
あ、そうなったらwin-winな結果になるのでは。
思わず顔がニヤリと笑う。
「王子と知らなかったから手を出したのだろうけど、いざ王子とわかっちゃったから自分の暴行罪は認めるわけにいかなくなったんじゃないかな?ましてやうちで起きた事件だし、王子が一方的に手を出したのであれば何方からも賠償金が請求できるしね。」
「うちからもですか?」
「そうそう。もう名誉とか言ってる場合じゃないんじゃないかな?嘘をつき通さなければ、家を潰されるレベルの話だからね。」
「ぜひ潰されたらいいのに。」
「でも今生徒会長にいなくなられると困るんだよね。会長が罪に問われたら、副会長も共謀罪で問われることになるだろう?」
私は全然それで願ったり叶ったりなのだが。
生徒会長に副会長がいなくなった生徒会は目まぐるしく忙しくなり、それが3人の負担となるのを懸念しているのだろう……。
頭が痛そうに額に手を当てた。
「……どうするのですか?」
兄に近寄り、心配そうに顔を覗き込む。
私の顔を見て頭をポンポンと撫でながら兄は笑顔で私を見た。
「そりゃ、悪は成敗するよ。これはうやむやにしては置けないからね…。というか、自分たちでしでかした事だから、責任もって償ってもらわなきゃだね……。」
兄は私を撫でながら遠くを見据えた。
「というかもう僕らだけで解決出来ないから、お父様とお祖父様に話は通したよ。いきなり賠償請求されたらビックリだからね。」
そういうと兄はまた司令官のポーズに戻り、『あぁ文化祭の予算案まだ作ってもないだろうから、アレとコレとアレをやって、コレをあーやって削減して…』と、長い呪文を呟き始めたのだった。
……いなくなること考えて見通し立ててるな、こりゃ。
私はそっと兄の部屋の扉を閉めた。
お祖父様にも報告されたということは、とても大ごとになる予感。
セドリックものんびりうちに滞在とかできなくなりそうだ。
私もブツブツと考えを巡らせながら自分の部屋へと戻った。
流石に事件が大きくなったため、生徒会メンバーは各自、自分の家に帰っていった様だ。
やっとホッとする我が家となった。
次の日。
私の部屋にて昨日兄から聞いた話をみんなにも報告する。
セドリックには辛い話かもと思ったが、本人大あくびで私のソファーを一人で陣取って、クラウドと転がっている。
最近この2匹、仲がいい。
波長が合うのだろうか?
全くマイペースな猫とアライグマだ…。
私の説明がひと通り終わる。
「……そんな、ひどい……!」
マギーが青ざめた顔でコーディに寄り添った。
コーディもひどく申し訳なさそうな表情で私を見た。
「あとはお祖父様とお父様に任せるよ。とは言っても城からの証言とか事情聴取は私たちもありそうだけど……。」
「……エステルごめんなさい……。」
「コーディ、謝らないで。私が勝手に首突っ込んでしまってごめんなさい……。」
「いずれ起きる問題だったのです。ましてや王子に手をあげるなどと、そこまで愚かだったとは思わなかったわ……。」
コーディは首を傾げ、手を頬に乗せる。
「自ら身を滅ぼした様だね……」
リオンが首をすくめた。
「だがここからが大変そうだな……」
ビクターも大きく息を吐きながら、首をすくめる。
「どのみちターナー家は罪が明るみに出ると、お家の存続の危機だから婚約は破棄されるかな?……でもコーディのお兄さんが、共謀罪になるとフランチェス家はどうなるんだろうか?」
リオンが思わずコーディの顔を見てハッとする。
「リオン、いいのです。ちゃんとハッキリ意見してくれた方が私は嬉しいわ。」
リオンに力なく笑いかけ、コーディがリオンの手を取った。
「みんなが私の事なのに、色々考えてくれて嬉しい……。」
コーディの目に涙がうっすら光っていた。
私は思わず抱きしめる。
マギーも一緒に団子の様にコーディを抱きしめた。
「どんな事があっても私たちは味方だよ。何があっても助けるから……。」
「……ありがとう。」
「……というかエステルの周りって事件が起きすぎだよね?」
ソファーでゴロゴロしている猫がいい雰囲気なところをブッ込んできた。
「……事件起こした張本人がいう言葉じゃないから!……人をトラブルメーカーみたいに!!」
お前が起こしたトラブルじゃーい!!
思わずセドリックに掴みかかろうとしたところを止められる。
……命拾いしたな。
みんなに感謝しろよ!
「……今後はどうなるんだろう?」
マギーが不安そうな顔でそう言った。
「明日お祖父様とお父様とお兄様が城に出向く様だね。セドリックも一旦一緒に城に戻らないとだよ。明日ターナー家とフランチェス家も呼ばれている様だし。
その結果次第で私たちも登城しなきゃだね……。」
「はぁ?エステル行かないなら僕も行かなーい!」
「アホか!張本人だろう!行かなくてどうする……」
「エステルが来ないと行かなーい!」
「……はぁ!?」
言葉を失う私に、リオンが肩を叩く。
「……いってらっしゃい。」
笑顔で言った。
……なんで、私が……。
今日一番疲れた顔でみんなを見る。
みんな各自で『ご愁傷様』『頑張って』『応援してるよ影ながら』と口々に呟いた。
……人身御供!!!
結果、みんなで行くことになりました!
わーいわーい。
大人数での移動。
馬車は女子と男子で別れて2台。
うちの家族とお祖父様専用馬車で、合計4台の移動となった。
久しぶりの王都に懐かしささえ感じる。
馬車が城へ向かう途中、小高い場所に立っている学園の校舎が遠くに見えた。
まだ夏休みは残っているのに、何ヶ月も学園を留守にした気分。
……私の夏休み、濃すぎ!!
馬車の窓から外を眺め、ハァと息を吐く。
今の沈んだ気持ちを吐き出す様に。
ゴトゴト揺られて馬車はお城の門をくぐる。
大人から順番に降りるのを待って、私達も馬車から降りる。
入り口にエリオットが立っていた。
私を見つけると、眉を寄せ、心配そうに走り寄ってきた。
「……エステル!」
「そんな顔しないで。大丈夫よ、セドリックは無実。」
「……キミは無事か?」
「私?……私は元気だけど……?」
「……そうか、なら安心した。」
エリオットは眉を寄せたまま微笑んだ。
……眉が寄ってるので、ちょっと怖い。
「エステルの前に僕の心配でしょ?」
「……セドリック……!」
エリオットはセドリックを見つめたが、すぐ私の方を向き直し話し始める。
「もう相手はもう広間にいる。みんな大丈夫か?」
「エリオット、僕の心配は!?」
「……顔色もいいし、問題ないと判断した……」
「勝手に!?声ぐらいかけろ!」
セドリックが口を尖らせる。
エリオットはそれを見て『仕方ないなぁ』とため息をついた。
「セドリック大丈夫だったか?」
「何言ってんの?僕がこんな事で弱るはずないでしょ?」
その言葉にエリオットは理不尽を訴える様な表情を浮かべて、深いため息をつくのだった。
「……そういえばエリナはまだ城にいるの?」
「……いや、新しく付いた侍女と一緒に精霊修業に出るとか言って、私がリオンの領地から帰宅した頃にはもういなかった。」
心底ホッとした顔で私に笑いかける。
……その顔はエリナの前でしないであげてね……。
「てか最終確認だけど。」
長い廊下を歩きながら、セドリックが口を開いた。
「フランチェス令嬢、このまま話がうまく通れば、フランチェスの家名もただじゃすまないかもしれないけど、本当にいいの?…ていうか僕が原因だけど……いや、僕のせいではないんだけど……。」
セドリックも少し混乱している様子。
頭をグシャグシャとかきむしる。
その様子を見ていたコーディが『フフ』と笑う。
「殿下は巻き込まれただけですわ。謝らなければならないのは私の方です。私のことはお気になさらず。全て受け入れますわ!」
そういうと少しスッキリした様な笑顔でセドリックを見た。
その笑顔をみて、セドリックも少し笑い、王や王妃が待つ部屋への扉に手をかけた。
重く開く音が響く。
先に進んでいたお祖父様と目が合う。
お祖父様は困った顔をして腕を組んでいた。
「エステル、来たか。さぁここに座るがいい。」
お祖父様が手招きをして、私とセドリックがその横に座る。
「……コーデリア。なぜお前はそこに座ろうとしている!!」
私の後ろの席に座ろうとして、フランチェス伯爵がものすごい怖い顔でコーディを叱咤した。
コーディの体がびくりと硬直する。
「……フランチェス伯爵、この場で声を荒げることは禁止だ。たとえ自分の子であろうとも。フランチェス伯爵令嬢は我が孫の友達としてこちらに座っていただく。」
『よいな』とお祖父様は付け加えた。
流石に英雄騎士によいなと言われたら何もいえない。
黙って従う様にそっぽを向いた。
「皆揃った様だな、では話を始めよう。」
王様が声をかけた。
カチカチと時計の秒針の音が響く大きな部屋に、誰もが無言で息が詰まりそうだ。
ゴクリと唾を飲み込む音さえ響いている気がする。
さぁ、話し合いが始まる。
戦いの火蓋は切られた。




