第45話 うちの兄を敵に回してはいけない。
私たちがサロンに着くと、リュカ・ターナーが床に転がってうめき声をあげていた。
それを見下ろすセドリック。
その横には怯えたクラウドが頭を抱え、丸まっている。
一見すると2時間ドラマでよくある、今事件が起きました的な。
「……何があったの?」
「コイツ、うちのタヌキに酷いことしようとしたんだ。」
……いやお前のじゃない。
ついでに言うとタヌキでもない。
私のアライグマだから!
サマンサ先生の魔法の粉で常時グレイに汚しておりますが、一応聖獣です。
「クラウドなにがあったの?」
私は走り寄ってクラウドを抱きしめた。
クラウドは震え、ゆっくり顔を上げる。
目はウルウルと涙をため、私を見つめて『キュウゥ』と鼻を鳴らした。
よく見ると鼻の上が赤くなり、ハゲができていた。
「え!?鼻どうしたの?」
思わず声が大きくなる。
「アイツがオレを捕まえて害獣は駆除するって言って、オリに入れたんだ……。その時抵抗したから……オレの毛がぁ!!」
……ハゲとかお揃いだね。なんて、あえて言わなかった。
きっと励ましにもならないだろうから。
「どういうことでしょうか、ターナー様。この子は私のペットなのですが、勝手に檻に入れるとか……」
私の喋りかけにうめき声しか出せない豆腐頭2号。
「え?セドリック何したの?」
「僕が止めようとしたら下級生のくせに生意気だって言って殴ろうとしたから、避けたらすっ転んでこけただけ。」
……勢い余って自分で派手に転んで打ち所悪かったやつか……!
呆然と立ち竦んでいると、騒ぎを聞きつけて兄と生徒会の残りのメンバーもやって来た。
「エステル、これは……?」
「おい、ターナー!!しっかりしろ!」
兄と同時に豆腐頭1号が声をあげ、2号に駆け寄った。
「おいこれはどういうことだ?事と次第によってはお前達全員処分の対象だぞ。上級生に手を上げるとは……。
おいお前、名を言え。
我が家名にかけて訴えてやる。
サイラス、お前の家だから従えと言うから、俺は黙っていたが仇になったな……」
理由も知らないのにツラツラとよくもそんなことが言える。
まず誰も手を出していない。
勝手に転んだのだ。
はい、セドリック。
名を言えだとよ。
私はチラリとセドリックを見た。
「……お前らごときに名乗る名はない。」
はい、キッパリー!
さすがセドリック。それでこそセドリック。
「……彼はセドリック殿下だよ。この国の第2王子。…副会長、彼を見たことなかったですか?」
「……なっ!?」
豆腐頭1号が目を細めたりしながらセドリックを見つめる。
「……第2王子がなぜカーライト家にいるんだ?」
兄は笑顔で豆腐頭1号を見る。
「エステルは第1王子の婚約者(候補)なので、セドリック王子とも交流があるようですねぇ。」
お兄様、今小さい声で候補って言いましたね。
きっと小さくて早かったので聞こえてないと思いますが……。
「そんなことより副会長?副会長とあろうお方が理由も聞かず結論出すなんて事、まさかしないですよね?いつも僕たちの声に耳を傾けてくれる冷静な方が、まだ理由も聞いていない状況でまさかそんな……!」
兄は大げさに驚いた顔をする。
そしていつもの天使の笑顔でこう言った。
「ああ、良かった。その顔は今から聞こうとしてくれていたのですよね?流石です!!副会長。
あ、会長はすぐ治療するので運ばせますね。喋れるようになってから会長からも話聞きましょうね?」
そう言ってそこらにいたダイアンさんに笑顔を振りまいて、豆腐を運ばせると言う暴挙に出た。
すげえな。使えるものは王子の御付きの騎士までも使う兄を尊敬する。
下げて上げられた豆腐1号は、兄の口車に乗って『話を聞いてやろう』と言う態度でドカリとソファーに座った。
その横で状況をついて行けてない生徒会の2人がとりあえず座る。
兄はスイスイと真ん中に座り、にっこりと微笑んだ。
「それで何があったのかな?」
対極に私とセドリックが座り、距離をとってリオンやコーディ達が座っている。
「ターナー様がうちのクラウドを害獣だと言って、檻に捕まえて処分しようとしたらしいです。それをセドリックが止めようとしたら、下級生のくせに生意気だと殴られそうになったので、とっさに避けたらターナー氏が勝手にすっ転んだそうです。」
兄の口から長いため息が出る。
それはもうとてもとても長い息。
その息になぜか生徒会メンバーがびくりと肩を震わせた。
もちろん、豆腐も。
「……なるほどぉ。……逆にどういう事なんでしょうねぇ?副会長。」
目が笑っていない笑顔で首がギギギとロボットのように動き、豆腐を見つめる。
豆腐はさっきの勢い何処へやらで、目が泳ぎだす。
「副会長は、何か、知ってますよね?」
言葉を小さく区切る兄、怖い。
夏真っ盛りだと言うのに、だんだん足元から冷気が舞い上がって来る。
ドライアイスでも炊いたような。
モヤモヤも見えない煙が広がっていくような。
「……知ってましたよねぇ?」
再び言葉を繰り返すが、さっきの声のトーンではない。
段々と周りの温度と一緒に声のトーンも下がって来る。
「……お兄様?」
流石に冷蔵庫並みの気温に肩を抱く私の問いに。
「……ちょっとまっててね、エステル。こっちが先なんだ」
と、制された。
「サイラス、魔力が段々と漏れ始めてるぞ……?流石に暴走したりしないよな……?」
書記のマティア氏が兄を止めに入ったが、兄の笑みがそっちに向いたと同時に黙りこくった。
「……やましいことがあるから、僕に話せないんですか?」
聞いたことのない兄の声。
流石の私もビビってセドリックにしがみつく。
セドリックも口を半開きにして、目を見開いてる。
私達以上にビビって小さくなった豆腐がやっと口を開いた。
「……すまない、ペットとは知らなかった。庭でウロウロしてたから……その、勘違いしてたんだな。俺もターナーも……」
「ほぅ、勘違い。」
「……そうだ、庭で俺たちのおやつを食い漁られてな。それで害獣だと思ったんだ。」
……クラウド?
凄い勢いでクラウドを見る。
クラウドは鼻をさすりながら目を合わせようとしない。
おーまーえーはー!!!
思わず遠い目を兄に向ける。
兄はその私の顔で悟ったらしいが。
「うちの躾がなっていなかった様ですね、すみませんでした。ですが、オヤツならいくらでもあったでしょうに。ご存知とは思いますが、うちの庭にいる生き物を害獣だったとしても、家主の許可なく捕獲、駆除なんてしてはいけないですよね?」
『まさか知らないとは言いませんよね?』と怖い笑顔を向ける兄。
豆腐の目は再び泳ぎだしたのだ。
「この国ではアライグマが聖獣のシンボルとなっているのはご存知ですよね?なので野生のアライグマは保護対象となっている。むやみに駆除や捕獲してはならない。法律で決まっていることです。まさか生徒会がそれに違反するとは……」
兄は大げさに頭を抱えた。
さっき付け加えた『処罰の対象になるかもしれない』という言葉がよぎったのか、豆腐が狼狽し始める。
「……サイラスすまなかった。この事は出来れば穏便に…ここだけの話にしてほしい。ターナーにもよく言って聞かせる……。」
「僕に謝られても。このアライグマの飼い主は妹なので。」
兄が私に向かって手のひらを向けた。
女の私に謝るという事はかなりのプライドがアレしてコウするらしく、目を白黒させて狼狽え始める。
「さぁ、副会長?穏便にしたいのですよね?」
兄の笑顔がまた天使に戻る。
キラキラの笑顔で豆腐を見つめる。
「……カーライト嬢、ペットに無礼を働いてすまない。ターナーの代わりに頭を下げる。」
「生意気なことを言わせていただくと、ターナー氏からも直接謝罪をお待ちしておりますとお伝えください。」
私のこの言葉に、一瞬すごい顔で睨んだが、すぐに兄の気配で睨むのをやめた。
「……わかった、伝える。」
そう言って目を逸らした。
「副会長、黙っておく代わりに1個貸しですからね?」
『会長にも副会長にも、必ず返してもらいますよ』と。
兄がそう言って小首を傾げて微笑んだ。
豆腐は小さく『うむ……』と言ってターナー氏を追ってサロンから出て行った。
「……いい加減離して欲しいんだけど?」
セドリックが沈黙を破る。
「は?」
「ずっと腕に爪たてられて痛いから。」
ああ、兄の怖さにずっと掴んでた様だ。
慌てて手を離す。
「ごめんごめん」
私の謝罪を『フン』と鼻息で吹っ飛ばされた。
「……相変わらずサイラスは僕らの勇者みたいなやつだ。」
マティア氏がニヤリと兄に向かってげんこつを差し出す。
兄は嫌そうにそのげんこつを重ねた。
「その呼び方やめてほしんだけど。勇者ってなんなの?」
「暴れ馬2名を上手に操る影の実力者だよ。」
ハロルド氏もげんこつを重ねながら笑った。
「……それって勇者じゃなくて、魔王ポジションじゃない?」
怪訝そうな顔で2人を見つめる兄。
「……あれそうだっけ?」
マティア氏は兄の背中を叩きながら豪快に笑った。
「それでも僕らにとっては勇者だよ、サイラス。君がいなきゃ生徒会は終わってたしな」
ハロルド氏は目をキラキラさせながら兄を見ている。
「えーやめてよ。僕何もしてないし!」
頬を膨らます様にプンと外を向く兄。
……あざと可愛い。
まぁきっと豆腐のせいで彼らが苦しんでいたのかなということだけはわかった。
あと、兄が影の実力者だということも。
お兄様私の知らないとこで、知らない顔があるのね……。
ちょっと寂しい。
みんながやれやれとサロンに腰をつけ、お茶でもいただこうと、なだらかな時を迎えようとしていた。
実はこの話はここで終わらなかった。
次の勃発は豆腐2号が治療を受け、目を覚ますところから始まる。
めんどくさいことに、まだまだ問題が起こりそうなのだが……。
ただ一つ私の知らないところで、コーディの気持ちが少し変わっていたことに私はまだ気がついてなかった。
頬を赤く染め、それを隠す様に両手で顔を覆い、後ろ姿を見つめている。
まだ誰にも気がつかれない様に。
ソッと手で隠していた。




