第42話 コーディの婚約者
次の日。
朝も早くから生徒会メンバーは乗馬をしに出かけていった。
うちの領地に結構有名な長距離の乗馬のコースがあるのだが、それをどうやら楽しみできた様子。
バタバタと賑やかに出かけていったので、私は騒音で目が覚めてしまって、不機嫌だった。
食堂で朝食をとっていると、リオンとセドリックが眠そうに起きてきた。
あ、君たちも起こされたんだね……。
思わずウンウンと悟ったように頷くのだった。
「あいつらマジでうるさいんだけど!?」
セドリックが憤慨している。
「確かに賑やかだったね!」
リオンがそう言うと、置いてある新聞を一つ手にとった。
「リオンの行動がとても10歳に見えない……」
思わず口に出してしまった。
「え、どう言うこと?」
「朝一で新聞チェックなんて子供のすることじゃない!」
思わず吹き出してしまう。
「そう?うちではみんなこんな感じだよ。情報は朝食の時に詰め込まないと、時間は有意義に使うべきだからね」
……さすが宰相一家。
朝食時にみんなで新聞読んでる姿を想像して笑みがこぼれる。
前世だと、朝はトイレの奪い合いとあったけど、新聞取り合いしてるんだろうか?
それとも人数分の新聞があるのだろうか。
そんな想像してまた一人で笑う。
私もリリアもお母様だって、新聞なんて手に取ることもないかも……。
ちょっと反省。
「コーディたちは何時ぐらいに着く予定?」
カップを口に運びながらリオンが話す。
目は新聞を捉えたまま。
「多分お昼前には着くみたい。マギーもビクターも一緒に来るって書いてた!」
「やっとみんな揃うね」
リオンが私に笑いかける。
「……セドリックがいることにまずみんな驚くわね……」
苦笑いで返した。
そんなセドリックはキョトンとした顔して首を傾げた。
うちにずっといるので、遊び呆けて髪を整える暇もないセドリックの前髪は、昔の私並みに長くなっている。
後ろ髪なんて結えるぐらいあるんじゃないだろうか。
思わず無言で髪に触れる。
ジッとされるがままで見つめるセドリック。
こう見ると人間というより、クラウド寄りな感じが……。
やっぱり猫みたい。
ペットでも撫でる様に横に流れた髪を耳にかける。
少しくせ毛なゆるいウエーブが伸びた髪をいい感じな髪型に見せているのも、ムカつくわ。
ギュッと後ろ髪を引っ張って、私の持ってたクラウドとお揃いのリボンで、プチポニーテールを作ってやりました。
こう見ると女の子にも見えないこともない。
メイクもしてみたい欲を我慢する。
次はサイドを編み込みでもしようと。
満足そうな私の顔に、満足そうに微笑むセドリック。
自分がリボンつけられてるの、わかってるのかしら……。
「お嬢様、お客様がお着きになられました。」
エルがサロンに顔を出した。
その後ろからコーディとマギーが歩いてくる。
私に気付くと走り寄ってきた。
「エステル……!会いたかったわ」
「私も……!」
2週間位しか離れてなかったのだが、まるで何年も会えなかった家族のような抱擁をする。
3人でギューっとしてる間に、ビクターがスイスイとリオンの横へ腰掛けていた。
「ビクターようこそ。ゆっくりしてくださいね。」
私の挨拶に『よお!』と片手を上げるのみ。
相変わらずな奴である。
セドリックの背後に自分の兄がいることに気がついたビクターは、なぜかダイアンさんに軽く膝カックンをして怒られていた。
「ビクター!ちゃんと挨拶してください。」
マギーの注意が入ると『しまった!』と言う顔をして、私にお辞儀した。
「久しぶり!エステル。しばらく世話になる。」
……教育されていた。
流石のダイアンさんもびっくり顔。
何度も自分の弟とマギーを見比べる。
マギーは満足そうな顔をビクターに向け、ビクターも『上手くできただろ?』と言わんばかりにマギーに微笑んでいた。
……おやおやおや?
私の顔がニヤニヤとマギーを見る。
コーディもつられてニヤニヤである。
肘でマギーを『このこのっ』と突いてみたら、マギーは茹でたタコのように真っ赤になった。
「あとで聞かせてよ?」
なんて冷やかしてみたり。
マギーは真っ赤になりながら、両手をブンブンと振っている。
「なにもないんです!本当です!」
あー可愛い!
マギー可愛い!
ビクターにあげるの勿体無いわ。
「……あら?エステル……あれは、何?」
コーディが手のひらをセドリックに向ける。
「コーディにも見えてしまったか……。あれは、うちに住み着いている悪戯好きの猫です」
「……私にはどっかの第2王子に見えるわね」
「……まさかぁ!どっかの第2王子なんかいるわけないじゃない、うちに。」
「……そうよね?…見間違いならいいんだけど、こっち見てずっと腹黒い笑いを浮かべているわよ?」
「……」
言われて振り向くと、すぐ背後で不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「僕すごい言われようなんだけど?」
ガッと拳骨が眉間に食い込む!
「いたたたた!!梅干しやるのやめろ!」
チョップでセドリックの腕を振り払った。
「エステル逃げるのだんだん上手くなったね!」
「……それは褒められても嬉しくない…」
目を細め、コーディの後ろへ隠れた。
暴力反対!!
「お久しぶりですわ、殿下。お兄様の婚約者にお戯れをなさいませんよう……」
そう言うと扇子を広げ、にっこりと微笑む。
「フランチェス、それは婚約者から格下げされたの知らなかったの?」
「知ってますわ」
「婚約者から格下げで僕のおもちゃになったんだよ?」
「全くその冗談は笑えませんわね?」
そう言いながウフフと笑みを浮かべる。
それにつられるようにセドリックがアハハと笑った。
……セドリックに互角に言い合えるのはあなたぐらいじゃないかな……。
思わずコーディを尊敬する瞳で見つめる。
「とりあえず女子は積もる話もあるだろうし、僕らは庭でも探索させてもらうよ。行こう、ビクター、セドリック殿下。」
気を利かせてくれたリオンが、二人を連れて庭の方へ歩いて行った。
できる男は違う!
さすがリオン!!
「……リオンはちょっと見ないうちに憑き物が取れたようね……」
コーディが目を細めて笑った。
「あなたたちが来るまでに色々あったのよ……ね、全部聞いて。長くなるけど……!」
私は二人の肩に手を回す。
「ちょっと、歩きにくいわよ、エステル」
「なんだか楽しそうですねぇ!お話、久しぶりでワクワクします!」
マギーもコーディも嬉しそうに微笑んだ。
私たちは夕飯の時間も忘れ、長きに渡りお互いの近況を話した。
私の部屋に3人分の食事が手付かずで放置されている。
そろそろ冷めてしまいそうだ。
私は突然来たセドリックの理由と彼とのやり取り、突然呼ばれて行ったリオンのお姉さんの事件やクリント君のことを話す。
マギーは大きく頷きながら、目を輝かせて私の話にのめり込んだ。
「なかなか充実した日を送ってらっしゃったのね……!」
拳を胸元で可愛く振ってるマギー。
コーディも手の甲に顎を乗せて考えていた。
「それでマギーはどうなの?ずっとビクターと一緒だったんでしょ?」
マギーは顔を赤くして俯いた。
と言うかあの次男はずっとマギーの家にいていいのだろうか?
自宅に帰れない理由でもあったんだろうか。
と言うかビクターの兄の顔は最近ずっと見ていたけど。
どっちもあまり家には帰れないと、グレイス家は寂しくないんだろうか?
「ビクターは実は私の家がある地方に剣の修行に来ていたのです。うちから通う方が近かったので、うちにずっと滞在してもらっていただけですの……。」
両手をパタパタと赤い顔を冷ますように仰いでいた。
「……へぇ?」
悪い顔である。
自分でもわかる。
この二人の進展を気にして、しょうがない私。
コーディもそんな私を見て溜息を吐く。
「もぉ、エステルは。そんなにからかうとマギーが泣いてしまうわよ」
「いっけなーい☆」
ワザとらしくペロリと舌を出した。
「……でも実際のとこ、マギーはビクターのことどう思っているの?」
さっきより真っ赤になりながら俯くマギー。
「それは……お慕いしております……!」
そう言うと両手で顔を隠してしまった。
……なにこの少女は!クッソ可愛い!!
デレデレとだらしない顔でマギーを見つめているとコーディに怒られてしまった。
「それよりエステルは、エリオット殿下とどうなったのです?」
「……どうもなってないけど?」
『はぁ。』
海よりも深い息が吐かれた気がする。
「私の事よりコーディは?」
「……私?」
「て言うか……お兄さんとターナー氏がいらしておられますが……大丈夫なの?」
状況のわかってないマギーは『え?え?』と私とコーディの顔を見比べる。
「……兄は失礼なこと言わなかったかしら……」
コーディは困ったように、左手を頬に添える。
「オブラートと率直ならどっちがいい?」
「……いつもの方で。」
「どっちも敵認定。」
「……あぁ、やはりね……」
そのまま首を傾けてまた深い息を吐いた。
「二人に黙っていたことがあるの。聞いてくださる?」
マギーは大きく何度も頷く。
私も頷いてコーディを見る。
「私、今の生徒会副会長と血縁……、兄なのだけど。そのサポートしてる会長のリュカ・ターナーと幼き時から婚約をしているのです。もちろん望んで婚約したわけではなく、親同士のつながりでね。
うちの家系は昔からターナー侯爵家に尽くすようになっていて、男ならサポートを、女なら結婚をし支えると言う決まりがあるのよ。
ターナーもフランチェスも考え方が鎖国でね……」
「男尊女卑ね……。」
思わず私が口を出す。
コーディは『そう!』と頷いた。
「昔からそうなのよ、女は黙って男についていく。意見はするな。……本当に馬鹿馬鹿しいわよね。……私本当は結婚なんかしたくない。エステルと一緒に進学したいの。でもきっとそれを許してもらえない……」
頭を抱える様にコーディは俯いてしまった。
泣いてる様にも見えるが、私は見ないふりをする。
「家族に味方はいないの?」
コーディは首を振る。
「母はそんな踏ん反り返ってる父には逆らえないし、父も横暴に暮らしているから。
それを見て育った兄もその通りそっくりに育ったわ。
もう勉強を続けることができるなら、勘当されて平民になってもいいわ……」
コーディほど優秀な人ならきっと、平民になっても自分で功績を作り、それなりの地位に上り詰められるだろう。
「どうすれば婚約破棄できるんだろう?」
「……エステル?」
「……エリナに頼んで誘惑してもらおうか?」
思わずコーディとマギーが吹き出した。
いや、結構真面目に言ったつもりなんだけど?
「ターナーにエリナは合わないわよ。……あんな横暴な人、エリナでも敬遠しそうだわ。」
「そうだよね、エリナああいう感じの言う人ダメそう……!」
マギーがクスクスと笑う。
それを見てコーディにも笑顔が戻る。
「なんとか穏便にコーディが嫌われる方法ないかな?」
「そんな都合よい話があるわけがないわよ……」
「私思ったんだけどさ。ターナー氏、別に好きな人できたらいいのにね?」
思わずノートを掴んで前に出す。
「エリナがヒントをくれた、このノートの話じゃないけど。ターナー氏がコーディ以外に興味を持って婚約破棄してもらえばいいんじゃないかな?」
「……そしたらすぐ次を探されるだけよ……。私は嫁ぐという政略道具だから。」
「じゃあ、逆にコーディがターナー以上の人と不貞を働くと言うのは……?」
「……それだと勘当された挙句、私の婚期は永遠に遅れそうね……!」
「……それはダメだわ……」
私ならいいけどコーディには幸せな結婚をしてもらいたいのです。
お母さんはそう思っているの!!
……誰がお母さんやねーん!
と、自前ツッコミ。
「……でもそれ、良いわね。ターナーと結婚回避出来たら一生嫁に行かなくても良いわ、私。」
コーディが黒く微笑んだ。
待ってあなたも私と一緒でのんびり引きこもり生活希望なの!?
目がキラキラさせて、コーディの手を取る。
『あら、あなたも?』
『私もなのよ』
なんて、目で会話。
マギーは呆れながら苦笑いをした。
とりあえず私たちは遅くまで、と言うか眠くて倒れるまで。
コーディ結婚回避作戦の案をずっと議論し続けていたのだった。




