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第37話 クリントくんの事情

「とりあえず、中に入ってもらいましょうよ、お父様」


1人の女性が子供の手を引いて宰相の後ろに立っていた。


「あ、ああ。そうだった。」


「姉さん」


グレイス家は宰相譲りの黒髪が遺伝なのだろうか。

リオンのお姉さんも、綺麗な黒髪をしていた。

瞳だけは綺麗なブルーをしている。


「お招きありがとうございます、エステル・カーライトと申します。」


私はスカートの裾を持ち、挨拶をした。


「まあまあ!あなたが噂の!」


『……噂の?』


思わずリオンを見るが、ササっと目をそらされてしまう。

……おい、リオン?

後でどういうことか顔貸そうぜ……。


目を見開き、リオンに念を送る私。

リオンは悪寒を感じたのか、ソッと自分の肩を抱き、震えた。


「ふふふ、よくきてくださいました、皆様。さぁどうぞこちらへ。」


リオンのお姉さんの案内で、みんなでゾロゾロと中に移動。

宰相は頭を抱えて警備が!税金が!とつぶやいていた。


『その辺は王妃のポケットマネーでなんとかしてもらう手筈ですから!』と、頭を抱える宰相の背中に念を送った。

届け☆この想い……!


結構辺鄙なところにある領地だが、家は広く、カントリー調の家具で統一された素敵なお屋敷だった。


「家具にご興味ありますか?」


可愛い家具に目を奪われていると、ウスダルト男爵が私の目線に合わせて来る。


「とても統一感がある素敵な家具で、目を奪われてしまいました。」


私は素直な感想を告げた。

ウスダルト男爵は嬉しそうに微笑むと、『フロアの趣味に合わせて私が作ったものでして……』と照れるように頭をかいた。


え!?これ手作りなの?

……すごっ!


ウスダルト男爵と家具を見比べて驚く。


「とても素晴らしい職人さんが作られたのかと思いました。とても素敵です……!」


「そんなそんな……とても素晴らしい職人さんだなんて!そんな……!」


謙遜なのか自慢なのか。

とても嬉しかったのだけわかった。


でも本当に仕上がりも素晴らしい……!


「そんな、私も欲しいぐらいなんてそんな……!」


……そこまではまだ言ってない。


なんとも言えない顔でウスダルト男爵を見つめていると、後ろからリオンとお姉さんのフロアさんがこっちもなんとも言えない顔で立っていた。


「あなた……!その辺にしといてくださいね。お客様は着いたばかりでお疲れなんですから。」


「ああ、そうでした!失礼しました。どうか我が屋敷、自分の家の様におくつろぎください!」


そう言いながら、嬉しそうにサロンの方へ消えていった。


「……あれは絶対工房に行ったわね……」


「作る気ですね……」


「……何を……?」


フロアさんはため息をつきながら、頬に手を当てた。


「エステルさんをイメージした家具…。あの人元々は家具職人だったの。爵位を継ぐために領地に戻ってきたんだけど、家具のことになると手がつけられなくて……」


そういうとまた深く息を吐いた。


「……僕をイメージして作ったという家具を既に10点セットで貰ったばかりだよ……」

リオンが苦笑いする。


「えーいいなぁ。後で見せて!」


私は呑気に家具を作ってくれるという事を喜んだ。

その様子にますます苦笑うリオン。


「そういうけど。作り出したら全く姿を現さなくなるからね……?」


「……それは領主として問題あるな……」


『でしょ?』と、リオンが肩をすくめた。


「うちの主人がすみません……。とりあえずお食事の用意ができてますので、どうぞこちらへ」


「お気遣いありがとうございます」

私は丁寧にお辞儀をした。


ふと、フロアさんの後ろにいる男の子と目が合う。

私たちと同じぐらいだろうか?


ウスダルト男爵譲りの濃い茶色、ダークブラウンの髪に水色の瞳。

キョロキョロと私とリオンの顔を見比べる。


「はじめまして、私……」


ただ挨拶をしようとしただけなのだが。


「うるさい、リオンに会ったなら用事も済んだだろ。さっさと帰れ!

タヌキなんか抱っこして、変なやつ!」


と、笑顔で申されました。


『……ん?』


私は笑顔のまま固まる。

クラウドに関しては『キョトン』である。


「こら、クリント!なんて口の利き方を……!」


「フロアもさっさとこんな奴ら全員追い出せよ!」


「クリント!!」


『チッ』と聞こえる様に舌打ちをしてどこかへ走っていった。


「……今のは、何?」


思わず固まった笑顔でリオンの方へ見ると。

リオンがまた苦笑いのままコメカミをかいていた。


「ジョージ義兄さんの息子で、クリント・ウスダルト。学年は僕らより一つ下。来年学園に入学するにあたって只今絶賛反抗期中……。」


「……反抗期って9歳で来るんだっけ……?」


「……さぁ……。」


「私に助けを求めたのって……?」


「……察しの通り……。」


……コイツ、姉のとこの反抗期の一人息子に手を焼いて、私を呼び出したのか!!

なんで私!?

私は子育てのプロかなんかだと思ってないか!?


「……手の掛かる子、手懐けるの得意そうだし……?」


『はぁ!?』っていう感じの形相でリオンを見つめる。


リオンはこちらを一度も見ないで視線を斜め下を向いたまま。

おい、こっちを見ろ……!


睨みを利かせていると、『手のかかる子代表』のセドリックが呼びに来る。


言いたい事が山ほどあるが、とりあえず先に食事だ。

『腹が減っては戦はできぬ』である。


リオンには後でたっぷり事情を聞くからなと目で訴えたら、また自分の方を抱きしめて震えていた。



「そーれーでー?」


私は仁王立ちである。

リオンは小さくなり、私の前に正座。

それを心配そうに見るエリオットに、クラウドと共におやつを食べているセドリック。


「……でも!本当に困ってるんだ……!」


リオンはしどろもどろである。


「とにかくちゃんと説明して!」


私はドカリと腕組みしたまま、椅子に腰掛けた。

ヨロヨロと立ち上がり、私の前の椅子に座りなおす。


「元々はおとなしい子だったらしい。姉さんがお嫁に来た時も、母親が出来たことをとても喜んでいたらしいし。

事の始まりは…僕らが来た事もあって、動揺したと思うんだ。多分、姉さんを連れ帰るんじゃないかと思ったんじゃないかと……。でもそれは違うと何度説明しても信じてくれなくてさ……。

エステルなら僕の事情も知ってるし、力になってくれるんじゃないかと思って手紙を出したら…なぜか王子までダブルで付いてきて、今度は僕が動揺している……。」


うん、私もまさか付いてくるとは思わなかったけどね?

チラリと2人を見る。

1人は『うっ』と喉に何かをつまらせる様に咳き込んでいるのと、もう1人はクラウドの餌付け中で全く聞いてなさそうな。

なぜクラウドに『チョウダイ』とか言う芸を仕込んでいるんだ……。


腕組みしたままうな垂れる。


「……それなら、宰相連れてさっさと帰ったらよかったんじゃ……?」


「それも考えたけど、父がここへは公務も兼ねていて、後2週間は動けない……。」


「娘に会いにきたついでに公務なのか、公務のついでに娘に会いにきたのか……」


「宰相仕事人間だからねぇ……」


ここに来てセドリックが口を挟む。


「父は仕事だけの人間ではない……!」


「はぁ?見たまま言ってるだけだけど?」


怨恨こめて睨むリオンと、顎を突き出し偉そうにリオンを見るセドリック。


……うん、ここの仲も誤解とかなくちゃいけないことあった気がする。


「とりあえず、考えてるんだから今は喧嘩はやめよう。」


私の言葉に2人がツーンと違う方向を向いた。

……あー、めんどくさい……。


「そうだ、今は争っている場合じゃないな。とりあえず最善の方法をみんなで考えよう!」

エリオットがみんなの顔色伺いながら立ち上がる。


エリオットの言葉に軽く舌打ちをするセドリック。


というか、そういうとこがクリントと重なる。

まぁ、クリントに誓約書かかす訳にはいかないけど……。


「しかももう一つ問題があってだ。」


リオンが口重そうに話しだす。


「姉は妊娠した様だ。クリントに腹違いの妹か弟ができる。姉は突然のクリントの豹変に妊娠を諦めようかと考えている……。」


「え?」


「自分が子供を生んでしまうと、クリントとの関係がますます悪くなるんじゃないかと……。」


「それは、関係ないんじゃ……」


「僕もそう言ったが、姉は頑固で頑なに譲らない……」


「諦めるって……実子なのに、養子にでも出すってこと?……それは、マズイね。」


私は頭を抱えた。

クリントはリオンの言う通り、母親が実家に連れ戻されるのではないかと心配しての行動だと思う。

それを見て愛情を疑われたと思ったフロアさんは、クリントの気持ちを考えて、お腹にいる子供を養子にでもしようと考えてる。

クリントはそれを知らない……。


正直これをクリントに伝えて態度を改めて貰えばいいのだろうが、私たちの話をまず聞いてくれるかが問題。


「どうやって仲良くなるか……」


「はぁ?エステルあいつと仲良くなる気なの?」


セドリックが実に嫌そうに顔を歪める。


「仲良くなると言うか……信頼してもらわないと、話も聞いてくれそうにないよね?」


「ともかく、クリントに妹弟の素晴らしさを伝えないと……!」


ちょっと冗談めかして笑う私。


「……それなら、私が弟の素晴らしさを語ることができるぞ」


私もリオンも、セドリックさえも。

高速で振り向いて、嬉しそうなエリオットを見つめた。


「お、弟って、……これ?」


思わずセドリックに指を指す。

セドリックさえも自分に指を指している。


「あぁ、もちろんそうだが?」


エリオットが汚れなき笑顔で私たちを見ていた。


「……ねぇ、あんたの悪事知らなすぎなんじゃないの!?」


思わず嫌悪感満載でセドリックを見る。


「……暴露したら泣いちゃうかもしれないぞ……兄上が。」


「……夢は、壊しちゃダメだね……」


流石のリオンまで遠い目をした。

エリオットって天然なとこもあるのね…。


ていうか、セドリックがすごい顔をしていた。

なんとも言えないと言うか、それでも嬉しそうで照れているというか。


私は意地悪そうにニヤニヤして、セドリックを見る。

この兄弟どっちも兄弟大好きっ子だわ。

そう思いながらニヤニヤとする。


おもむろに手が伸びてきて、顔面を掴まれる。


「いたたたっ!ちょっと!!女の子の顔を掴むとか……!眼鏡!めがねがっ…」


「あーもう、うるさい。だったらこっち見んなよ!」


掴まれた指の隙間から、頬が染まったセドリックが目を伏せていた。


私は痛がりながら、笑いがこみ上げてくる。

その笑いにセドリックの手の力が強くなった。


「おい、セドリック。何をやっている?エステルを離せ!」


心配そうにオロオロするエリオット。

私たちの様子を眺めていたリオンは深く息を吐き、細く笑った。



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