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第35話 兄の様子がおかしい……!

「お兄様がおかしい。」


リリアが天使の顔に似合わない眉の寄せ方をして私に詰め寄ってきた。


「……本当にね……」


私も溜息をつく。


「聖女に魅了されたのかもしれないわね」


「魅了ですって!?」


冷静な母の答えにリリアが『ギリリ』と爪を噛んだ。


「許せませんわ。お兄様を誑かすなど……」


リリアの怒りは本物である。


リリアはどちらかと言うと重度のブラコンで、何故かシスコンである。

学園にまだ入学していないのだが、持ち前の明るい性格と天使な可愛さで友達も少なくない。

だが男子に対しては自分に似たイケメンの兄を見て育ってるので、とても評価が厳しい所があるのだ。


はちみつブロンドのふわふわネコっ毛にエメラルドグリーンの瞳。

頭脳明晰なイケメンにも関わらず、運動神経も程々によく、性格も控えめで優しい。

一つ欠点があるといえば、足が遅い事……。

これは父の家系なので仕方がない。

まぁ父の足が早ければ、母にもしかすると捕まってなかったかもしれないので、それはコレで……。


こんな完璧な兄が側にいたので、リリアの理想は兄そのものなのだ。

8歳にして、どんなに愛を囁かれようが、スルリとかわして行く。

まるでベテラン級の美人接客業のスキルを持ってそうなかわし方なのだ。


「許せない…幼気なお兄様を毒牙にかけるなんて……」


幼気な8歳に幼気なと言われる13歳の兄。


「いや、まだ毒牙にはかかってないから……。どっちかというと、蜘蛛の巣に引っかかりそうな蝶々みたいな……?」


思わずツッコミをいれる私。

セドリックもエリオットも何やら複雑な顔で私たちを見ていた。


「殿下がさっさと人身御供になって結婚して差し上げたらよろしいのでは?」

冷ややかな目線でエリオットを見る。


「うん、めっちゃソレ、不敬罪だからね。リリーだって無理強いされたら嫌でしょ?」


「無理強いなんて。私にそんな事をされる方がいたらお祖父様が黙ってませんわ。」


「……そーいう問題じゃないからね?ダメだよ?」


「……おねぇさまぁぁ!!」


可愛い顔で私にせがむ様に見上げる。

目をウルウルさせて、一瞬私の口から大きなハートがキューンと出た様な感覚に。


後ろに寛いでる王子二人も、一瞬顔を赤らめる。

まさに、魅了とはこういう事!!!


「はいはい。取り敢えずなんかいい手を考えよう……。」


私は頬杖をついて溜息を落とした。


「……面白いことになってきたね!」


ワクワクしている事を隠しもせず、私の真似をして頬杖をつくセドリック。


「……元はと言えば、私のせいだ…本当にすまない……」


リリアの言葉を間に受けて、本気で落ち込むエリオット。

その様子を見つつ、苦笑う私。


「いやいや、エリオット様。その辺はもう気にしない方向で……。」


というか、リリアを不敬罪で処罰しませんように……!

思わずエリオットに拝む私。


「……そう言えば、何故セドリックとエステルはこれほど仲良くなったのだ?」


『私はまだ様がついているというのに、呼び捨てまでしているし……』


何かブツブツ言っているがよく聞こえない。

『え?』と耳に手を当て聞き返そうとすると、フイッと目をそらされる。


「……仲良くなったっけ?」


私がセドリックに聞き返す。


「は?なってないけど?」


セドリックは目を細めて私を嫌そうに見る。


「……らしいです。」


そう言いながら、エリオットを見つめた。


「……」


無言でなんか言いたげな顔で私たちを見つめ返す。

いや本当になってないけど……。

コイツが押し掛けたせいで軟禁されてたから、喋る相手がコイツしかいなかったのですが……。


まだ何か言いたげにこっちを見るエリオット。

メンドくさいなぁなんて思いながら、大きく息を吐いた。


そこまで仮の婚約者に執着しなくてもいいんじゃないか……?

嫉妬深い女子か!

というか、どっちが女子か分かんないな、これ。



「……お姉さまは一体誰が好きなのですか?」


突然のリリアの質問に動きが止まる。


「……え!?」


何を言いだすんだこの子!!

恐ろしい子……!


私は激しく動揺する。

『誰を好きか』なんて仮にも婚約者の前で聞くとか死にそうになる。


もちろん動揺は後ろの2人もしているようで、頬杖をついてたセドリックの肘がガクッと落ちて、エリオットが何故か立ち上がった。

思わず振り返ると、2人とも何も無かったようにお互い目を合わそうとしない。


「……なんでそうなったの?リリー」


私は動揺を隠しつつリリアの肩に手をやり、目線を合わせる。

リリアは目に涙をためて、私を見つめる。


「私はお兄様が大好きなので、すごく心配なのです。それなのにお姉様は後ろの元凶と仲良くなさって真面目に考えてくれないではないですか!」


「あー、ビックリした!家族で誰が好きかって話だった!」


「……他に何があるのですか?」


「何もないです!!」


私が変な安堵感を味わっているが、後ろの2人が今どんな気持ちかなんて私には見当もつかなかった。

ともかくこの空気をどうにかしないと……。

振り返れないが、2人が微妙な空気なのはわかる……。


私はまた大きく息を吐く。


「真面目に考えてないことはないんだけどね……。今はお兄様の様子を見てみるしかないと思うのよね」


「……様子を見る?」


「うーん、変な話ね。お兄様がどこまで本気かってことよね。そもそもエリオット様の婚約候補な訳だから、お兄様がいくら好きになっても現状どうすることも出来ないのよね……」


「そうなのですか……」


「叶わぬ恋を焦がれ続けるのか、スッパリ諦めるか。好きの度合いでまた行動も変わってくるから、よし、リリア。」


「……はい?」


「どうせ私たち暇だし、お兄様を尾行しよう!!」


私はニヤリとリリアに笑いかけた。

リリアは私を大きな目で見つめていたが、フワリと花を背負って天使の笑顔で頷いた。

あー、妹かわいい。


お兄様は庭でクラウドを抱きしめたまま、ボーッと宙を見つめてる。

クラウドは何度も前と兄を見比べている。

きっと離して欲しいんだろう……。

ずっと見比べている。


「お兄様はどうしてしまったのでしょうか……」


「恋の病だね!」


セドリックが口元を歪ませてリリアを見る。


「……その顔!悪いこと考えてる時の顔をやめろ!」


思わずセドリックにツッコむ。


セドリックは『え?』と、トボけたように自分の頬を両手でムニムニした。


「……でもまさかエリナ嬢にサイラスが恋など……」


顎に手を当てて真剣に悩むエリオット。


「……確かにありえない気がする。今までも私の部屋でニアピンしたことあるんだよねぇ……。

その時は気にもしてなかったのに……。」


多々の疑問が残る中、明らかにうわの空の兄を見て、ため息をつく。


「やっぱりさ、さっき来た時に横にいた、黒髪の従者の人が魔法でもかけたのかな?」


『うーん』と悩むように顎に手を当てる。


「エリナじゃなくて?」


セドリックが近くの木にもたれ、腕組みをした。

私をはそれをチラリと見て肩をすくめた。


「エリナが魅了を覚えたら、それを一番に試すのはエリオット様にだと思うのよね……」


エリオットが体を『ビクリ』と硬ばらせる。


「お、俺か……?」


「ごめん、例えばって事ね?そんな本気で怯えなくても……」


エリオットの顔色は漂白され、今にも倒れそうだった。

お陰で遠くに控えていた騎士が走り寄ってくる始末。


「……本当に魅了なのかなぁ?」


セドリックが首を傾げた。


「……だって、今までにこんなお兄様を見たことがありませんもの。しかもあの人達が来る前は普通でしたし。」


リリアの眉があがった。


「そうよねぇ……。こんな騎士が集まってきて目立っている状態なのに、一度もこっちに気がつくそぶりもないものね……」


『殿下ー!だいじょうぶですかー!』

『誰かお水をー!』


エリオットが大丈夫だと言っている声に耳も貸さず大騒ぎの騎士たちにもまーったく目もくれず、ボーッとしている兄。

こんな兄は、今まで見たことがない。


「……聞いちゃうか?」


「……直接!?」


流石のセドリックもびっくりする。


「事情聴取ということで!」


思い立ったらすぐ動く。

ということで、ソッと兄の前に座る。


「いいところに来た、エステル!オレを解放するようにサイラスに言ってくれー!」


そういうと、短い足を必死にバタバタと動かした。


「お兄様、クラウドを離してあげて」


私の問いかけに『ハッ』として、手を緩めた。

緩んだ腕からビョンと抜け出したクラウドは、ヨロヨロと私の側に来た。


「お、オヤツを食べないと……!」


そういうとエルを探して走っていった。


「……お兄様、ずっと今日は上の空ですね。」


「え?そうかな?」


兄はキョトンと私を見た。


「さっきエリナとすれ違ってから、ずっとボーッとしてらっしゃっいます。リリアがとても心配してましたよ。」


「リリアが?」


私は頷く。


「何か悩みがあるのでしたら、私でよかったら聞かせてくれませんか?」


兄の横にソッと座る私を、兄はずっと見つめてた。


「……悩み……」


眉間に指を当てて考える。


「……悩みというか。考え事をずっとしてた気がするな…」


「考え事?」


「そう……」


兄は足を組み替える。

そして深く息を吐きながら、膝に手を組んだ。


「今日来てた子、なんていう名前だっけ?……ほらピンクの……」


「エリナですか?」


「ああ、そうだ。エリナ嬢。」


おいおい、本当に恋い焦がれたりしてないよね?

その前に聖女でエリオットの婚約者(候補)だということをアピールするべきなのか……?


嫌な汗が額から伝わる。


兄が背を向けている方の植え込みから、セドリックとリリアが私を見つめて応援するように拳を振っている。

エリオットはそのまた裏側で、心配して集まった騎士たちに丁寧に頭を下げて、通常に戻るように促している。

……結構必死に。


その様子を吹き出しそうになりながら、話を詰めていく私。


「お兄様まさかエリナに好意でも……?」


「……こうい?」


「……お兄様、エリナはエリオット王子の婚約者です……。なので、あの……」


「……婚約者?」


「失恋は早い方が立ち直りが早いと言います。なので、お兄様……」


「エステル……?」


「……はい?」


「……エステルなんか勘違いしてない……?」


「……はい?」


兄は『ぶはぁ』と吹き出して笑い転げた。

……はい?


その様子に状況が飲み込めず、見つめるばかりの私にリリアが飛んできた。


「どういう事ですの?お兄様」


リリアが兄にしがみ付く。

兄はリリアを優しく抱き上げ微笑む。


「僕の可愛い妹たちにいらない心配をかけてしまったようだね!ごめんごめん。」


そういうと兄は涙目でまた笑った。


「気になったのは、彼女が付けていたブローチだよ。」


「……ブローチ?」


「そうそう、ブローチ。どこで買ったか聞きたかったんだ。もうすぐリリアの誕生日だろう?何をあげたら喜ぶかずっと悩んでいてね。彼女を見た時、胸にクラウドにそっくりな動物のブローチを付けていて、あれならきっとリリアも喜ぶかなって。」


「もぅ!お兄様ったら!!」


リリアは兄の胸を軽くポカポカと叩いた。


……なんだ、別の惚気を聞いている気がする。

とても気が抜ける私。


セドリックにしては事件にならなかった事がすごく残念そうだ。

顔がすごくそんな顔をしている。

なんてやつだ。


「お兄様、エリナの付けていたブローチより、お兄様がご自身で選んだものの方がリリーはきっと喜ぶと思います。どうせなら一緒に買いに行かれては?」


もうデートでもなんでもしてきなさいよ……。

兄妹が仲良きはいい事です。


一気に力が抜けてしまった私は、悟りを開いたように静かに目を閉じた。


……すっごい心配して損した!!


「そうだね!そうしようかリリー。」


そういってリリアの頭を撫でた。


「……好みで言えば、どっちかというとコーデリア・フランチェス嬢の方が僕はタイプかな?ほら、切れ長で魅力的な瞳をしているよね、彼女も。」


と、コッソリとリリアに聞こえないように私に言った。


耳を抑え、びっくりして振り向くと、ペロリと舌を出して私に笑いかけるのだった。


キツイ目が好きとか、母の血筋過ぎて笑えない。

呆れ顔で兄を横目で見た。


兄は口に人差し指を当て、意地悪く笑ったのだった。


「なぁ、エステルの兄上も中々食えないな……」

セドリックが私の後ろで呟いた。


「まあ、あの2人は母親似なので……」


『なるほど』とゆっくり頷くセドリック。


「ていうか、本当にブローチかなぁ……」


私が考え込むと、後ろからエリオットもセドリックの横に立った。


「…僕も何か違う気がする……でもまあ、魅了ではなさそうだな。」


セドリックがエリオットの肩に肘を乗せる。


「……これ以上突っ込んで話せそうにない、様子見るしかなさそうだ……」


そしてセドリックとエリオットが息の合った溜息を吐いた。




「お嬢様ー!お急ぎでお手紙がー!」


遠くからエルがクラウドを抱いて私に駆け寄って来た。


「……手紙?誰から?」


「えーっと、グレイス家からです!」


「……リオンから?」


なんだろう?急ぎって。

手紙を受け取ると早速、封を開ける。


「……なんだって?なんて書いてある?」


クラウドが手紙を覗き込もうと私の膝に登ってこようと必死にジャンプしている。


「……なんか急ぎでこっちに来て欲しいって書いてあるね。お嫁に行ったお姉さんの領地がある所みたい……」


こないだの手紙だと、お姉さん所に家族で向かってるよーって書いてたはずなのに……。

わざわざ来て欲しいとはなんだ?


ザワザワと胸が騒ぐ。

リオンに何かあったのだろうか?


「……面白そうだね?」


「……まぁ、言うと思ったけど。…まだ行くとも行ってないよ?」


「行くんでしょ?」


「……行くけども…その前に許可!!親の許可取らないと!」


「僕もついていこーっと!」


「おい、セドリックが行くなら私も……」


「ついてくるならちゃんと許可とって!!また大事になったら騎士さんたちが……」


そこまで行ってふと気がつく。

セドリックがついてくるとなると、ダイアンさんもついてくるって事では……?


……これはマズイ。

これは連れて行くべきではないのでは……?


私は1人でワタワタと頭をかく。


その様子を見ていたセドリックが私の肩を背後からポンと叩いた。


「……面白いことになりそうだね?」


そう言うとまた口を歪ませ笑うのだった。


……お前わかってて言ってるだろう……。


次々とやってくる事件の匂いに、私はまた頭を抱えるのだった。

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