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第31話 夏休みの帰省にて。

「夏休みだーーー!!!」


馬車から降りて、開口一番。

突然家の前で奇声を上げる妹を前に、ビビる兄。


「……うん、そうだけど……?」


あまりにビックリしたせいか、変なポーズで固まるお兄様にちょっと笑ってしまう。


「……突然叫べは誰だってびっくりするでしょ!」


私があんまり笑うので、少し口を尖らせ拗ねる兄が可愛い。


「んで、エステルの友達はいつこっちにくる予定?」


「夏休み後半の予定です。前半はみんな予定がある様で…と言うか6人の中でうちが一番王都に近かったからみんな戻るのが楽だと思ったんでしょう……。」


フッと鼻で笑った。


兄も苦笑い。


「僕の友達も同じ考えかもな。多分時期が重なりそうだ……」


「あら、そちらもですか……。」


兄と2人で苦笑いしつつ、頷き合った。


「お兄様のお友達ということは、生徒会のメンバーですか?」


「そうだねー、まだ何人来るかは分かんないんだ。多分後で手紙がくるよ」


「と言うことは、後半はとても賑やかになりますね」


兄は嬉しそうに頷いた。

それを見て、私も笑い返した。


「おい、エステル!オレお腹すいたぞ」

私の膝の上でダラリとしていたクラウドがテケテケと玄関に向かっていく。


「あー、待って。足拭かないと怒られちゃうから、抱っこで行かないと!」


「だーいじょうぶだって。こんなちっちゃな足跡ぐらい分かんないって!」


フンスフンスと鼻を得意げに鳴らしながら、テケテケと入っていった。


ビュンッ


空気を切る様な音と一緒に、タオルとクラウドが飛び出して来た。


腰が抜けたのか、クラウドが内股で腰をガクガクしながら私の方へ走りよった。


「エステル!!この子を家に入れたかったらまずお風呂へ!」


私は思わず兄と顔を見合わせる。


「エステル、早くクラウドを洗っておいで。僕が荷物運んでおくから」


兄は笑いをこらえてクラウドを見た。

クラウドは笑う兄にブツブツ怒りながら私の胸に飛び込んで、ガッシリ張り付いた。


「……怖かったんでしょ、お母様の事」


「……怖かった。」


「お母様綺麗好きなんだよね。でもクラウド連れて帰ることは許してくれたんだよ。」


「……でも怖かった。」


小刻みに震えるクラウドは、お風呂で洗う時もとても大人しかった。

木の桶に湯船のように浸かるクラウドをガシガシ泡だてながら。

それがあまりに可愛くて、私は笑い出さずにいられなかった。


「怖かったんだぞ!!」


「うん、笑っちゃってごめんね」


「後でおやついっぱいくれたら許す……」


聖獣もうちの母には形無しである。


涙目のクラウドを綺麗にして、タオルで包んでお庭に出る。

初夏の陽射しにタオルドライだけでふんわりと乾きそう。


木陰にバスケットを置いて、タオルに巻かれたクラウドを座らせる。


「あーお花のいい匂いがする。」


そよそよと気持ち良い風が通り抜ける。

思わず芝生でゴロンと横になった。

クラウドも気持ちいいのか、ふわぁとあくびをした。

私も一緒に背伸びをした。


あー、帰って来た。

入学して3ヶ月しか経ってないけど、もう2ー3年分くらい、なんか色々あった気分だ。

流れる雲を見つめて、ボーッと反芻する。



友達ができたり、テスト点数操作バレたり、水掛けられたり、友達が増えたり、タヌキを拾ったり。

あんなことや、こんなこと。

3ヶ月、凝縮された日々。


「まさかエリオット様と普通に話せる様になるとは思わなかったな」


「んー、なにがぁ?」


風が気持ちいいのか、眠そうなクラウド。


「もう乾いたかな?」


私がクラウドの背中を手で触ろうと近くに寄ると。


「ふあああ」


口の限界まで開き、あくびをする。


「だから、生臭いって!!」


近くでデカい口開けてあくびをするなああ!!

何度も言わせるなああ!!


思わず手で鼻を抑える。


「しょーがない、獣だからな」


フンと鼻を鳴らし、プイッとあっちを向くクラウド。


「そろそろリボンつけて挨拶しに行こう。寝ちゃう前に!」


「ここのオヤツなんだろう、この家のオヤツ!」


「本当になんでも食べるよね……」


「オヤツは別腹だって言うだろう?」


「入るとこは一緒だから……」


そんな呑気な会話をしながら、私はバスケットごとクラウドを運ぶのだった。



「この子がエステルが拾ったという子?」


リリアが『タヌキタヌキ』と大喜びでクラウドを追いかけ回す。

クラウドは上手にクッキーをくわえながら逃げ回った。


「アライグマです……自称」


「自称?」


「本人が言ってました。」


「本人…、ゴホン。そんな事より、このアライグマ白いのだけど?」


「……そうですね。」


「喋る白いアライグマ。なんだか頭の片隅にある記憶が嫌な予感を告げてくるのだけど?」


「……そうですね。」


母が私の顔を怖い目で見出してから、私は目が合わせられず逸らしっぱなし。


「まさかとは思うけど、聖獣なんてことはないわよね?」


「お母様、聖獣がその辺にいると思いますか?ましてや学園でゴミを漁ってたところを保護したのですよ?」


私はクイッと眼鏡をあげて熱弁をする。


「……そうよね、まさかその辺にいないわよね。まさか…」


「……お?エステル、この子伝説の聖獣みたいだねぇ」


母のごまかし続けてた自問自答を遮り、空気読めない父がすっぱり切り倒す。


「……ルーファス?」


「んお?なんだいアリシア、怖い顔して……」


リリアから逃げ惑っていたクラウドをサッサと捕まえた父が母の睨みにビビる。


「それが聖獣に見えるのですか?」


「見えるも何も、この国に言い伝えられている伝説の聖獣に似てるよね」


父はフニャッとクラウドを見て笑う。

無類の動物好きなのでモフモフに目がないのだ。


「エースーテールぅぅ!?」


ゆっくり。

本当にゆっくり振り返る母。


「お、お母様……待ってください。私の言い訳を聞いてください!」


「……もう言い訳って言ってる時点でエステルはダメだよなぁ、クラウド。」


「本当だなぁ。うちの娘は可愛いなぁ。なー、聖獣!」


私の全力の言い訳を余所に、父と兄が見合わせて笑う。

その様子にクラウドが、呆れた顔でフンと鼻を鳴らすのだった。



「あー、疲れた。……まあバレるとは思ってたけどね。うん。」


「その辺のアライグマに無いオレのオーラがきっと丸分かりだったんだな」


ベッドでゴロゴロする私のお腹の上をわざわざ踏んで行く。

そしてドカリと寛ぐ。

……重いってば!


クラウドを横に転がして起き上がる。


「とりあえずこれで、灰色の粉はかけなくて済んだね」


「いいのか?」


「とりあえず、家の中ではね……。あーは言われたけど、家族はみんなクラウドを認めてくれたみたいだし、結果オーライな感じでいいよね?」


「オレは別になんでもいいよ。」


「「……オヤツさえ食べられたら。」」


声が揃った後、『ほらね!!』と私が得意げに言う。


「絶対そう言うと思った!」


当ててやったぜ!と言わんばかりに得意げな私を、また鼻でフンと鼻を鳴らし笑った。



「夏休み、何しようかな」


私はフフフと緩んだ口元を隠すように笑う。


「なにすんだー?」


「楽しみだね。」


ボッテリお腹を上に向けて寝そべっているクラウドのお腹をツンツンと突く。

クラウドはくすぐったかったのか、『ヒョエ』と気の抜けた声を上げて体をよじった。


「今日の夕飯きっと豪華だよ。うちのお魚料理本当美味しいのよ!」


私は『行こう!』とベッドから飛び起きて、先にドアから出て行く。

突然走り出した私を急いで追いかけてくるクラウド。


「待ってよ!オレ場所わかんないから迷子になるよ!?ねえ、エステル待って!」


焦るクラウドを振り返って、大きく手招きした。



それから何日も充実と書いた、ダラダラとした日々が流れていった。

毎日リリアとクラウドと走り回ったり、本を読んだり、実に緩やかに過ごした。

学園での出来事が洗い流され、まるで夢だったんじゃ無いかと思うぐらい。


5日に1回は誰かしら手紙が届いた。

コーディだったり、マギーだったり。

はたまたリオンだったり、ビクターだったり。

そして、エリオットだったり。

みんなも充実した日々を送っているらしい。


エリオットはいつも通りの定型文に、きっと眉間に眉がよってることが想像できそうな内容だったりしてたりで、ちょっと笑ってしまった。

彼はきっと真面目なので、本当に悩んでそうだけど。


リオンは前に言ってた、お姉さんの暮らしている領地へ向かっていると書いてあった。

楽しいお土産話が聞ける事をワクワクしながら待ってるねと返事を書いた。


コーディは親戚の別荘で避暑中らしい。

周りに木と湖しかなく、毎日従兄とボートに乗るしかすることがないとボヤいていた。

彼女がお気に入りの小さめの日傘を差し、無表情でボートに乗っている姿を想像して、私は1人で笑った。


マギーは弟たちの面倒を見て忙しく毎日を過ごしているらしい。

結構な頻度で、ビクターが訪ねてきて弟たちと遊んでくれると、ほっこりカップルの惚気を手紙で読んで、私がきゃーっと照れるのであった。


こうやって離れていても状況を報告しあった手紙でみんなをとても近くに感じられた。


「エステル、楽しそうだね」


父がクラウドを抱っこしながら、嬉しそうに私を見ていた。


「友達からの手紙が楽しくて。みんなとても楽しい夏休みをすごしているようです。」


返事を書く便箋を選んでいるだけで顔が綻ぶ。

そんな様子に父も一緒に顔が綻んでいた。


「ねぇ、アリシア。エステルに友達ができてよかったねぇ」

ややウルウルと感動している父に『うあ、やめろ!鼻水つけんな!』と暴れ出すクラウド。

その様子を母は苦笑いしながら溜息をついた。


「我が家は平和でよかったわ……」


「我が家はって?」


「クロエが心痛で寝込んだそうよ。明日か明後日お見舞いに行ってくるわ」


「僕も行かなくて大丈夫かい?」


「あなたは連れて行かないわ。連れて行くとクロエが元気になりすぎるから。」


「……そ、そう」


父は複雑そうな顔をして母に笑いかけた。

その顔を見て母は満面の笑みで返す。


一体何があったのか気になるが、平和ボケの今、私は自らこの問題に関わる事を避けた。

むやみやたらに自分の平和を脅かす必要はない。


どうせ夏休みが開けるとまた学園で色々あるのだ。

わざわざ帰省してる今、自分から飛び込む必要もない。


私は腕組みをしてウンウンと頷く。


さぁ、現実逃避だ。

手紙の続きを書かねば。


母と父が何やら王都の事で話している姿をソッと避けるように部屋を出た。

クラウドが後から察して付いてくる。


「さぁクラウド。今日のおやつ何か見に行こう。」


手紙の束を抱え、自室置きに向かおうと、サロンを出てエントランスを通ると。


「お、お嬢様大変です!!」


「どうしたの、エル……そんなに急いで……」


「お。おじょ、おじぉうさま……大変!大変ですうう」


ヒィヒィと汗を拭うエルは、喉が張り付くのか上手に喋ることができないほど呼吸が乱れている。


「お、落ち着いて……」


とりあえず落ち着いてもらう為、一旦サロンに水を取りに向かった。

コップの水を一気に飲み干して、『ぷはぁ』と口を拭うエルを見つめる。


「それで何が大変なの?」


水分補給に一時的な安らぎを感じていたエルは、ハッとした顔をして私を見る。


「お嬢様大変です!お客様です!!」


「お客様?……私に?」


私に来客の予定などない。

首を傾げて考える。


「誰だろう……夏休み後半まで何も予定が無いはずなんだけど……」


「それが……」


「お客様はどちらに?」


「それが……」


「それが?」


「お嬢様の部屋に通せと、今お嬢様のお部屋でお待ちです……」


『すいませんすいません』と平謝りのエル。


「私の部屋、ですか……」


……すごく、嫌な予感がする。

とてもすごーく。


誰ですか?なんて聞かなくてもわかる。

多分あいつだ。


はぁと深いため息が出る。

家に帰省してから一度も出なかった深いため息。


「……わかりました。」


エルに気にしないように言いつつ、クラウドを預け、部屋にお茶を運んでもらうよう頼んだ。


途端に足取りが重くなる。

あー、夏休みにまで会いたく無いやつ。


自分の部屋だけど、ノックをする。


「入れ」


……入れ?

入れだと?


「……ここ私の部屋ですが?」


扉を開けながら、なんとも言えない顔で彼を見つめる。


彼は私を見て嬉しそうに笑った。


「……それで一体何の用ですか?」


そもそも来るなら手紙ぐらいよこして予定を聞けよと。

私の部屋で我が物顔で踏ん反り返る彼を見ながら、ブツブツと聞こえるように呟いた。


彼は私の態度にまた面白そうに笑い立ち上がる。


「僕今日からここにしばらく厄介になるよ!」


……今なんて?

ねぇ、今なんて言った?


自分の耳に指を入れて耳が詰まってないかを確認する。

その上でもう一度聞き返す。


「……え?」


その態度にまた彼は楽しそうに笑う。


「だから、しばらくここに住むんだって。」


「……なんで?」


「家出してきたから。」


「「はぁ!?」」


思わず誰かと声が揃う。

振り向くとそこにはリリアがすごい顔で立ちすくんでいた。


ともかく何やら突然の厄介ごとに目を白黒させる私。

それをまた面白そうに私を見つめるヤツ。


あー……。

何もいえねぇ。


平和ボケの私の頭は何もついてこれず、呆然と虚空を見つめるのだった。

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