第23話 この世界は誰のもの?
「エリナはなんか悪いものを食ったのかな……」
ビクターがハムサンドを食べながら呟いた。
歩きながらおやつ代わりにお昼の残りを食べ始めるとは。
……緊張感とは。
私たちは教室へ戻る為、廊下をノロノロと歩いている。
もうすぐ帰りの学活が始まる時間。
ギリで間に合うか間に合わないかぐらいの速度。
「あれは、昔からあーだったわよね……よく考えたら。」
コーディは苦笑いする。
「でも今回はちょっと暴走しすぎですね。」
マギーがビクターの口に付いたソースを拭きながら……ってもうさ。
彼女通り越してお母さんなってない!?
それってダメじゃない!?
私の心配をよそに見つめあってニッコリ笑い合うビクターとマギー。
ビクターそれでいいのか!
まだ10歳だけど男としていいのか、それで!!
目をまん丸くして凝視する私の目をそっと遮るリオン。
『見過ぎ……!』と目で合図する。
『いや、ビクターのハムサンドおいしそうとか見てないからね!?』
小声でアンサー。
リオンの意思は私と疎通してなかったのだ。
ふはは。
コーディとリオンは、額を抑えて上を向いてしまった。
なんだい君達、気が合ってるね……?
「と言うか、話し合いどこでするの?」
リオンが心配そうに覗き込む。
「うーん、目星はついてる……」
そう言いながら、私は背伸びをした。
「これ私達も行ってもいいものなのかしら?」
コーディが不安そうにみんなを見渡す。
「それね、僕も思った。でも全員で行くならまたイジメだとか騒がれたら僕らが……と言うかエステルが不利だよね?」
コーディとリオンがまた同時にこっちを見る。
「それは大丈夫。全てオフレコでアーロン先生を巻き込むことにする。」
私はさっき教室の戻る前に『放課後一緒に話を聞いて欲しい。ただいるだけでいいので、第3者として証人になって欲しい』と。
渋い顔をする先生に無理にお願いと懇願してきた。
あ、返事は聞いていないけど。
ノートを読んだ先生は、大人として全て信じることはできないと言う感じだった。
まぁ教育者としてロリコンはマズイかもしれないし。
信じてもらわなくてもいいけど、後々エリナが何か言わないとは限らないので、捏造を避ける為にこの内情知ってる大人なら、とてもいい証人になると思ったのだ。
「まぁ、別にいじめられた〜とか言われてもいいんだけどね……」
シナリオどおりになっちゃって好都合☆
「俺はさ、ちょっとぐらい俺たちに感謝して欲しいと思うけどな。
精霊のこと俺たちのおかげじゃん?協力いっぱいしたし。ありがとうぐらい言われたかった。」
「……イノシシはね、前しか見えないの。」
ビクターにコーディがボソリと答えた。
エリナいつから猛獣扱い…。
マギーもリオンも苦笑いした。
「さぁ、イノシシに正気に戻ってもらうための会議をしようじゃないか、君達。」
私はわざとらしく腕組みをした。
学活にはなんとか間に合った。
後から出た筈のアーロン先生の方が先に教室に戻っているという不思議な事が起こっていた。
渋い顔がさらに渋い顔になっている。
私たちは目を合わさない様に即ササと席に着いた。
放課後。
エリナが振り向いて私を見た。
話をしてくれる気はある様で、ホッとする。
私達はまた、化学準備室を占拠するために移動するのであった。
「……おいい、本気でここで話すのかよ……」
準備室に『失礼します!!』と元気よく入ると、アーロン先生が眉間を指で押さえる。
いや、さっき証人になってと言ったばっかではないか…。
それさえも信じてなかったのか。
頬をヒクつかせながら笑う私。
先生はジッと恨みがましく私を横目で見つめていたが、『入れ』と合図してくれる。
覚悟でも決まったのだろうか。
エリナは私たちのやりとりを不思議そうに眺めていた。
さぁ、準備はできた。
話を始めようか。
「話ってなに?」
「エリナはこれでいいの?」
「何について?」
「教室来なかった時からのすべての事について。」
化学準備室の真ん中に6人で囲む様に座る。
少し離れた後ろに先生の机がある。
時折こっちに注意しながら、先生は何か書いていた。
本当はテスト終わって夏休みまで日がないので、忙しかったのかもしれないなぁと、少し巻き込んだ事を後悔したが。
エリナは言葉を選んでる様にも感じる。
後ろで誰かの助言を聞いているのかもしれない。
もしくは、乙女ゲームの内容を『対象者』は知らないと思っているので、躊躇しているのかも。
「エリナ、ごめんなさい。話をするにあたって、情報を共有しないと話もついてこれないと思って……みんなにノートを見せたの……」
エリナはギョッとする。
まぁ、秘密の日記を他人見せた感じだよね……。
必要性があったとはいえ、これに関しては私が悪い……。
「あの内容を、彼らに見せたという事……?」
「あ、なんなら精霊にも見せた方がいいのかな……?」
「……そんなお気遣いは結構よ。精霊たちはみんなわかってるから。」
エリナはひどく機嫌を損ねた様にそっぽを向いてしまった。
「それを踏まえてですね…なんで脅す様な婚約を取り付けたの?」
「脅してなんかない!!」
エリナは拳を握り、口を尖らせた。
「私の世界なの、ここは!……なのに何もかもが違う。違ってしまってるじゃない!」
ビクターもリオンもひどく困った様な表情を浮かべた。
「……ゴメンね、ローズデール嬢。ノート読んじゃった。それで……」
リオンが口を開き、続ける。
「よくわからないんだけど、僕たち4年後突然キミを好きになって追っかけ回すの……止める方法とかあるかな?」
リオン……それただの突然変異ストーカーじゃないか……。
言ってるリオンも良くわかってない感じだが、多分今そんな感情がない分、操られたり洗脳されたりするのかと心配しているのかな……?
エリナは顔を真っ赤にしてリオンを睨む。
「そんなものない!……だから!!何もかもが狂ってしまったの!!」
エリナは後ろを気にする様に振り向いた。
「……精霊が言ってたの。私がまだ何も覚えてない時から、この世界は私の世界だって。
自分が転生者だってわかった時、全てがストンと腑に落ちたわ。
『この世界は私が大好きだったゲームの世界』だって。
でも精霊たちは言った。
ひずみが出来たって。
本当は生まれ変わりは2人もいない筈だったって……。
それが私の世界が狂った原因だって!」
私は唖然として、考え込む。
私がこの世界に転生してきたのは、なにかの間違いだった?
……いや、手違い?
何かのいたずら……?
と言うか、ゲームを知らないので全く意味を成さない転生だったのではないか……?
なぜ私だったのか。
私が黙って考えているため、周りがオロオロしだす。
あぁ、ゴメンゴメン……。
「えっと、世界のひずみは私のせいという事ですか!」
あまりにダイレクトに言ってしまったので、『自分で言うな』と言う目をしてるリオン。
大きく見開き、口をパクパクしている。
いや、ごめん。
そこはちゃんと聞こうかなと思って……。
うぅ、言ってて自分で傷つくわ……。
「そういう風に精霊は言ってたわ。
だから無理やりでも軌道修正しようとしたの!
だって、私とエリオット様が結ばれないなんておかしいもの。
私が望めばどんな人でも私と恋に落ちるはずだった。
私にはそんな力があるって!!」
エリナは唇をキュッと噛んで続けた。
「……このままじゃイベントも起こらないって言われて、どうしようもないじゃない。
歪んでしまったせいで、どう頑張っても好かれてる気がしないし、聖女なんてイベントもなかったし。
……でもこれは逆にチャンスだと思ったわ。
だったらもう婚約しちゃえばいいよって後押しされたし!!」
精霊よ……言ってる事、無茶苦茶すぎないか……。
何かがおかしいと、引っかかる。
何かがわからないけど、今は考える暇なんてない。
「その話をまとめると、『4年後にイベント起こらないならもう婚約しちゃえばいいんじゃないか戦法』はわかったけど……。
それが逆効果になりそうな事も、自分でなんとなく感じているって事で納得していい?」
「……なっ!」
私の言葉にエリナが、態度で私に怒りをぶつけてくる。
「……ごめん、私の言葉がダイレクト過ぎるね……。頭がいろいろ混乱して……」
言葉を選べない自分の言葉を反省中……。
エリナはひと呼吸おいて口を開いた。
「……これで正しいって言ってたもの。
私は間違ってない。
5年後にエリオット様の横で笑っているのは私。
私はあなたに負けないから。
正妻も側室も渡さない。
イベント通りにあなたを断罪してエリオット様と幸せになるんだから!!」
今まで見た事ない目でエリナが私を見た。
怒りと言うより、憎しみ。
彼女は私を憎んでいるのか。
ドクンと強く重く鼓動が胸に響く。
その重みでよろめいてしまう。
コーディがそっと私に寄り添って支えてくれる。
それなりにエリナのことは好きだった。
友達だった。
でも私は彼女の世界の不要物なのだから、彼女は私を排除したいのだろうか。
震える目でエリナを見つめ返す。
「……ほら、あなたはいいわよね。
そうやって正しい事をしてるフリして、どんどん私の大事なものを取っていく。」
「……大事なもの……?」
「もう話すことはないので失礼するわ。そうやって私を悪者にすればいい。
私は自分の世界を正しく導いて、全てを元どおりにしたいだけ!
本当の悪者はあなただって、そのうちみんながわかってくれる日が来るんだから!!」
エリナは冷たくみんなを見て、そのまま準備室から出て行った。
去っていく足音だけが、コツコツと響いていた。
私は混乱する頭を抱える。
マギーも心配そうに私に寄り添った。
「私はエリナに言われた通り、協力してたのに……何を奪ってしまったんだろう……」
エリナの世界に要らない存在だった事が、とてもとても悲しくなった。
私は友達でもなかったって事だ。
「ほら、アレじゃないか?ヒーローには悪役の存在がいる。どっちが欠けてもどっちも引き立たない」
ビクターが私の顔を覗き込んで言った。
「その例えだと、こっちが悪者じゃないか……」
リオンが頭を抱えながら呟く。
「いや、物の例えで!!……だから、要らなくなんかないんだぜ、エステル。」
私は顔を上げてビクターを見つめた。
とてもひどい顔をしていると思う。
なんとも言えない顔だ。
でも……。
「そうよ、エステル。
私たちにはあなたが大事なの。悲しい言葉に負けないで……」
マギーが泣きながら私に抱きついた。
コーディも何も言わず、私をマギーごと抱きしめた。
私はグッと詰まる胸の苦しみが少し溶けた気がして、大粒の涙が溢れる。
マギーもコーディも一緒に泣いてくれる。
「キミは僕の恩人だよ、エステル。僕の忠誠は変わらない」
リオンが泣きそうな顔で私を見た。
私はリオンの手を引き、抱きついて団子になってるとこに入れた。
みんなまとめてギュッと抱きつく。
はじめリオンは顔を赤くして固まっていたが、便乗してビクターも来たので今度は顔が青くなった。
その上から大きな影が落ちる。
アーロン先生が丸ごとみんなを抱きしめて、なんだかよくわからない円陣みたいになった。
「……まぁ、なんだ。誰の世界とか関係ない。どんな世界にも不要なものなどないんだよ。」
私の背中をポンと叩いた。
涙はまだ止まらなかったけど、溢れる涙は、少し温かくなった。
「とにかくさ、なんていうか…本当に精霊なのか?」
ビクターが唐突につぶやいた。
「へ……?」
突然に言われた事に頭の上の方から声が出る感じがした。
「いや、精霊が見えるから聖女なんじゃないの?サマンサ先生の本にもあったじゃないか」
リオンがびっくりして答えた。
ビクターは『うーん』と唸って考え込む。
「いや、そもそもがさ。根本的に最初に見たやつが『これが精霊です』って本に書いただけじゃないのか?だからその光が精霊って事になったんだよな?……というか、精霊ってなんだろうな?」
ビクターは考え込む。
リオンは目を見開いて、メガネがすり落ちそうになっている。
「俺もな、話を聞いてるときにそれは思った。だが、見えないものを否定も肯定もできないからなぁ……。」
先生も腕組みして考え込んだ。
「え、なんでみんなはそこを考えてるの……?」
コーディが驚いた顔をして聞く。
「そもそもなんかローズデール嬢は精霊に協力してもらってんのか?って思ったんだよ。
うまく言えないけど、あの話聞いててさ…協力してもらってる割に、ローズデール嬢の方がいいなりじゃん?」
「……確かに!なんか言ってることが引っかかると思ってたんだよ」
リオンがビクターの背中を叩き、『おまえやるじゃないか!』と笑った。
ビクターは背中を痛そうにしながら、褒められてまんざらじゃない感じ。
「もし、精霊が言ってることが間違ってたとしたら?
絶対の存在なんてもしかするとなかったら?」
リオンが私の顔を見る。
「「「この世界は本当にエリナのものなのか。」」」
私以外の声が揃う。
「いやでも、乙女ゲームの世界は間違いがないんだよ。それはエリナが覚えてた事だし、それは間違い無いんだけど……」
「本当にヒロインはエリナなのかな?」
コーディが静かに言った。
「どういう事……?」
「エリナは自分がヒロインだと言ったけど、ヒロインの容姿や格好は言ってないよね?その割にノートには他のキャラクターの特徴はたくさん書かれていたのに。」
今度はリオンが言う。
「それは自分だから書く必要がなかっただけかもよ?」
「確かに、他の情報はたくさんあるのに、なぜヒロインの情報はほとんどないんだ?」
ビクターも頭を傾げる。
「だから、書く必要がなかったから。」
「……それは『自分がヒロインだから』とも取れるが『ヒロインの情報をしらない』とかも考えられるんじゃ無いか?」
アーロン先生まで会話に参加した。
「……情報を知らない?」
先生は頭をかきながら困った様に下を向く。
「『ゲーム』がなんだかよくわからないけどさ、このノートを読んだとき思ったんだよ。
『エリナ』は別の視点で『ヒロイン』や『対象者』『登場人物』の行動を選択して、『ヒロインの気持ち』を見てたわけだろう?攻略対象がどこで何するのは完璧に知り得てノートに細かく書いてる。
『ヒロイン』はその都度、その相手の分かりきった行動に合わせて好きな『対象者』の元へ行く。そして『好感度』を上げるわけだ。」
「……そうですね……」
私が弱々しく頷く。
「『ヒロインの気持ち』を見ているはずなのに、『転生したヒロイン』にはなぜかチグハグな行動が多い。」
「それは多分、本当のイベント迄まだあと4年もあるからじゃ無いですかね……」
「だったら何故待たないんだろうか?」
「え?」
「4年後確実にイベントが起こるのを知ってるなら、なんで静かに時を待たない?」
「私が違う行動をして焦ったとか…?」
「いや、そうじゃないんだ。俺が気づきたいことはそれじゃ無い。」
アーロン先生は頭をかく。
「今の『悪役令嬢』が変な行動をしてても、何もしなけりゃいい。『ヒロイン』はただ待つだけでもよかったはず。
だって自分の世界なんだから。
確実に自分の世界だと言う自信があるなら、イベントが起こるまでの『対象者』や『キャラクター』の行動なんて『ゲームにない』ものは知らなくて当たり前なんだから、焦る必要もないはず。
あと4年もあるんだから、その後に変わる可能性だってある。何故まだ時間があるのに彼女は焦って行動に出た?」
「……それは、わかりません」
「この世界は『ヒロイン』のものだ。『ヒロイン』ならただ待てばよかった。だが彼女は待てなかった何故だ?」
「……何度もストーリーに沿って戻そうとしてるよね……?」
リオンも口を出す。
「……わからない……。」
私は困惑する。
みんなが何を言いたいのかも、わからない。
「この世界はもしかして……」
アーロン先生が頭をかき、考え込んだまま黙る。
「…ヒロインは、いったい誰だ?」




