第21話 『聖女』ってなぁに?
次の日からエリナは学校へ来なくなった。
正確には学校には来ているが、別室で授業を受けていると言う事。
魔法学棟でサマンサ先生に会ってから2日後、エリナの両親が学校へ呼ばれてやってきた。
サマンサ先生も一緒に学園長とたくさんの先生と何か重々しい空気でエリナの両親と遅くまで話し合っていたらしい。
リオンもマギーもコーディも、エリナを心配していた。
もちろん私も、ビクターでさえも。
エリナの居ない教室はとても静かで、エリナ一人いなくても誰も気にも留めてない感じが、なんだかやり切れない気持ちになる。
アーロン先生に聞いても、大丈夫しか言わないし。
「私たちが精霊について先生に聞いたのが間違いだったのでしょうか……」
マギーがいまにも泣きそうな顔で下を向く。
「でも彼女をそのままにはして置けなかったのも事実よね……。」
「ローズデール嬢だけ見えるものを変に思われたり、利用されたり……何かあっても怖いしね……」
「もー!みんな元気出せよ。俺たちの行動は正しかったのさ。エリナは今、修行してんだぜ?きっと」
ビクターが前から私たちの仲間だったかの様にすんなり馴染み、一緒にお昼を食べる仲へとなった。
だが今は彼の言動や、前向きな発言が私たちにはとても助かっている。
マギーは涙目でビクターを見つめる。
「そうですわね……私たちはエリナの帰りを待つしかないのですね……」
そう言って、目一杯溜めた瞳で一生懸命笑おうとする。
そんなマギーを『もう泣くな!』と自分の袖でマギーの涙を拭うビクター。
マギーはそんなビクターに顔を真っ赤にして俯くのであった。
おおっと……?
すいません、不謹慎は分かっているだけど。
だがどうしても気になるこの二人。
流石にリオンもコーディも気がついている様で、リオンはなるべく二人を見ないようにしてあげてるし、
コーディに関してはめっちゃチラチラとこっちに目で合図をして来ている。
正直この二人はとてもお似合いというか、とてもしっくり合っている感じがするので、温かく見守っていきたいのだが。
ビクターは『対象者』としている訳だから、この二人がくっついちゃっていいのだろうか?と言う疑問が……。
また何か狂わせてしまうと後々の軌道修正がめんどくさいことになる。
……特に私の手間が。
「もぉー早くエリナ戻って来て……」
全く何が起こっているかわからない分、また不安が増す。
私は静かに頭を抱えた。
エリナに会えなくなって、2週間目。
私たちは毎日の様にエリナの寮を訪ね、授業のノートと手紙をエリナの侍女に託けた。
いつ教室に戻れそうか尋ねても、侍女には『わからない』という返事しかもらえない日々。
何もできない私たちには、心配ばかりが募って行った。
エリナの居ない日々は本当に平和だった。
みんなで静かに勉強して、もう直ぐ来る学期末のテストの話。
テストが終わればすぐに夏休みが来る為、どこかに集まって遊ぼうとか楽しい話も増えて来た。
それでも何かポッカリ空いたままの空間を、私たちはただ見ないフリして過ごした。
そろそろ温かかった日差しは暑さを増し、雲も澄んだ空に大きく見える。
あと1ヶ月で夏休みがくる。
来週には学期末テストがあるので、みんなで自習室で勉強しようという話になり、教師棟へ移動していた。
ゾロゾロと教師棟にはいり自習室へつながる階段を上がっていると、踊り場に見慣れた姿が見えた。
「サマンサ先生……?」
私が声を掛けると、嬉しそうに私たちの側へ寄って来てくれた。
「みんな、久し振りだね!元気だったかい?」
一人づつハグして歩く先生。
男子はちょっと照れ気味。
「エリナは元気ですか!?」
いつも冷静なコーディが、ひどく焦った様にサマンサ先生に詰め寄る。
なんやかんや言ってもコーディもエリナを好きなんだなと改めて感じた。
「元気だよー!テストが終わったら、もう寮にも教室へも戻れるから、安心したまえ。」
サマンサ先生はクシャクシャとコーディの頭を撫でた。
「本当ですか!?」
マギーもすごく嬉しそうだ。
『よかったなぁ!』とマギーの背中を支える様に寄り添うビクター。
笑い合う二人。
……そして、目を泳がせる、我々。
フッ……エリナごめんよ。
馬に蹴られたくないから、私たちは生暖かく親友の淡い恋心を見守るよ……。
そう心の中で飲み込んだ。
「エリナに来週会えるの楽しみにしてるって伝えてください」
私たちは先生に手を振って別れた。
サマンサ先生は私たちの後ろ姿を、いつまでも笑顔で見送っていた。
「さぁ、また波乱な日々が始まるよ……。全く精霊は一体何がしたいのか……。どうか子供達に祝福があります様に……」
サマンサ先生は誰もいなくなった廊下で静かにお辞儀をし、祈りを捧げた。
テストも無事終わった次の日。
朝教室へ向かうと、エリナが誰よりも早く教室にいた。
「エリナ!!」
私たちは駆け寄り、彼女を抱きしめる。
「ちょっと、苦しい!苦しいって……!」
そう言いながら、嬉しそうにはにかんでいた。
「あれから会えなくなったから私たち本当に心配したのよ!」
「ごめん、なんかお父様達も呼び出されて、色々話あった結果、えらい大ごとになっちゃってさ……」
「そうだったのね……あなたがいなくて……とても静かでつまらなかったわ……」
ツンデレ発動したコーディが後半は聞こえない声で呟いた。
エリナは『え?』と耳に手を当ててる。
……残念だが、いまのいい話はもう2度と聞けないやつだ。
私が『ウヒヒ』と笑うと照れたコーディが私の背中を軽く叩いた。
コーディの『デレ』は私のもの!
教室で再会の抱擁をしていると、廊下が慌ただしくなりエリオット王子が息を切らし、現れた。
「エステル!ちょっと来てくれ……!」
エリオット王子が私の手を掴む。
「へ?」
訳がわからず、エリオット王子を見上げる私。
掴んだ手にゆっくり歩いて来たエリナが手を添える。
「エリオット様、その話なさるなら私も是非ご一緒させてください」
エリオット王子に向かって、ニッコリ微笑んだのだった。
今までにない『正しい』言葉と態度でエリオットに問いかけるエリナ。
エリオット王子は怪訝そうな表情を浮かべた。
え、本当にエリナ……?
みんなもエリナを見て激しく動揺している。
これまでだと、空気で読んだエリナが『ちょっと!!みんななんでそんな顔してんのよ!!』とかいうところであるが。
「みなさんどうしました?」
きょとんと首を傾げているのだった。
「おい、エステル。こいつはエリナの偽物なんじゃないか……?」
ビクターが私のそばで小声で言う。
「いえ、もしかすると何か改造されたのかも……!」
マギーも言い出す。
「何かおかしいもの食わされたんだよ……例えばキノコとか……!」
リオン何故キノコ限定なの……。
「今は遠慮してくれないか、ローズデール嬢。まだ正式には決まっていない。」
エリオット王子の表情が曇る。
エリナはまた微笑み、頭を下げる。
「差し出がましい真似を致しました。
わかりましたわ、私は遠慮いたします。
ですが、エリオット様。打診されたお話に関しては、もう決定した事ですのでご了承を。」
そう言ってまた頭を下げたのだった。
き、……気持ち悪ぅぅ……!!!
これ、誰!?
私は口をパクパクさせながら、掴まれてない反対の手でエリナを何度も指差した。
その様子をまたニッコリと微笑んでみているエリナ。
貴様…!エリナではないな!?
本物は…本物はどこにやった!!
私はその場を『急ぐぞ』と連れ去られたのだが。
残された他のみんなはただ立ち竦んでエリナを見ていた。
私はエリオット王子に引っ張られ、寮まで戻って来た。
さっき教室に入ったばっかなのに……。
とりあえず座れと言われたので、椅子に腰掛ける。
エリオット王子も向かい側に座ったのだが、溜息を吐くばかりで何も話そうとしない。
「あ、あの……授業は……」
「それどころではない!とりあえず遅刻の届けは二人分出しに行かせた。」
用意周到☆
だからと言って沈黙に耐えられないのですが……。
落ち着かなく、体をソワソワと揺らす。
私のその様子を見て、王子が口を開いた。
「ローズデール嬢が精霊を見ることができると言う話は聞いたことがあるか?」
「はい、それに関しては私たちも関わっていたので……」
……ねぇ、さっきから溜息多すぎない……?
私の話最後まで言い終わらない前に、すっごいデカイの吐いたよ、今。
「精霊が見えると言うことは、この世界にとって必然の存在ということが認められ、彼女は『聖女』としてこれから生きることとなった。
本来ならどの国も彼女を喉から手が出るほど欲しがるだろう……。
彼女の望みは精霊が叶え、彼女がいる国は繁栄が約束されているのだからな……。」
また海よりも深い溜息を吐く。
ちょいちょい話が終わるたびに溜息が深くなる。
肺活量増えるんじゃ……。
『聞いてんのか、おい』と言う顔で睨まれたので、コクコクと激しく頭を振って頷き返す。
「と言うことは、エリナは国から取り合いの対象となるのですか?」
エリナの身の安全は大丈夫なんだろうか……?
少し不安げな顔になる。
「この1ヶ月で護衛も教育係も決まって、彼女は俺より安全だ。」
……王子より安全って何だ……?
それはそれで、まずい気がする……。
「そんなことを言いたい訳じゃないんだ。エステル聞いてほしい。」
エリオット王子は私の手をガシッと掴んだ。
「は、はい……?」
突然手を握りられて、動揺する私。
「国としては、『聖女』を逃すわけには行かないのだ。
初めは王族に養女にと言う話になったが、それをエリナが頑なに拒んだ。
そして彼女が言ったのは、『この国にいろと言うなら、エリオット王子と婚約、結婚させてほしい』と言う話だった……」
……はい?
シナリオやら、イベントをすっ飛ばして、欲望に正直になったのか、エリナよ……。
私の脳内で悪魔のような顔をしたエリナがゲヘゲヘ笑う姿が思い浮かぶ。
「私はもう既に君と婚約しているから出来ないと言ったのだが、出来ないなら別の国へ行くと言い出した……。
ローズデール嬢の両親は彼女にかなり甘いため、『娘が望むなら我々も国外へ出る』と後押しし出したのだ。」
……話が見えて来た。
それで『私と婚約を破棄させてくれ』と言うことだろうか。
何だかこの展開。
破棄を望んでいたとはいえ、この結果はすごくモヤモヤする。
これは正しいことではない気がする。
何故だかわからないけど、エリオット王子がいちばんの被害者ではないか……?
私と無理やり政治の為に望まぬ婚約させられ、今度は国の為に別の人とまた望まぬ婚約なんて。
エリナは彼の意思と愛を望んだんじゃなかったのか?
これでは『無理やり町娘を手篭めにする悪代官』と同じじゃないか!
怯える町娘の帯を緩めて『あーれー!』とかやっちゃう気か!!
怒りが顔にでたのか、エリオット王子は私の顔を見てギョッとした。
「……それで、私と婚約を破棄すると言うことですか?」
私は口元だけ口角を上げる。
もちろん、目は笑っていない。
王子が不憫で怒りが収まらないのだ。
だがしかし、エリオット王子も怒りを露わにした。
「なんでそうなるのだ!……君は何時もすぐ破棄したがるが……。家と家の縁を結ぶのはそんな簡単なことではないのだ。
俺はとにかくセドリックを推したのだ。どうしても王妃がいいと言うなら、俺は王位継承権を破棄したっていい……。ともかくこの有無を言わせぬ話に納得ができないのだ!」
王子よ。
それを言うなら我々の婚約でさえ、有無を言わせてくれなかったのですが……!
思わず苦笑いをしましたが、黙っといた。
「……確かにこれは脅しに近いので、フェアではないですね……。でもエリオット王子は……」
「エリオットと呼べと言っただろう……!」
「……エリオット、様は、エリナのどこがダメなのでしょうか?」
エリオットはびくりとして顔を上げる。
「か、彼女はちょっと変わってるだろう……。」
……ちょっとってだけじゃないけどな……。
「それを言うなら、私も変わってると思いますが……」
「いあ、エステルとは違う……エステルはまだ常識があり、言ってることは正しいことが多いが……彼女はちょっと……」
エリオットは口ごもる。
エリナ何をしたの……。
エリオットが軽く怯えトラウマ抱えるほど、彼女は何をしたのか。
というか、このままいくと誰が悪役令嬢かわからなくなって来たぞ……。
思わず頭を抱える。
エリオットも溜息をつきながら、頭を抱えた。
「彼女は今までの行動は改めると言った。俺が望むようにマナーも習い、王妃としての教育も受けると……。だが今のままでは、彼女の『俺の返事次第で国を危機に晒す』という言葉がどうしても従う気にならなかったというか…どうしても納得ができない……。」
エリオットは膝の上で固く拳を握った。
「こんなこと頼むのはオカシイとは分かっている。だが、君の知恵を貸して欲しい。」
「私の、ですか?」
私の考えが役に立つとは思えないのだが、何で私なんだろう?
思わずエリオットを見つめてしまう。
「君はどんな時も冷静に分析出来る。いまの俺ではまともに考えることは出来ない……」
何度も溜息を吐きながら、また頭を抱えた。
エリオットもまだ10歳の子供なのにな。
王子と言うだけで、ワガママも言えず、ここまで国を背負って考えないと行けないのか……。
「とりあえず、こうしませんか?」
私の考えはまだ結婚は時間があると言うこと。
要は問題を先伸ばすと言う事。
と言うか、4年後の本編で私が断罪され、彼女が結ばれると言うストーリーがあるのなら、ここで彼女は婚約者としての立場であってはいけないのではないだろうか?
目先の欲に『チャーンス☆』だと食らいついただけな気がする。
それとも何か焦るようなことがあったのだろうか?
それは本人に聞かなければわからないのだけど……。
「私の立場も、エリナの立場も、エリオット様の婚約者『候補』と言う事に致しませんか?」
「だが俺は君に一生残る傷を……」
「今はそういう責任は心の中に留めておきましょう。今はピンチです。背に腹は変えられないのです。」
「だがそうなると、他にも候補を希望する令嬢が増えてしまう事になるのでは?」
「そうなるともう、正妻と側室の候補ですよね。どちらが正妻に相応しいのか卒業パーティまで見極めるとか。そうするとあと4年伸ばせますねぇ。」
私は腕組みをして、顎に手を当てて考える。
「伸ばせたとしても、その4年後彼女を選ばなかったらこの国は精霊に見放される事になるのではないか……?」
「その時は……」
私はニヤリとエリオットを見た。
「その時考えましょう!!」
エリオットが『!?』と言う表情でかたまっている。
だって今はそれしかないでしょう!
そもそも今のエリナが冷静な判断しているとは思えない。
一度話を聞いてみないと、どうにも話は進まないのだ。
エリオットは今、とても不安だろうからその不安を取り除かないといけない。
例え先延ばししたとしても、4年あれば何とか出来るんじゃないかと。
と言うか、4年後に全てが分かる気がする。
この世界の『ヒロイン』である、エリナが精霊が見えると言う能力は、この世界の『ストーリー』を知っているエリナでさえ知らなかったチカラ。
もしかすると、もっとエリナの知らない何かがもっとあるんじゃないのか……?
それがもし、私が悪役令嬢として機能してないせいだと言うなら、トコトンまで『ストーリー』とやらに抗って生きていってやろうと。
ともかくエリナと話をしなければ。
私は励ますように、固まったままのエリオットのそっと背中をさすった。
「へぇ、やっぱりエリオット様はエステルに頼ったんだ。教えてくれて、ありがとう」
教室のテラスでピンクブロンドの髪をなびかせる少女が、空中に向かって話している。
前なら『また残念な令嬢がブツブツ何かを言っているな』と見られるのだが。
エステルとエリオットがいない朝に急遽朝礼が行われた。
予定しなかった朝礼だったが、少女が学園長に強く希望したようだ。
その朝礼で学園長はエリナが聖女になったと伝える。
そしてエリナが特別な存在だと、全校生徒の前で言ったのだ。
彼女はエリオット王子の婚約者だと。
エリオット本人がいないところで、壇上に上がったエリナがとびきりの笑顔で発表する。
困惑したのはコーディ、リオン、マギー、ビクターの4人のみだった。
一人事情を知っているセドリックは、口を歪ませてエリナを見つめていたのだった。




