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第20話 精霊ってなんぞ!?

ビクターは肩より少し長い紫の髪を、後ろに細く結っていた。

瞳はやや赤が強い黒。

黙って物憂げになんてしてたら、シュッとした醤油な感じの賢そうな美少年なのに。

私が見つめていたことに気がついた彼は、上目遣いに私を見つめ、フッと笑う。


「ん?カーライト嬢、なんで俺をじっと見てんだ?あー、さては俺に惚れたな?」


黙っていれば!!!

ちくしょう!!!

なんでこんな喋ると台無しになった気持ちになるんだ……!


もう何も答えず、冷ややかに目だけ細めた。

いちいち相手にするから、付け上がるんだ……。


放課後。

総勢6名となった我々は、魔法学の先生に会いに、少し離れた校舎の前にいる。

5年後、専門教科の選択次第では、ここに通うかもしれないなんて、ワクワクしているが。

大人しくすると約束したはずのビクターが、あまりにうろちょろして落ち着かないために、私たちは保護者の様に彼を追いかけるのにそれどころじゃない……。


「もう師匠が捕まえててよ……。信頼度あげるチャンスじゃない……?」


「私には無理よ!……ビクター様は私の中でもう『対象外認定』したわ!」


要は思ったより好みじゃないし、手に負えないので放置するって事では……。

私はエリナを引きつった顔で見つめてた。

エリナもそれがわかっているのか、私と目を合わそうともしない。


ビクターにえらく頑張って付き添っているのは、マギーである。


「私弟3人もいるんですよー!だから、こういうの慣れっこで。」


なるほど。

だからか分からないが、だんだんビクターもマギーの言うことは聞き入れて来た様に見える。

まるで、お母さんと子供。


この様子を見ていると、ビクターが『対象者』としてどう言う人物なのか気になって来るところ。

今のままじゃ、想像もつかない。


「ビクター様はそこそこ人気があったわよ。……脳筋だったけど。

騎士団長の息子で、兄がとにかく優秀なの。

ビクター様は運動神経はよく、体術センスも良いんだけど、剣の腕がどうも伸び悩んでいて。

他の人よりは出来るのに、兄と比べられて、劣等感を抱くの。

『私』の励ましや癒しに、彼は剣ではなく武術の腕を磨いて、兄と父を見返す感じだったわね。」


…何も言っていないのに、心を読んだ様にエリナが私に説明をする。

私の肩に肘を置いて耳の近くで喋るので、背筋がゾゾッとして飛び上がる。

突然飛び上がる私に、前にいたリオンが軽くビビった。


「おどかさないでよ……」


……それはエリナに言ってくれ……。


随分と魔法学棟の廊下を進んで、サマンサ先生のいる部屋へ案内された。

流石魔法に特化した学科!

案内も魔法でできた、半透明のウサギがここまで連れて来てくれたのだ。


私たちが遅れない様に何度も振り向くウサギが可愛かった……。

重い扉をみんなで押して中に入る。


「こんにちは……?サマンサ先生、いらっしゃいますか?」


扉を開けると、どこまでも高く、無造作に積み上げられた本が壁の様に左右に立ちふさがる。

すごい圧迫感と足音の振動で揺れる本たちの倒れてこないかと言う恐怖。


ウサギがスイスイと部屋の奥へと消えていった。

私たちはそれに続いて、恐る恐ると先へ進んだ。


「よく来たな、幼き探求者たちよ。話は初等部学長から話は聞いているよ。」


床から渦を巻く様に上へ伸びたクリスタルの様な見たこともない椅子に腰掛けて、私たちを見下ろしている黒い服の女性。


如何にも魔女が被ってそうな大きな帽子を目深にかぶり、あまり手入れしてなさそうな黒く長い髪を無造作に垂らしたまま。

長い爪が分厚い本をめくる時に便利そうだった。


ゆっくりとクリスタルの椅子がブニョブニョと不気味な音を立てて床に向かって縮みだし、女性は地上へ降り立つ。

そして、私たちの方へ足を進める。

帽子で表情は見えないが、金色の瞳だけが光って見えた。


まるで絵本そのままの魔女の姿に、私たちは怯える。

彼女が近づく足音がまた、恐怖心を誘う。


『アーロン先生、私たちに会わせる先生のチョイス間違ったのではないだろうか?

もしやこのまま捕まえられて、太らされて食べられるなんてことに!?』

そんな物騒なことも、頭によぎる。


彼女が私たちの前にゆっくり立った。

私たちはギュッと体を寄せ合う。


彼女は『ニッ』と笑ったかと思うと、おもむろに帽子を勢いよく脱いだ。

帽子と着ていた服が目の前に舞う。


「子供達、ビックリしただろう?」


金の瞳に、燃える様な赤毛。

前髪が眉より短く揃えたオカッパの女性が『ジャーン』と口で効果音をつけながら、両手を広げて立っていた。

もっと驚いたのは服装で、タンクトップにツナギ。

ツナギの上部は腰で縛っている。


『えっと、ここは魔法学部の研究室ではなかったかしら…』

思わずキョロキョロと、扉のプレートを目で探す。


「あはは、大丈夫だよ、ここは間違いなく魔法学第1研究室で間違い無いよ?」


……思考を読まれた……!


ビックリして見上げる私にまた『ニッ』と笑顔を向ける。


「魔法学はね、体力勝負なんだ。今時あんな帽子をかぶったり、黒い服なんて着てる魔女はいないよ」


じゃあなんで着てたんだよって言う……。

そんなツッコミを飲み込む。


「しかしこんな遠いとこまでよく子供達だけで来たね。」


長い付け爪をベリベリ剥がしながら、彼女は言った。


「あの、あなたが……」


マギーが怖々彼女に質問する。


彼女は小さく『あ!』と言って。


「自己紹介がまだだったね。私はサマンサ・ユーティリス教授だよ。さあ、子供達座りなさい!」


胸に手を当て、紳士のお辞儀をするサマンサ先生。


そのお辞儀と同時に先ほどのブニョブニョしたクリスタルの椅子が私たちをすくい上げ、それぞれの椅子とテーブルへと変化していった。


わぁあ!

実際目の前での魔法イリュージョンを見せて貰って、純粋にアトラクションを体験している様な感動が沸き起こってる。


「魔法ってすごいね!」


私が思わず口に出すと、サマンサ先生は嬉しそうに笑いかけて来た。


「そうだろう!?魔法はとても素晴らしく偉大なものだよ。でも使い方を間違えるととんでもない悪いものになってしまうから、難しいね」


『それで。』

サマンサ先生は続ける。


「君たちの質問は『精霊はこの世界に存在するか』だったかな?」


私たちが何か答える前に『パチン』と指を鳴らす。

そうすると先ほどのウサギが、たくさんサマンサ先生の周りに集まってくる。

浮遊しながら、積み上げられた本の壁の彼方此方から一冊づつ本を上手に抜き取って、次々と運んで来た。


「君たちが来るからウサギにしてみたんだ。何時もだったら学生がすごく嫌がるから蛇とかカエルとかにしてるんだけどさぁ。子供にはやめてくださいって助手が言うから。」


あぁ、この人もドSなのか……。

嫌がる学生たちが不憫でならない。


「えーカエルかぁ!カエルカッケーじゃん!」


すごく残念そうにつぶやくビクター。


「そうだろう!?君はカエルの良さがわかるのかい?昔から魔女といったらカエルや蛇を従者にしてたんだよ!……最近の学生はわかってないんだよ!」


サマンサ先生は腕を組み何度も頷く。


いや、蛇は流石に魔法とわかっても怖いだろう……。

若干エリナまで気押されて引いている。

エリナが引くぐらいの先生って!!


また話が脱線しそうなので、精霊の話に軌道修正する。


「それで、先生。精霊はいると思いますか?あと、それが見える人がいたとしたら、その人は何か影響ありますか?」


私がやや前のめりで先生に詰め寄る。


サマンサ先生はまた指を『パチン』と鳴らすと、先ほど集まった一冊の本が私たちの前にパラパラと開いた。


「精霊はいるよ。そして、見える人も稀にいた様だね。この本では確か100年ほど前に二人いた様だねぇ」


本の内容を確認する様に、指でなぞりながら説明してくれた。


「精霊が見える影響はないと思うけど。でも精霊が見えることは、それなりの機関に保護してもらう必要が出てくるんだ。なんてったって、『聖女』と言うことになるからね」


「「「聖女!?」」」


ほぼ全員、ビクター以外が『ガタン』と音を立てて立ち上がる。

そして同時にエリナを見つめる。


エリナ自身も喜んで良いのか困ったほうがいいのかよくわからない顔をして狼狽える。


その視線に勘のいいサマンサ先生は気がついた様で。


「まさか、君は本当に見えるのかい!?」


と歓喜の表情でエリナの肩をガッシリと掴んだ。


エリナも流石に『まさか私捕まえられて研究されるんじゃないか?』と思ったらしく、声にならない声を出しながら、激しく頭を振った。


「そもそもみんな精霊は見えないんだから、見えるって素晴らしいじゃないか!いったいどんな風に見えてるんだい??」


先生はそう言うと、紙とペンを持って来てエリナの前に置く。


「さあ今見えてる精霊を書いて見てくれ!!」


嬉しそうにエリナをニコニコ見つめる先生。

エリナは戸惑いながら、渋々ペンを握る。



「…精霊はこんなものなのか…。」


さっきの表情と打って変わって、先生がうな垂れる。


「私、絵は得意じゃないんですって!! 」


真っ赤な顔してエリナが弁解している。

コーディがとても可哀想な目をしてエリナを見ている…。


紙に描かれたのは、アメーバーに羽が生えたような、ゲジゲジしたものに足が生えてたり、とても精霊とは見えないものばかりだった。


「では実際はどうなんだい?」


嬉しそうに顔を上げる。

なんだか子供みたいに表情がクルクル変わる先生。

さっきまでちょっと怖かったのが嘘の様に親近感が湧いてくる。


「えっと姿というか、光の塊なんです。それが薄い青だったり、緑だったり、ピンクだったり…。

うっすら光の中に羽の様なものが見えていて……。

フワフワ飛んで、時々話しかけてくれたりします。」


エリナが身振り手振りを交え説明してる。

その様子を『うんうん』と頷きながら聞いていた先生が突然、さっきと違う本を取り出してページをめくりだす。


「ほら見て?ここに書いてあることと一緒だ。と言うことはやはり君は間違いなく精霊が見えている証明にもなる。」


「えーでも本に書かれてることも間違ってんじゃないのかよ?」


ビクターが退屈した様に頭の後ろで両手を組み、テーブルに足をかける。

マギーが速攻でその足をピシャリと叩き、『めっ!』とビクターを諭す。

……躾されている。


「この本はいわゆる外には出回らない禁書と言われるものだ。なのでたかだか10歳の学生がおいそれと目に入れられるものではないのだよ!」


いや、さっきから結構私たち見てますけどね!?

禁書と聞いて、積み上げられてた本をコッソリ読もうとしていたリオンが、ソッと本から手を離した。


「だからこそ、この本と同じ話をするこの子の話は、信憑性がある可能性は高い。

ねぇ、精霊は君になんて話すのかい?精霊とどんな会話をしている?」


嬉しそうだが……近いと思います、先生。

正直ここまでエリナが押される姿は見たことがない!


引き気味に話すエリナ。


「え、えと。今日だと夕方から雨が降るよって。だから傘を持って来ました。」


「え?!雨降るの?エリナなんでおしえてくれなかったの!」


思わず口を挟んでしまうが、リオンに「わかったわかった』とあやされて、椅子に再び座らされる。

だってこんな晴れてるのに傘なんて持って来てないよ?!


サマンサ先生が豪快に笑う。


「雨がもし振ったら傘は全員分貸してあげる!エリナ、ほかには?」


エリナの側で椅子を反対にして座り、楽しそうにエリナを見つめる。

その後ろで浮いた紙とペンがサラサラと何かを書き記していた。


「えっと、本当にちっぽけなことなんですけど……。ちょっとした危険を教えてくれたり。あとはいいことが起こりそうな予感を知らせてくれて、それが叶って私が喜ぶと一緒に喜んでくれます。

私的には日常的に見えてたり喋ってたので、友達の様な感覚でした。」


「それはずっとそばに居るのかい?」


「いえ、いたりいなくなったり。色によって違う精霊だと言うのはすぐわかりました。性格?と言うか、その用途で知らせてくれることが違うので……。

やな事があったら、励ましてくれる子だったり、黙ってそばにいてくれるだけの子だったり。

時には意地悪をされたら、コッソリいたずらをして軽い仕返しをしてくれる子もいました。」


「へぇ!精霊に性格か。これは大発見だ!」


興奮気味に話すと、書いてるペンの速度も速くなる。


先生とエリナの会話を私たちは静かに聞いていた。

途中あまりに退屈だったのかビクターは寝てしまい、ソファーでマギーが膝枕をする羽目となる。


どれくらいの時間が経ったのだろう。

精霊の質問はまるで永遠と続いた。


流石に待ってるだけの私たちも疲れて来て。

それを何かが感じ取ったのか、クリスタルの椅子は大きな柔らかいソファーと変化した。

そこにゆっくりもたれる。


ゆっくり響く様な音がして、入り口のドアが開く。

コツコツと歩いて来たのは、見慣れた先生だった。


「……サマンサ教授……何時だと思ってる。子供達を日が暮れないうちに帰すと約束したはずでは?」


アーロン先生は怒った様に眉を上げた。

よく見ると肩のあたりが濡れている。

……もしや?


「先生雨降ってます?」


「ああ、突然夕方から雲行きが変わり、今は結構降っているな」


……エリナ予言大当たりである。

あ、精霊予言か……。


「もうそんな時間だったか!!」


サマンサ先生は驚いた様に時計を探す。


「…もう夜の8時ですよ。子供達が帰ってこないと寮では大騒動になってます。」


8時!!!

ソファーでダラリとしていた私たちは、ガバッと起き上がって焦る。


「夕食7時までに取り行かないと食べれなくなっちゃうよね……?」


私がコーディの顔を見る。


「……そうね。侍女も私たちが帰ってこない事でそれどころじゃないだろうから……」


「……夕食抜きか……?」


リオンが頭を抱える。


そんな様子を見てサマンサ先生が手を『パチン』と叩いた。


「子供たち、すまない!ご飯なら私が用意させるよ。とりあえずはみんなで戻ろう。私もお詫びについて行くよ!」


腰に巻いたツナギをいそいそと着出す。


アーロン先生は寝ているビクターをそっとおんぶした。


「お前たち、疑問はもう解決したのか?」


「……解決はしたけど、謎は深まるばかりです。」


リオンが苦笑い。


その答えに先生も首を傾げた。


みんなでバタバタと帰る支度を始める。

急ぎ足で魔法学棟から出ると、入り口には教師長や学園長まで、たくさんの先生が勢ぞろいだった。

やばい、大ごとだよ!!

これはまた、母の説教の手紙が来るのではないか。

まだ入学して1ヶ月しか経っていないと言うのに、2通目が着てしまう恐怖。

私はとても複雑な気持ちになる。



「アーロン先生。私はしばらく初等部に通わせて貰うことにするよ。」


「……え?教授がなぜ……?」


「エリナには私が必要になると思うからさ」


そう言うとサマンサ先生は『ニッ』と笑った。


アーロン先生はさっきよりもっと首を傾げた。



寮内では結構騒ぎが大きかった様で、お兄様が私の部屋で心配して待っててくれた。

また心配をかけてしまった……。


遅くなったのは私たちのせいではないため、私たちにお咎めはなかったのだが……。

しばらく放課後は先生の監視のもとに早々に帰宅する事となる。


エリナはずっと静かだった。

時折サマンサ先生と何か会話してた様だが、表情までは読めなかった。

ちょっと心配……。


別れ際、エリナに声をかけようとしたが、エリナは食事も取らずに部屋へと帰って行った。

なんだか不安な気持ちがモヤの様に湧き上がる。


思わずコーディの手を握る。

コーディは何も言わず、手を握り返してくれた。


明日いつもと同じ様に『おはよう』って言う。

きっと彼女もいつもと変わらず、『エステル宿題見せて!!』と言ってくるはず。


きっと明日も何も変わらない朝がくる。

なぜか私はそう願っていた。


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