第19話 エリナ、見えるんです☆
うちの両親という嵐が台風の様にあっという間に過ぎ去り、やっと私は明日から学校へ通えるぐらいに復帰した。
その話を昨日手紙で書いたら、学校が終わってみんなでお見舞いに来てくれた。
「とりあえずは、計画通りよ。」
お見舞いに来て一発目の言葉がコレだ。
思わず目を見張る。
「……自分で勝手にいい様に解釈してくれて、何よりですわ」
同じく一瞬目を見張ったコーディが、頬に手を当てて微笑んだ。
「いいのよ、これで。リオン様は『結果』エリオット様に感謝をしている。将来従者になることも考えている。……完璧な計画通りよ!」
『エステルよくやったわ!!』とエリナは歓喜に打ちひしがれていた。
……ただし、それには条件があって、私が王妃になるならって話なんだけど…ね?
王妃になろうとしているエリナに、そんなことは口が裂けても言えない。
「……僕はローズデール嬢にファーストネームで呼ぶ許可をしていないんだけどねぇ……」
リオンがエリナを冷ややかな目で見ている。
コーディがリオンの肩をポンと叩いて、『……諦めた方がはやいわよ』とアドバイスした。
リオンは私たちの顔を見渡してから、溜息をつきながら深くうな垂れたのだった。
「もうどうせならみんな友達なんだから、名前で呼びあったらいいじゃん……」
私がボソリと呟く声に、コーディとリオンが『あっ』と、顔を見合わせた。
今気が付いたんかい!
「そう言えば、残念な令嬢ってどこから来た噂なんですか?」
マギーが小声でリオンに話しかけた。
「あぁ…」
リオンは困った様に軽く咳払いをする。
チラリとエリナの方を見ると、一人の世界に入り込んで何やら嬉しそうにイベントの反芻をし始めたので、
安心したかの様に、リオンが話し出した。
「入学当時は『すごく美しく可憐な少女が入学して来た』と、大層な噂になってたんだよ。
他のクラスや学年から、彼女を一目見ようとたくさん見に来ていてね。
でも数日経つと、顔に似合わずガサツと言うか……突然叫ぶし、意味わからない事を言うし、見えないものを追いかけ回すしで……。
……1週間後には、その噂が付いたかな……?」
意味わからない事に関してはきっと『この世界は自分のものだ』とか『対象者のイベント回収しなくちゃ』などであろうが。
……見えないものを追いかけ回す……?
コーディもマギーも、その一文に引っかかった様だ。
お互いの顔を見合う。
リオンは私たちの反応に『何かまずい事でも言ったかな?』と焦るそぶりを見せた。
「リオン……その、見えないものを追いかけるとは……?」
私が代表して恐る恐る聞く。
「それは、僕にもわからないなぁ……。僕最初からローズデール嬢には微塵も興味持たなかったから……」
……あれ?この人エリナの対象者の一人じゃなかったっけ……?
しかも初心者オススメ☆難易度イージーの……。
微塵も興味なかったは、やばいのでは……?
なんとも言えない顔でリオンを見つめていたら、つられてリオンも複雑な顔をした。
まぁ、他に誰も気がついてない様なので、気がつかなかった事にした。
エリナ、頑張れ……。
しかし、目に見えないものを追っかけるとはもう、変人扱いではないだろうか。
これはエリナの名誉を回復しないと、誰ともハッピーエンドなんてこない気がする。
それはマズイ。
いまだに妄想の世界から帰ってこない彼女を私は呼び止める。
「師匠、将来私と一緒に引きこもり老後生活頑張るって言う手は……?」
「イヤよ!!私はエリオット王子一択で行くわ。あわよくば全員ハッピー☆ハーレムルートなんて、もう言ってられないのが分かったの。」
即答で断られた挙句、よくわからない決意のガッツポーズをするエリナ。
コーディとマギーが私の肩を叩いて、察する。
『私たちがついてるわ……』と。
「とにかく他の対象者の信頼度はそこそこ上げれば本命ルートが突入するから。
次はビクター・ウォーレンに接触しなくちゃ。」
「えーまたプラグ?回収とか言うやつですかぁ?」
マギーが明らかにイヤそうな声を出した。
マギーさん、プラグではなくて、フラグです。
……実に惜しい!
そして結構エリナに遠慮なく言える様になったのね。
コーディのお陰かしら……。
「師匠、もう丸投げされたら私は降りる……」
私も引きつりながら答えると、エリナはひどくショックな顔をした。
「丸投げなんてしてないじゃない!だってトラブルがあったんですもの!
まさかアーロン先生に連れていかれるなんて思わないじゃない!?」
「……あれだけ自習室で叫んでたら、そりゃ連れていかれるわよ……。」
コーディが呆れ顔でエリナを見る。
「自習室で叫んだんだ……」
リオンがエリナをなんとも言えない顔で見つめている。
きっと『とても不憫な子なんだろうなぁ』とか思ってそう。
「ともかく、対象者攻略とか言う前に、先にご自分の名誉を回復される事が大事なのでは?」
コーディが続ける。
エリナは『名誉??』とまるで分かってない様子。
「……とりあえず目に見えないものは追わないほうがいいよ……?」
私が付け加えると、エリナが考え込んだ。
「目に見えないものって……て言うか、もしかしてみんなには見えてないの?」
我々訳がわからないので、お互いの顔を見渡す。
『あなた知ってた?』
『あらやだ、私は知らないわあ。奥さんは?』
『わたしも知らないわよお』
て言う感じで。
まるで井戸端会議中の主婦の様な表情を浮かべる我々に、エリナがまた黙った。
「えーっと、まず。エリナは何が見えてる?」
「……精霊だけど?」
「「「……精霊!?」」」
全員の声が揃う。
「待ってくれ……。今まで精霊が見えるなんて、聞いた事ないぞ……!」
リオンが激しく動揺する。
コーディもいつもの冷静な感じとは打って変わって、明らかに動揺しまくっている。
持ってるカップが小刻みに震えるぐらいに。
マギーなんて口をポカーンと開けたまま、動かない。
エリナは精霊が見えているのが自分だけだとやっと理解したので、驚き戸惑っている。
「ほ、ほら、ここにもいるの。見てみて」
自分の肩あたりを指差すが、見えない私たちには『お前の後ろにお化けが……』と言われたのと同じビビり方をする。
あまりに私たちがビビり倒すので、エリナも不安げに私に飛びついた。
いや、言い出したのあなただから!
私の後ろに隠れるの、なんで!?
4人で変な動きをしながら、収集できないビビり具合だったので。
『とりあえずみんな、落ち着いて座ろう』と言うことになった。
「話をまとめましょう。」
いち早く落ち着きを取り戻した、コーディが口を開いた。
さすが我らの取りまとめ役である。
「精霊が見えるって、いつから?」
「物心ついた時からもう見えてたの。お父様もお母様も見えるのが私だけだとは教えてくれなかったけど、誰かに言ったりしてはダメだとは言われてた……。
だから普通にみんな見えてるから、当たり前すぎて言うなよって意味だと思ってた。」
「それはゲームにはなかったの?『私だけが見える存在』みたいなやつ……」
「ないよ……。精霊なんて『きっと精霊のご加護があったのね!』程度の、セリフにチョロっと含まれる位しかないんだから。だからこそ私だけが見えるって言うのになんだか怖い……」
この辺りの話はリオンを置いてけぼりにしているが、まさか『対象者』にこの内情を説明するわけにはいかないので、あえて『え?げーむ?せりふ?』となっている間に、話を進めていく。
「て言うか、ローズデール家はなぜちゃんとこれを教えてなかったのか……。
もしや、『うちの娘は空想好きなんだなぁ』程度で本気にしてなかったのでは……!?」
エリナが『ハッ』として顎をガクガクしだす。
「あ、ありえる……!」
ありえるんかーーーい!!!
思わず椅子から滑り落ちる。
いやぁ、この世界でまさか吉本ばりのコケ方するとは思わなかった……。
「……あなた、昔からどんな子だったのよ……」
とてつもなく、コーディのエリナを見る目が憐れんでいる。
マギーもリオンでさえ、可哀想な子を見る目でエリナを見ている……。
「……私が精霊のこととかゲームの事とか言っても、いつも笑って『そうか、そうか』『あら、素敵ね』とか言われていたから……私的には信じてくれてるんだと思ってたわ……」
流石のエリナも自分の親の扱いにショックを隠せない様だ。
うちの親でももうちょっと私をちゃんと扱ってくれるんじゃないかと思うが……。
ただ可愛い娘。
だが娘が何か人と違うことを言っているが、まあ学校へ通い出したら、そのうち止めるだろう。
きっとそんな感じだったのではないか。
「というか、精霊が見えるってどうなるんですか?」
マギーが沈黙を破った。
「今までに聞いたことないから、信じてもらえないか、もしくは何か検査するとか……?」
「え?イヤよ、検査なんて!!」
リオンの答えにエリナが怯えた様に動揺する。
「いや、これは僕の予想なので。ともかく先生に相談するのがいいのかもしれない……」
エリナの同様に、リオンが取り繕う。
「私も先生に相談するのがいいのかもとは、思った。何にせよ、精霊が見えるなんて、特別よ……」
エリナはコーディの『特別』という言葉にひどく反応する。
「私、特別なのね?やっぱりこの世界は私の世界だからなのね!!」
さっき怯えていたのが嘘の様!!
……まぁ、エリナが怖い思いをしたままじゃなくなって、私はホッとする。
「とりあえず明日、先生に言う前に図書館で調べてみない?」
「何かわかるかもしれないし、賛成だわ」
コーディが頷く。
「うん、僕もそう思ってたよ。さすがエステルだね」
リオンがキラキラした目で私を見ている…。
やめて、そんな穢れなき眼で私を見ないで!
恥ずかしくなる!
思わず両手で光を遮る様な仕草でリオンを避ける。
リオンは私の動作が面白かったのか、「ブハッ』と吹き出して笑った。
次の日。
放課後図書館に集まって、精霊に関する本を探す。
流石に目に見えないものについての本は少なく、本当にこの世界に存在しているのか怪しくなるほどだった。
エリナ、実はそれは精霊ではなく、幻覚なんじゃ…なんて思ったけど流石に口から出すのはやめといた。
あ、きっとコーディも同じ様なことを思っている……。
微妙な表情でエリナをチラチラ見ているからだ。
コーディ、我慢よ。
私も我慢するから。
「うーん。もしかすると、機密事項とかだったりして……。禁書の中にあるとか……」
リオンが軽く背伸びをする。
5人で端から端まで図書館の本を探し回ったので、結構疲れた。
病み上がりなので、体力的にももうちょっと眠くなってくる。
エリナはずっと黙っていた。
昨日最後は喜んでいたが、思ったより自分の両親の対応にショックだったのかも。
そう思ったのだが。
「ねーもうめんどくさいから、先生のところにいこー」
……ただ飽きているだけだった!!
「そうだね、禁書部類ならもう僕らのやることは限られてる。」
リオンが立ち上がり、出した本を元に戻しに言った。
私たちも各自で帰りの支度をしていると。
「おい、もう結構な時間だぞ。もうここ締めるから早く出ろ」
ナーイスなタイミングで、アーロン先生が現れた。
……すっごい偶然。
「精霊についてだと……?」
アーロン先生が眉をひそめる。
そんな中エリナがちゃっかり先生の隣を陣取って、どうやってフラグ回収しようかと、モジモジしている。
それを横目で見て、ドン引きする我々。
「例えばなんですが、精霊が見えるなんてことがあった場合どうしたらいいんでしょうか?」
我々を代表してリオンが口を開いた。
先生は腕組みをして考え込む。
「そもそも精霊とは目に見えない存在だ。それが見えると言うことは特別な存在と言うことになるのだろうが……専門の機関に問い合わせたりしないとわからないな……。そもそも本当にいるのだろうか……」
……先生、それは言わないで……。
エリナ、幻覚が見える説、濃厚に。
しかし、先生もわからないぐらいの問題だなんだな、と。
私たちがこの問題に頭を悩ましているとき。
エリナだけは先生がさっき言ってた『特別な存在』と言う言葉だけを脳内で抜き取って、ニヤニヤ笑っているのだった。
マイペースすぎ!
結構マジなトーンで私たちが精霊について、『どうにか詳しい人の意見を聞きたい』と懇願したため、教師長に聞いといてくれる事になったところで、今日は解散となった。
もう外は夕陽が沈みかけ、空が暗くなり始めていた。
みんなでゾロゾロ寮へと歩いて帰る。
アーロン先生が送ってくれたので、みんなで歩く暗い道は、ちょっと楽しかった。
寮の入り口まであと少しと言うところで、人影がこちらへ走ってくるのが見える。
暗がりにシルエットしか見えない人影が走ってくるのは、結構怖いものがあるなと思いながら。
こっちにはガタイの良い先生がいるのだからと、安心感から構えて待つと。
「よぉ、お前らこんな時間まで何やってんだ?」
大き目な蹴り玉を持って走ってきたのは。
さっき噂になった『ビクター・ウォーレン』だった。
「ウォーレン、なんでお前がここに?」
リオンがいきなり現れたビクターに質問する。
「俺は今日の体育でやった蹴り玉が楽しくて、今までずっと校庭走りながら蹴って来たとこだけど……グレイス、お前は女子達と何やってたんだ?」
頭の後ろで両手を組んで、リオンを冷やかす様に笑った。
小学生か!!
ってツッコミをしようとして、ハッとする。
……私たち10歳だったわ……。
と言うか、みんな大人びてて、時々10歳ってことをすっかり忘れちゃうんですけど。
10歳の男子の正しい反応に、新鮮さを感じる。
こ、ここはセオリー通りに『やだぁ、男子ぃ〜』的に言うべきか。
構えていう反応じゃないが、いつ言おうかと挙動不審になる。
「ウォーレンには関係ない。みんなで調べ物をしてただけだ」
リオンは冷ややかな顔をして、ビクターを見ていた。
それは正しい反応じゃないぞ、リオン。
10歳の男子ならきっと『そ、そんなんじゃねーし!』とか照れながら、焦り口調で言うべきなのに!
無言でリオンを見つめる。
リオンは私がじっと見つめ出したので、照れながら焦り始めた。
……違う!!今じゃない!!
うまくいかないジレンマに『くぅぅっ』と拳を握る私。
私とリオンが見つめ合った事で、またビクターがニヤニヤし始めた。
「おい、お前ら付き合ってんのか〜?」
割と分かりやすく冷やかすビクター。
私とリオンを交互にジロジロ見つめてくる。
「そ、そんなんじゃねーし!」
「……今じゃないんだってば。」
「「…え?」」
リオンもビクターもキョトンとする。
あ、しまった。
声に出しちゃった☆
「ナンデモナイデス」
エヘエヘ誤魔化す様に笑う。
「もうその辺にしろよ、ビクター。もう夜遅くなって来たんだから、お前も早く入れ!」
先生が助け舟を出してくれる。
「なんだよ、先生も一緒だったのかよ!」
ビクターはとても分かりやすく『しまった』と言う顔をして、逃げる様に寮へ入っていった。
「……先生、色々ありがとうございました」
リオンが深々お辞儀をしてお礼を言う。
私たちも続いてお辞儀をする。
「もう遅いから、寄り道せず各部屋に戻れよー」
私たちが寮へ入るところを見計らって、先生は去っていった。
エリナだけは名残惜しそうに先生に最後まで手を振っていたけど。
まだハーレムルート諦めてなさそうな様子……。
夕食が終わり湯浴みも終わって、宿題をしようと机に向かう。
ふと、今日のビクターとリオンの様子を考える。
ビクターは何となくだけど……。
どっちかと言うとリオンより、ビクターの方が初心者向けなんじゃないかと勝手に思った。
あと、こっちが何もしなくても、ホイホイ策略に自ら掛かって来そう。
どのみちすごく年相応の反応が良いんじゃないかな。
絡み方は本当にウザそうだが……。
そんなことを考えながらだが、宿題はとても捗った。
私すごい。
朝学校へ行くと、リオンとアーロン先生が話をしている姿を目にした。
リオンが私の姿を見つけると『こっちこっち』と手招きをしてくる。
やや急ぎ足で近寄って行くと、私の走り方が面白かったのか知らないが、リオンと先生までもが肩を震わせて明らかに笑っている。
だって今日の授業で使う辞書が2つも入ってて、カバンが重かったから!!
てか君たちすこぶる失礼だぞ!!
朝から微妙にテンションを下げさせられて、態度も太々しくなる。
「んで、何すかね。なんか用すか?」
「ごめんて。そんな怒らないでよ、エステル……」
まだ微妙に落ち着いてないリオンに謝られても、許す気にはなれない。
すっごい口を尖らせ、すっごい頬が膨らんでいる。
「すまん、エステル嬢。走り方があまりに可愛かったもんだからな……」
口元を手の甲で抑え、笑いが止まらない先生。
……絶対可愛いは取って付けましたよね!?
先生は機嫌の治らない私の頭を撫でた。
「授業が始まっちゃう!用はなんだ!?」
顔を真っ赤に頬を膨らます私に、やっと笑いが止まった先生が『あぁ』と言った。
「昨日の精霊の件だが、魔法学の先生に詳しい方がいる様なので、今日の放課後面会の手続きをとったぞ。是非行ってみるといい」
あまり表情の変わらない先生が、私の頭をモシャモシャしながら、ニコリと笑った。
エリナで言うなら、『スチルいただき!』なのだろうか、こう言うの。
貴重な笑顔に少し許してあげてもいいかなという気になって来た。
「へぇ〜、なんか面白そうなことやってるんだなぁ。よーし俺もついて行くぞ!」
後ろから声がすると思ったら。
ビクターが私たちを覗き込んで、ニカッと天真爛漫な笑顔をこっちに向けていた。
……え?今ついてくる的なこと言ってた?
やっぱり何もしないでもこいつは、自ら罠にかかりにくるのね……。
昨日の予想通りの展開に、なんだか気が抜ける。
「内容も知らないのについてくる気なのか!?」
「えーいいじゃん、俺今日暇なんだよね〜」
「だからって、ついて来るなよ!こっちは色々真面目な話を聞きに行くっていうのに……」
「大丈夫だって〜。大人しくしとくからさ!」
焦るリオンに能天気に答えるビクター。
本当について来る気らしい。
てかこのメンバー……、なんだが放課後、波乱な予感しかしない……☆
少しばかり、シリアス回が続く様です。