第15話 次なる攻略対象者。
「それで、昨日のお茶会はどうだったの?」
「政略結婚だから婚約破棄は無理だと断られました!!」
「はぁー!?」
師匠が憤慨する。
『私と言うものがありながら』と、近くにあったクッションをぶん投げる。
もう、私のものまで進んでいた。
妄想が捗りすぎである。
ここはエリナの私室。
昨日、第1王子とお茶会をした事が何故かバレて、放課後に引きずられて連れてこられたのだ。
引きずられる私の後ろから、コーディとマギーが私のカバンを持ってついて来た。
「今言うのは、時期尚早ではなくて?」
コーディが頬に手を当てて、首を傾げた。
「私もそう思います。」
拳を胸元で小さく振る、マギー。
「そんな事言ったって……我慢出来なかったんだもん!」
私はワアワア言いながら、頭を抱えた。
二人は優雅にお茶をご馳走になってる。
私は師匠に詰め寄られて、それどころじゃ無いのに……!
一度ならず二度目の壁ドンを経験した。
もちろん、二度目は詰め寄られたエリナにですが……。
マギーにも丁寧に、師匠が一連の流れとノートの貸し出しをして、いろいろ説明してくれた。
はじめマギーは困惑したが。
『エステル様があの日、私を救ってくれたのは紛れも無い事実です。こうやって仲良くなれた事、私にとってかけがえのないものとなりました。あの日の出来事は、エリナ様の予言なのですねー。』と。
師匠は予言者だと思われている。
転生だとか乙女ゲームだとか、自分に理解できないものは聞かなかったふりして自分の勝手に解釈する。
人間うまくできていると思う。
「まだ4年もあるし、これからの私たちの頑張りで何とでもなる筈よね。」
師匠はうんうんと自己解決中。
「その前に、あなたの存在を知られているのかしら?」
コーディがそう言いながら、侍女が用意したお菓子をひとつ口に入れた。
師匠、固まる。
「あ、それは思いました!エリオット殿下にしては、男子以外のクラスメイトに興味なさそうですしね。」
マギーも続ける。
「そうね。あ、でもエステルの方を気にしてる素ぶりをよく見るけど。」
コーディが何故かエリナに向かってニッコリと微笑む。
エリナは口をパクパクして、目を見開いた。
「あら、鯉のモノマネかしら?とてもお上手!」
コーディが高笑いをしながら拍手した。
コーデリアよ、もうその辺で許してやりなさい……。
3人のやりとりを見ながら、私がぼそりと呟く。
「それは私が婚約者というのに、一切教室で無視してるからですよね……。」
コーディもマギーも『分かってんじゃん』と言わんばかりに、苦笑いを浮かべる。
分かってますとも。
でも教室で親しくするわけにはいかないのである。
クリスマスちゃんの事件があり、クリスマスちゃん一派に抗議の手紙をうちの両親が書いた。
それに王妃も何故か『うちの息子の婚約者のエステルによくも』的な追い討ちの手紙を出した様で、あの一派には婚約のことがバレてしまっているのである。
彼女たちの復活は2学期からだが、もう考えただけでその辺が憂鬱である。
「こうなったら、次の計画に移るわよ。」
バサッと目の前に例のノートが広がる。
テーブルの上に広がるノートを3人で覗き込む。
エリナは得意げに笑う。
「次はリオン・グレイスよ!!」
いきなり人物名言われても、みんなキョトーンである。
お互いの顔を見合わせて、もう一度エリナを見る。
「ちょっと!!ちゃんとノート見てないの!?」
エリナが自分と私たちの温度差に動揺する。
「見てますけど…ねぇ?」
「はい、見ましたが……。」
要は名前言われたとこで、『だからどうした』なのだ。
「ドキ☆プリの攻略者に当たるのに、全然プリに掠らない彼がどうしましたか?」
コーディ、今日は毒がえらく鋭い☆
エリナが触れてはならない暗黙ルールのことを言われ『ぐぬぬぅぅ』なんて唸る。
「ともかく!その彼がどうしたのですか?」
マギーがフォローを入れる。
「彼がちゃんとエリオット殿下に仕える様に仕向けつつ、リオンに私を推してアピールして欲しいの!」
「…まさか、全員攻略するつもりなの……?」
コーディがすごい顔してエリナを軽蔑している。
この声に再び、『ぐぬぬ……』と唸ったが、今度は踏みとどまった。
「イベント回収しないと、エリオット殿下攻略ルートに入らないからよ!!」
『本命イベント回収するためのサブイベントを回収する準備。』
なんとも無駄な遠回り。
それを私たちにお膳立てしろと言うのか……。
3人で同時に溜息が溢れる。
「そもそも、始めはエステルが立派な悪役令嬢として、あなたを虐めるための計画ではなかったかしら……?」
そう。
その通りである。
虐める筈が結局こうやって毎日つるんでいる。
それが何故かエリナ様のイベント回収のお手伝い隊になっているのだ。
「だって……!」
エリナが口籠る。
「私たち、あなたの小間使いじゃなくてよ?」
コーディが冷ややかに言葉を吐く。
マギーもオロオロしながらも、同じ意見らしい。
エリナをじっと見つめている。
「エステル、どうするの?」
コーディが私の方を向く。
エリナも私を見た。
「うーん」
頭をかく。
私が言えることは……。
「師匠は私たちのことどう思ってる?」
「それは……!」
エリナはまた口籠った。
「もし友達と思ってるなら今みたいに命令みたいに言うんじゃなくて、お願いなら協力してもいいかなとは思うけど……?」
『協力してください』
多分コーディもマギーも欲しかったのはこの言葉なのではないかと思う。
あれをやって欲しい、これをやってだけならクリスマスちゃんと何も変わらないからである。
エリナはモジモジと手を動かして私たちを見てる。
私たちはそれを静かに見守った。
暫くして、エリナが『お願いします』と顔を真っ赤にして言ったのがとても可愛かったので、くわしく『予言』を聞くことにした。
みんな意外とドS。
『リオン・グレイス。
現宰相の息子で上に姉、下に妹がいる。黒髪黒眼の眼鏡っ子。
堅実マジメのクラス委員長。
こないだのクラス編成テストで第1王子を抜いて1番だった。
堅ブツ故に、融通が聞かないのが玉に瑕。』
我々が知ってる情報はこんなものである。
クラスでは第1王子と絡んでいるところを、そういえば見たことないかも。
「リオンはエリオット殿下に何か恩義を感じて忠誠を誓い、つるむようになるのよ。
その恩義が何かは書いてなかったから知らないけど。」
「て言うか宰相の息子なのに、なんで王子どもに諂っていかないのかしら?」
コーディ、言葉のチョイスがダイレクト過ぎ☆
「今はそれほど必要性を感じてないのかしら?まだ学園に入ったばかりですしねぇ」
マギーが首をかしげる。
「第2が嫌いなのでは?」
思わず口から出る。
「あー、確かにセドリック殿下はエリオット殿下にベッタリですし、嫌いなら寄って行きたくはないですわよね!」
言うてもまだ10歳。
将来の政治の必要性より、嫌いなものには近づかない方が穏やかに過ごせる。
もしリオンがこの考えなら、私、とても気が合いそうである。
「それで、何を協力すればいいの?」
私の言葉にエリナはハッとする。
「彼がこのままエリオット様の臣下にならなければ、イベントが起こらない。」
クッションを壁に向かって投げつけた。
「それはわかったけどもさ。まだあと4年もあるのに、待てばそのうちなるんじゃないの?
宰相やってるぐらいなんだから、将来のことを考えて親からの打診もあるだろうし。」
エリナは人差し指を立てて、『チッチッチッ』と、左右に振る。
「そーれーがー!そのイベントは4年前の春にエリオット様がリオンを助けて、それをいまだに恩義を感じていると言うナレーションがあったのよ。今現在まだそんな恩があるようにも見えないし、このままだと、あっと言う間に夏が来ちゃう!」
まぁ、言われてみれば……。
『まだ』2ヶ月あると言えば、ある。
だが『もう』2ヶ月しかないでも、ある。
ただ様子を見ているだけなら良いのだが、このまま何事もなく過ぎていくことは……私が縦ロールしてない位大きくストーリーが変わってしまうようだ。
だがこのまま将来的に見ても、リオンはきっと第1王子の右腕にはなるだろう。
その信頼関係に拘っているエリナは『事務的な右腕』になることを恐れ、焦っているのだろう。
「とりあえず、わかった。話をまとめよう。」
ガタガタとテーブルに集まって、もう一度ノートを広げる。
「何処でどう恩を受けるかですわよね?」
「そうですわよね。そもそも何故セドリック殿下の事を避けてらっしゃるのでしょう?」
……私はわかる。あいつは腹黒だからだ。
外面は無邪気で天真爛漫な天使なのだが、自分が面白い事を求めると途端に堕落された悪魔が顔を出すのだ。
まだ入学して1ヶ月も立っていない。
なのでまだ猫をかぶっている。
きっとリオンもどこかでアイツのそれを見たのかもしれない……!
「ま、そもそも『第2が苦手なんじゃないか』も、私の想像でしかないし。」
溜息を吐きながら、頬杖をつく私。
その様子を横目で見てたマギーが続ける。
「でもなんとなく私の予想ですが、それであってると思います。
……私リオン様の隣の席なのでよくわかるのですが、セドリック殿下が他のお友達に笑いかけていた時、リオン様はひどく顔を歪ませて目を逸らしたことがあるのです。」
それはマギーにとって印象的だったようだ。
いつもはほとんど無表情で机で予習している彼が、後ろに響く声に反応して顔を引きつらせたからだ。
「怯えていると言うか、軽蔑していると言うか…。すごくその顔が頭に残ったのです。」
マギーは手でソッと胸を押さえた。
「こりゃ、8割予想通りじゃない?」
エリナがマギーの肩に手を乗せ、ニヤリと笑った。
「そうですわね、エステルの予想通りかと。ですがもしその事が原因なのであれば、とても難易度の上がる話になりませんか?」
「高難度クエストだわ。高まるぅぅー!!」
エリナがまた違う次元で興奮し始める。
「師匠、自分の世界に入り過ぎ…」
私の教育的指導が入る。ピピッ。
「そうだねぇ……。十中八九難しそうだ。だって第2がいる限り、第1王子に寄ってこない可能性が……」
私は頭を抱えた。
リオンの気持ちが痛いほどわかるからだ。
私だって頼まれてもアイツに近寄りたくない。
ましてやそれを強制もできない。
私たちは溜息しか出なくなった。
「セドリック殿下とリオン様が仲良くなれれば解決できるのでしょうか?」
マギーが人差し指を顎に添えて、小首を傾げる。
「いや、そもそもトラウマ級の何かを植え付けられているなら、どう頑張っても仲良くなるのは無理だと思う。」
ましては第2のひん曲がった性格が、雷か何かに打たれるぐらいの衝撃がない限り、まっすぐになるのも無理だと思う。リオン様と第2を仲良くさせよう計画は、まず無理だと考えたほうがいい。
こんな事を思いながら、私の背筋に冷たいものが通ったような感覚に陥る。
アイツどっかで聞いてやしないだろうな……?
そんな考えがよぎるぐらい、私もアイツが苦手らしい。
「セドリック殿下ってそんな悪い方ではありませんのにねぇ……」
マギーはそう言いながらまた、首を傾げた。
私もコーディもエリナさえ、動きが止まる。
私はアイツの悪魔っぷりを身を以て体験し、コーディはそれを私から聞いてて知っている。
エリナは何度も繰り返したゲームで彼の本性を知っていただろうから。
純粋なマギーをみんなで見つめる。
「え?え?皆さまどうしたのですか??」
『変なことでも言ってしまったのだろうか』と言う不安で両頬を手で押さえ、動揺している。
そんなマギーが、クッソ可愛い。
私たちはホッと癒された。
なので。
『夢はまだ壊さないでおこう』
そう3人で無言で頷くのだった。
「仲良くならせよう計画はバツだとして。次の案は?」
エリナは難しい顔をして『うーん』と悩む。
「恩が何なのか全く分からないから、考えようがないよね……」
私がぼそりと呟く。
「それに関しては私も思ってる……。でも本当に出てこないのよー!」
エリナが頭を抱えて唸りだした。
「ともかく彼に何かが起こる時に、エリオット殿下に居て貰えば勝手に助けそうですけどね?」
「確かに。責任感の塊みたいなやつですから……」
コーディと目があったので、苦笑いし合う。
「とりあえず、エステル。」
「ん?」
「あなた王子の婚約者として、リオン様に近づいて仲良くなって!」
『お願いします』と手を合わせるエリナ。
おい!そのお願いはズルいだろう!!
目を細めて怪訝そうな顔を向ける。
エリナは私にテヘヘと笑いながら頭をかいた。
「まぁ宰相の息子なら、エステルがエリオット殿下の婚約者だと言うことはご存知の筈よね?」
「さぁ……。一応さぁ、まだ内々の話なんだからね…?表立って婚約の発表もしてないからー!」
発表するまでに破談にしようとしてますから。
「もしご存知なら、エステルが一番エリオット殿下との仲を取り持ちやすいのかもしれないわね……」
ものすごく不本意なのですが……。
「またそんな大役を私がやるの!?」
「勿論、フォローはいたしますし、側にもいるわ。でも私やマギーがそこに介入するのはとても部外者感が増しますよね……?」
アウェー感丸出しってことか……。
「ううう、やっぱり私がやらなきゃなのか。」
テーブルに顔を俯す。
「よく考えたら師匠の世界なんだから、師匠が魅了して操りゃいいじゃないよ!」
「そんなことできたら速攻やってるわよ!!
……そもそも、ハーレムルート狙って入学して直ぐ、話しかけたり勉強教えて欲しいとか色々やったけど、全くなびかなかったわ!!」
……なるほど。
だから私たちに協力を仰いだわけね……。
全員が一瞬で察した。
エリナは口を尖らせて、ジト目でこっちを見る。
「『勉強がわからなかったら、教師に聞くべきじゃないかな。僕は君に教えてあげられる程じゃないから。』
『お昼?申し訳ない、お昼はひとりで授業の予習しながら食べたいんだ。他を当たってね』
『休日は勉強が忙しいので。て言うか君、遊びに僕を誘う前にやるべき事をやったら?……勉強わからないとか言ってたんじゃなかったっけ……?』」
エリナは半べそでリオンの口真似をした。
そしてクルリと向きを変えると、前髪を手で払い、眼鏡を上げる真似をする。
「『本当の僕はもっと我儘なんだ。ずっと君が殿下のモノだと、言い聞かせて我慢してきた。
君が我儘を言ってもいい許可をくれるなら、言わせてくれ。君を愛してる。例え生涯仕えると約束した殿下を裏切ろうとも、僕はあなたが欲しい。あなたの手を取ってキスをしたい……どうか僕の我儘を受け入れてもらえないか……?』」
エリナはそう言いながら、マギーの手を取り軽くキスした。
マギーは『きゃあああっ!』と顔を真っ赤にして頬を抑えた。
それは嫌がってるわけではなく、どっちかと言うと喜びに近い悲鳴だった。
マギーは現世で生まれていたら、間違いなくエリナと一緒に乙女ゲームやってそうだ。
「ゲームのリオン様って……そんななんだ……。」
あの堅ブツから、全く想像出来ないデレ具合である。
しかも現実とゲームで、えらいギャップあり過ぎる。
今から第1王子との仲を取り持つものとしては、知りたくなかった一面。
私多分、彼と話す時絶対そのセリフが回って、口元引きつりそう……。
みんながリオンの台詞にキャーキャー言い合ってる中、私はひとり頭を抱えて俯くのであった。
……えー、なんて言おう?
と言うか、きっかけはどうしよう?
みんな、遊んでないで考えて!!
この計画がまた波乱の原因になろうとは。
私はまだ知らずに、頭を抱え込んでいた。